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終わらぬ悪夢 1
真っ暗な部屋。
気配を消して忍び寄る影。
口の中には滑った何か。
腕は固定されている。
身体を這いずり回る悍ましい手。
身体を滑り吸われ続ける。
覆いかぶさられて身動き一つ取れない。
暴力的な快楽が襲いかかる。
そして身体よりも頭が、精神が壊されそうになる。
『――――ああ、私のリア』
「――――っ!!!」
身体が拒否反応を起こしたようにシュナは飛び起きた。
バクバクと鳴り止まない己の胸に手を当てて、シュナは瞬きもせずに無意識にいつもの言葉を頭に思い浮かべた。
(…落ち着け。落ち着け……いつもの夢。今のは夢。…もう現実ではない)
何度も言い聞かせて深呼吸を続ける。ようやく胸のざわつきが少しずつ治まり、シュナはゆっくりと一息つき顔を歪ませた。
「飛び起きるとか久々…無防備な夢の中ではまだ難しい、…十年以上経っているのにまだ強さが足りないのかぁ…」
己の精神の弱さに歯噛みしたくなるが、まだこれからだと言い聞かせて、シュナはゆっくりと肩を上げて落とす。そして陽の光に気づき窓を見ると既に陽が差し込み始めていた。
「…ふう。起きるか」
今日は精製した髪の香油を下の階にある薬屋に卸しに行く日だ。気持ちを切り替えたシュナは軽い足取りで浴室に向かった。
日中外出する時のシュナの格好は昨夜の短めのワンピースとは真逆だ。長さは膝下で淡い水色の清楚系のシンプルなワンピース。そして紺色のショートブーツ。
髪は後ろで団子状に纏めてきっちりと留め、化粧は色付きのリップくらいで殆どしていない。今のシュナは昨夜のような艶めかしい様は微々たるも感じず同一人物とは到底分からない容姿である。
これが『シュナの日常』の姿だ。
夜に酒場に繰り出す時だけは濃いめの化粧に雄が喜ぶだろう魅惑的な服装に変え、雄を求める悪女と噂されている『リア』になり、シュナは二つの顔を見事に使い分けていた。
階下に降り、シュナはカランコロンと錆びたドアベルを鳴らして古びた扉を開けた。
「おはよー。エリック、今月の分持ってきた」
「あら。いらっしゃい」
狭い店内には古びたカウンターと椅子に棚。そしてレトロな照明のみ。棚には様々な乾燥した薬草やそれを薬にしたものが所狭しと並んでいる。
王都外れにある名も無い薬屋。
そしてカウンターで肘を付き気怠そうに手紙のようなものを読んでいた人物、エリックがシュナを見て挨拶を返してくる。
背が高く長い手足はカウンターが小さく見えてしまうほどで、薄茶色の色付き眼鏡をかけた瞳は焦げ茶色に見えるが恐らく黒系統なのだろう。
深めのビーニー帽をいつも被っていて、帽子から僅かに覗くのは恐らく銀色っぽい色とコバルトブルーの毛先だけ。シュナはエリックの帽子を脱いだ姿を一度も見たことがないので実際の髪の色も長さもわかっていない。
普段から全体がだぼっとした緩やかな服装を更に着崩しているような感じなのだが、所々の所作が洗練されている為だらしなく見えたことがない。
そんなエリックではあるが、シュナの主観としては恐らくバロアス国の要人に近い人物なのだろうと予想している。
だがシュナにとっては正直どちらでも良い。
エリックがエリックであればシュナは何でも良いのだ。
「丁度昨日シュナの香油が品切れになったところだったのよ。助かった」
エリックのこの口調は出逢った時からずっと同じだ。心地良い低音なのに軽快なオネエ言葉を話す彼の話し方がシュナは好きだ。
「本当?嬉しい。今日は十本持ってきた」
シュナはことんことんとカウンターに丸みのある瓶を置いていく。
「今回はローズ五本とラベンダー三本、イランイランが二本」
「イランイランが少なくない?」
「ちょっと先日大量に発注いただいてー」
「あら。もしかして怠惰なあの子?」
「ふふ、そうそう。いつも眠そうなあの子」
「最近めっきり会わなくなったわねぇ」
「今は嫉妬深い鷹の公爵様が傍でくっついているからねー」
「付き合い悪いったらない」
「そのうち来るって言ってたよ」
「いつの日になることやら」
エリックがやれやれと溜息を吐きながら髪の香油を吟味し鼻先に瓶を近づけて香りを嗅いだ。
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