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キリウ 3
しおりを挟む尊敬する父親と怠惰だが時に美しく格好良いスーランとの婚姻。こんなの応援するしかないではないかと、キリウは二人の交渉に援護射撃を何発も打ち込み勝利を得て歓喜した。
すぐに屋敷の者を集め、スーランの扱い諸々の注意点を最重要事項として通達した。
屋敷の者ならばキリウの見た目は温厚だが、その実狡猾なところとバウデンの冷静なところも引き継いでいる性格を知っているのだから、その時点でスーランの人柄に物申す者はそもそも屋敷に相応しくないということは、屋敷で働く全ての者が知るところだ。
キリウはイーガンとグェンに保険として定期的に使用人の心情を探るように命令し、イーガンは「珍しいこともあるものですね」とぼやかれ、グェンからは「当日の迎えが楽しみになりました」と言われた。
その後帰宅したバウデンは、既に諸々が色々進んでいることにげんなりはしていたが。
バウデンはキリウからしたら完璧に近い人物だ。
だがスーランの舌鋒に焦りとどめには大声を放つなど今までに見たことがない彼の姿に、何故かとても人らしく見えて嬉しかったのだ。
約半年間の二人の限定婚姻生活はとても楽しく幸せな日々だった。キリウだけでなく誰もがスーランを自分達が世話しないとこの人は…!とスーランマジックにかかり、中にはマニアも誕生し公爵家は毎日が賑やかだった。
何よりバウデンが初めこそ不承不承だったのに、日々感情を表に出しスーランの言葉や行動にあたふたし、それでも今まで見たことがないバウデンの新しい一面が沢山溢れ息子として一番近くで見られた。
そんな中、この期間限定婚姻に反対していたテゼルがスーランに対し食堂や通りすがった時に都度視線や言葉で攻撃していることが気がかりだったが、スーランから気を遣わせるなと逆に窘められた。
だがキリウには、彼を崇拝する情報屋が何人かいる。それを利用してスーランの周辺を調べていると、ある日テゼルが一人でいたスーランを狙って食堂で一方的に攻撃していたのだという。だがそこでスーランが反論するという珍しい光景を見たと情報屋が興奮して伝えてきた。
テレサの兄であり、バウデンの右腕である優秀なテゼルではあるが、彼はそれでもホークル家の傘下。期間限定とはいえ公爵夫人であるスーランにあのような態度を示すのはお門違いだ。完全に個人感情を逸脱している。
後日キリウはバウデンに用事がある時に攻撃魔術施設に赴きテゼルを探したまたますれ違ったように声をかけ警告した。
「テゼル伯父さん」
「キリウ。総帥に用事か」
「はい。それもありますが伯父さんにもあって」
「なんだ?」
キリウはすっとテゼルの耳元に近づき小さく低めの声で伝える。
「敢えて僕の居ない所を狙って些か姑息な真似をしてくれたようで」
「っ…」
「母の兄とはいえ、我がホークル家の決定に物申したいのならば僕か父上に直接どうぞ。…因みに言っておきますが、僕には優秀な情報屋が居るのでそこから食堂のことは聞きました。彼女は何一つそのことを僕に言っていません。―――――伯父さんの父上に対する異様な傾倒っぷりは如何なものかと常々思っています。…父上は貴方の希望を叶える完璧な人形ではありませんよ」
「!」
バウデンとスーランの漫談かと思うやり取りの場面を是非テゼルにも見て欲しいものだ。絶叫するかもしれないが。キリウはそれだけ伝えてバウデンの執務室に向かった。
バウデンの態度も数ヶ月経つ頃にはもう絶対にスーランを好いているとしか思えない状態であったし、屋敷の者も皆当主の新たな行動とその伴侶との生活を温かい目で見守っていた。
この時間がずっと続けば良いのにと思っていた。
「…大切なんですよ、何よりもこの人が。私の残りの命よりも」
そして式典の日。
騒動の後に医務室に運び込まれたバウデンを見たキリウは混乱し、もっと混乱しているテゼルが今までにないくらいキリウに怒鳴った時の、スーランの凛とした対応。
そして自分が助けると決めた時の決意の藍色の瞳。
半年間に拘った理由。魔力漸減症に蝕まれていたスーラン。
そしてバウデンが誰よりも大切なのだという。
スーランの残りの命よりも。
キリウは自分の無力に絶望する。バウデンを誰よりも大切だというスーランの手助けすら何も出来ず無能の極みだ。
それでも。
「私の最強の助っ人。頼んだよ」
誰よりも美しく格好良いスーラン。
キリウを認めてくれるスーラン。
バウデンと同じ耳飾りをつけた時の彼女の表情をバウデンに見せてやりたかった。
残りの命を使ってバウデンを助ける献身に咆哮したくなる。
魔力を食い尽くされる苦しみにも、声を一切漏らさずに全力で立ち向かうスーランの凛々しくも美しい姿にキリウは視界を歪ませながらひたすら魔力薬の蓋を開けて待っていた。
バウデンの表情が緩和されていくのと反対にスーランの顔色は青くなり、艶もなく真っ白になり。
ぽてりとした赤みのある唇は紫から白に変わり、その口から吐血した時の衝撃は忘れられない。
どうしてスーランが死ななければならないのか。
誰かスーランを救ってくれ。
バウデンと共に居させてやってくれ。
その願いは叶わず、バウデンが蝕まれた全ての呪いを請け負ったスーランは全力で自ら取り込んだ呪いを消滅させ、光の消えた藍色の瞳でバウデンを見ながらそれは幸せそうに微笑み、全ての力を抜いた。
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