4 / 129
終わらぬ悪夢 1
しおりを挟む真っ暗な部屋。
気配を消して忍び寄る影。
口の中には滑った何か。
腕は固定されている。
身体を這いずり回る悍ましい手。
身体を滑り吸われ続ける。
覆いかぶさられて身動き一つ取れない。
暴力的な快楽が襲いかかる。
そして身体よりも頭が、精神が壊されそうになる。
『――――ああ、私のリア』
「――――っ!!!」
身体が拒否反応を起こしたようにシュナは飛び起きた。
バクバクと鳴り止まない己の胸に手を当てて、シュナは瞬きもせずに無意識にいつもの言葉を頭に思い浮かべた。
(…落ち着け。落ち着け……いつもの夢。今のは夢。…もう現実ではない)
何度も言い聞かせて深呼吸を続ける。ようやく胸のざわつきが少しずつ治まり、シュナはゆっくりと一息つき顔を歪ませた。
「飛び起きるとか久々…無防備な夢の中ではまだ難しい、…十年以上経っているのにまだ強さが足りないのかぁ…」
己の精神の弱さに歯噛みしたくなるが、まだこれからだと言い聞かせて、シュナはゆっくりと肩を上げて落とす。そして陽の光に気づき窓を見ると既に陽が差し込み始めていた。
「…ふう。起きるか」
今日は精製した髪の香油を下の階にある薬屋に卸しに行く日だ。気持ちを切り替えたシュナは軽い足取りで浴室に向かった。
日中外出する時のシュナの格好は昨夜の短めのワンピースとは真逆だ。長さは膝下で淡い水色の清楚系のシンプルなワンピース。そして紺色のショートブーツ。
髪は後ろで団子状に纏めてきっちりと留め、化粧は色付きのリップくらいで殆どしていない。今のシュナは昨夜のような艶めかしい様は微々たるも感じず同一人物とは到底分からない容姿である。
これが『シュナの日常』の姿だ。
夜に酒場に繰り出す時だけは濃いめの化粧に雄が喜ぶだろう魅惑的な服装に変え、雄を求める悪女と噂されている『リア』になり、シュナは二つの顔を見事に使い分けていた。
階下に降り、シュナはカランコロンと錆びたドアベルを鳴らして古びた扉を開けた。
「おはよー。エリック、今月の分持ってきた」
「あら。いらっしゃい」
狭い店内には古びたカウンターと椅子に棚。そしてレトロな照明のみ。棚には様々な乾燥した薬草やそれを薬にしたものが所狭しと並んでいる。
王都外れにある名も無い薬屋。
そしてカウンターで肘を付き気怠そうに手紙のようなものを読んでいた人物、エリックがシュナを見て挨拶を返してくる。
背が高く長い手足はカウンターが小さく見えてしまうほどで、薄茶色の色付き眼鏡をかけた瞳は焦げ茶色に見えるが恐らく黒系統なのだろう。
深めのビーニー帽をいつも被っていて、帽子から僅かに覗くのは恐らく銀色っぽい色とコバルトブルーの毛先だけ。シュナはエリックの帽子を脱いだ姿を一度も見たことがないので実際の髪の色も長さもわかっていない。
普段から全体がだぼっとした緩やかな服装を更に着崩しているような感じなのだが、所々の所作が洗練されている為だらしなく見えたことがない。
そんなエリックではあるが、シュナの主観としては恐らくバロアス国の要人に近い人物なのだろうと予想している。
だがシュナにとっては正直どちらでも良い。
エリックがエリックであればシュナは何でも良いのだ。
「丁度昨日シュナの香油が品切れになったところだったのよ。助かった」
エリックのこの口調は出逢った時からずっと同じだ。心地良い低音なのに軽快なオネエ言葉を話す彼の話し方がシュナは好きだ。
「本当?嬉しい。今日は十本持ってきた」
シュナはことんことんとカウンターに丸みのある瓶を置いていく。
「今回はローズ五本とラベンダー三本、イランイランが二本」
「イランイランが少なくない?」
「ちょっと先日大量に発注いただいてー」
「あら。もしかして怠惰なあの子?」
「ふふ、そうそう。いつも眠そうなあの子」
「最近めっきり会わなくなったわねぇ」
「今は嫉妬深い鷹の公爵様が傍でくっついているからねー」
「付き合い悪いったらない」
「そのうち来るって言ってたよ」
「いつの日になることやら」
エリックがやれやれと溜息を吐きながら髪の香油を吟味し鼻先に瓶を近づけて香りを嗅いだ。
94
あなたにおすすめの小説
【完】麗しの桃は攫われる〜狼獣人の番は甘い溺愛に翻弄される〜
こころ ゆい
恋愛
※完結しました!皆様のおかげです!ありがとうございました!
※既に完結しておりますが、番外編②加筆しました!(2025/10/17)
狼獣人、リードネストの番(つがい)として隣国から攫われてきたモモネリア。
突然知らない場所に連れてこられた彼女は、ある事情で生きる気力も失っていた。
だが、リードネストの献身的な愛が、傷付いたモモネリアを包み込み、徐々に二人は心を通わせていく。
そんなとき、二人で訪れた旅先で小さなドワーフ、ローネルに出会う。
共に行くことになったローネルだが、何か秘密があるようで?
自分に向けられる、獣人の深い愛情に翻弄される番を描いた、とろ甘溺愛ラブストーリー。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
黒騎士団の娼婦
星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜
雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。
彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。
自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。
「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」
異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。
異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―
喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。
そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。
二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。
最初は手紙も返ってきていたのに、
いつからか音信不通に。
あんなにうっとうしいほど構ってきた男が――
なぜ突然、私を無視するの?
不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、
突然ルイスが帰還した。
ボロボロの身体。
そして隣には――見知らぬ女。
勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、
私の中で何かが壊れた。
混乱、絶望、そして……再起。
すがりつく女は、みっともないだけ。
私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。
「私を簡単に捨てられるとでも?
――君が望んでも、離さない」
呪いを自ら解き放ち、
彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。
すれ違い、誤解、呪い、執着、
そして狂おしいほどの愛――
二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。
過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。
甘い匂いの人間は、極上獰猛な獣たちに奪われる 〜居場所を求めた少女の転移譚〜
具なっしー
恋愛
「誰かを、全力で愛してみたい」
居場所のない、17歳の少女・鳴宮 桃(なるみや もも)。
幼い頃に両親を亡くし、叔父の家で家政婦のような日々を送る彼女は、誰にも言えない孤独を抱えていた。そんな桃が、願いをかけた神社の光に包まれ目覚めたのは、獣人たちが支配する異世界。
そこは、男女比50:1という極端な世界。女性は複数の夫に囲われて贅沢を享受するのが常識だった。
しかし、桃は異世界の女性が持つ傲慢さとは無縁で、控えめなまま。
そして彼女の身体から放たれる**"甘いフェロモン"は、野生の獣人たちにとって極上の獲物**でしかない。
盗賊に囚われかけたところを、美形で無口なホワイトタイガー獣人・ベンに救われた桃。孤独だった少女は、その純粋さゆえに、強く、一途で、そして獰猛な獣人たちに囲われていく――。
※表紙はAIです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる