61 / 81
バウデン 2
しおりを挟むバウデンが二十七歳、スーランが十六歳の時。
スーランは無事に、いや魔術隊の試験で過去最高得点を叩き出した。それなのに優秀生としての挨拶は面倒だと断ったらしい。
そんな彼女を就任式で初めて見た。
長そうな琥珀色の髪は適当に纏めて後ろで辛うじて団子状にしてあり、背筋は丸く人族なので余計に小さく見える。
藍色の垂れ目は半分程も開いておらず、就任式の間何度も欠伸をしている姿にバウデンは薬を開発した人物とはますます思えず首を捻るばかりだった。
動き全体が緩慢で周りの同僚は今後の未来に生き生きとしている姿と対照にスーランは就任式そのものが面倒だと言わんばかりにつまらなそうに、そして間違いなく途中から眠っていたことは確実だった。
想像以上と言うか予想を遥かに超えたスーランにバウデンは治療魔術師となった彼女の状態を見ておくよう治療魔術長のホーイェンに伝えておいた。
統括総帥とはいえ、基本攻撃魔術部門に属するバウデンはスーランに関わることは殆どなく、たまに食堂でぼーっとしながら、ランチプレートを突いている姿くらいしか見ていなかった。
その後ホーイェンからの定期的な報告で「…スーランは、逸材…魔力の多さ、魔術の技術、薬師としての、技能、全て一流」との同じく魔術おたくの彼にすら絶賛されていることにバウデンは首を傾げっぱなしだった。
いつものんびりしていてやる気がなさそうな怠惰なイメージではあったが、ホーイェンの言う通り所属してから次々に番避けの薬の調整や、現存している治療薬の効能上昇、治療魔術を施す作業の短縮など功績はどんどん耳に入るようになる。
何でも精製時と治療魔術をしている時はいつも半分しか開いていない瞳がぱっちり開き、人が変わったようになるらしい。
バウデンとしては幾らガブリアルノのお気に入りだとしても魔術隊お荷物にならなければ良い認識で自らそれを確認しに見に行くことはなかった。
しかしホーイェンに定期的に報告させることは何故かずっと続けさせていた。
それから数カ月すると、毎月行われる魔術隊の全体会議にホーイェンがスーランを連れて来るようになった。連れてこられた感満載の気怠そうなスーランの表情にバウデンとしては何故ホーイェンがそうするのかが分からず、ホーイェンがこそりとスーランに話しかけていても、頷くだけだったり首を振るだけだったり、どっちでも良い風に肩を諌めたりと何しに来ているのかと不思議であったが、ホーイェンが熱心に連れてきていた理由が更に数カ月後に知ることとなった。
番避けの薬の話題が上がり、それに対して物を申した者にそれまでぼーっとしてたスーランが食いついたのだ。
相手は爵位のある獣人魔術師で番避けの薬自体に懸念を示し、人族が認識できない状態で番に見つけてもらうことは誉れではないか、死ぬまで愛され有り難いものではないかと言った瞬間、スーランがスッと挙手をし立ち上がったのだ。
「お言葉ですが、貴方は人族になったことがあるのでしょうか」
「は?」
「何を以て番に出逢った人族は皆幸せなのだとおっしゃいますか」
「それは我々獣人は番に常に寄り添い、誰よりも何よりも番だけを愛し一番に考えるからだよ」
「では質問を変えます。貴方が人族だと仮定してください」
「…何?」
スーランはいつもの気怠そうな雰囲気と打って変わって、姿勢を伸ばし藍色の瞳は開き凛とした態度で相手の魔術師を見据える。
「貴方は人族で番の本能を何も知りません。出会っても感知することすらできません。そんな貴方はとても好きな人が居ました。将来は番縁として共に居たいと思っていた時に、全く、見も知らない、どこの誰かもわからない、異性が。私は貴方の番だから私と番絆しましょう。今までの好きな相手とは別れて全てを捨て、沢山私が死ぬまで寄り添って貴方を愛しますので有り難いと思って誇ってくださいね。――――これが幸せで喜べると言うことですね?」
「…っ、それはっ――」
「貴方が今まで好きだった、又は親しくしていた人を、私が全て愛すのだから、私以上に大切なものは何も要らないでしょと言われ、はいわかりましたと答えるんですね?時にはやりがいのある魔術師の仕事も異性と会うから我慢出来ないので辞めてずっと家に居てと言われても従うんですね?」
「…っ」
「若しくは住み慣れた国では無い隣国の番の人から言われても、番だから来てくれるよねと今までの自分の生活を全て捨てて大喜びで付いて行くんですよね?」
「…」
「まあ後半は偏り過ぎましたが、番の相手によってはそういう愛し方や求め方をする人がいることは諸々調査済みです。勿論全てではありませんが」
今までの彼女は何だったというくらいの相手に隙を与えないスーランの口調にバウデンだけならず、誰もが驚き会議室全体がしんとしていた。
335
あなたにおすすめの小説
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜
雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。
彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。
自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。
「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」
異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。
異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。
旦那様に学園時代の隠し子!? 娘のためフローレンスは笑う-昔の女は引っ込んでなさい!
恋せよ恋
恋愛
結婚五年目。
誰もが羨む夫婦──フローレンスとジョシュアの平穏は、
三歳の娘がつぶやいた“たった一言”で崩れ落ちた。
「キャ...ス...といっしょ?」
キャス……?
その名を知るはずのない我が子が、どうして?
胸騒ぎはやがて確信へと変わる。
夫が隠し続けていた“女の影”が、
じわりと家族の中に染み出していた。
だがそれは、いま目の前の裏切りではない。
学園卒業の夜──婚約前の学園時代の“あの過ち”。
その一夜の結果は、静かに、確実に、
フローレンスの家族を壊しはじめていた。
愛しているのに疑ってしまう。
信じたいのに、信じられない。
夫は嘘をつき続け、女は影のように
フローレンスの生活に忍び寄る。
──私は、この結婚を守れるの?
──それとも、すべてを捨ててしまうべきなの?
秘密、裏切り、嫉妬、そして母としての戦い。
真実が暴かれたとき、愛は修復か、崩壊か──。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます!
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて
木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。
前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)
亡き姉を演じ初恋の人の妻となった私は、その日、“私”を捨てた
榛乃
恋愛
伯爵家の令嬢・リシェルは、侯爵家のアルベルトに密かに想いを寄せていた。
けれど彼が選んだのはリシェルではなく、双子の姉・オリヴィアだった。
二人は夫婦となり、誰もが羨むような幸福な日々を過ごしていたが――それは五年ももたず、儚く終わりを迎えてしまう。
オリヴィアが心臓の病でこの世を去ったのだ。
その日を堺にアルベルトの心は壊れ、最愛の妻の幻を追い続けるようになる。
そんな彼を守るために。
そして侯爵家の未来と、両親の願いのために。
リシェルは自分を捨て、“姉のふり”をして生きる道を選ぶ。
けれど、どれほど傍にいても、どれほど尽くしても、彼の瞳に映るのはいつだって“オリヴィア”だった。
その現実が、彼女の心を静かに蝕んでゆく。
遂に限界を越えたリシェルは、自ら命を絶つことに決める。
短剣を手に、過去を振り返るリシェル。
そしていよいよ切っ先を突き刺そうとした、その瞬間――。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる