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巷での異名 2
しおりを挟む露店で最近良く飲むカフェモカを買い、シュナは王都中央にある広大な公園に足を運ぶ。
噴水がある中央から奥に進むと季節ごとの花壇のエリアになる。寒さが続くこの時期は咲き誇る花も少なく花壇も少し寂しくはあるが、寒さに強いパンジーやビオラの濃い色の花々が今はとても際立って見える。
花が一番よく見える場所のベンチまで歩き、花屋で買ったものを置いて寒い季節なのに粋に咲き誇っている花を見ながらシュナはカフェモカをちょびちょびと飲みながらほっと一息ついた。
「…あー落ち着く」
いつも目と心に栄養を与えてくれる花に癒される。花のおかげでシュナは何度も心を救われていた。
エリックから借りている部屋は窓はあるがベランダがないので、沢山の鉢植えを育てることは難しい。
(いつか――――いつか、自分だけが住む小さな家と…それを囲む小さな庭)
シュナの夢だ。
沢山の花を育てながら髪の香油を作って暮らせていけたらどんなに幸せだろう。
(そしていつか…汚れきった私も、少しで良いから――――心穏やかにいられるかな…)
シュナは目の前にある色とりどりのパンジーを見ながら物思いに耽けていた。
********************
「リア…!」
シュナは化粧をしてスリットのある長いワンピースに深紅の外套、首元にはファーを巻いて『リア』になってユニュイスに訪れていた。
デュークと世間話をしていると、後ろから少し息を切らせた声で呼ばれたので振り向く。
そこには数月前にこの店で出逢い性交した相手がいた。名前は覚えていない。その男はようやく会えたとばかりに駆け寄ってくる。
「探したよ」
「探した?いつも大抵ここに居るわ」
「ずっと張っていたんだ…いつもリアは他の…雄と消えてしまっただろう」
数月前に一度だけリアを抱いた男はうっとりとした表情で見つめてくる。少し幼さの残る美男子ではあるが、どうやらあまり経験が無かったようだ。
(相手を選んでいたつもりだけど…久々にしくったかなぁ)
リアはふうと息を吐いて男を見る。
「一度きりで終わりよ」
「知っている。…でもどうしても忘れられなくて」
デュークが僅かに首を傾げたので、リアは僅かに首を振る。
まだリアが性交相手を上手く捌けなかった時、デュークの手を何度か煩わせたことがあった。デュークは「俺が他の店に行かせずここに居させているのもあるしな」と言ってくれるが、リアは極力自分の力で解決したい。
自分の力で出来るだけ。
克服もしたいのだ。
「そうなのね。でも私はこだわりを持っているからもう一度は無理」
「…あと、一度だけ。…リア」
「私に信念を曲げろとでも?」
「それなら…僕で終わりにすれば良い。僕とずっと一緒に―――」
「あ、いたいた。リアー」
これはちょっと面倒くさいことになりそうだと思った時。扉付近からまた声を掛けられた。
扉の前に立つのは背の高い華やかな男。
肩にかかるくらいの緩やかな髪は淡めの朱色で毛先に向かってグラデーションのように桃色に変わる美しい色合いで一度見たら忘れられない。
鮮やかな橙色の瞳と全体が甘く整い過ぎて、にこりと微笑む顔は女性が一発で恋に落ちそうな破壊力だ。
ダークブラウンのハイネックにダークグレーのトラウザーズ、キャメル色のロングコートとシンプルな出で立ちだが彼の派手な素質と上手く調整されているように感じる。
知っている…いや、噂では幾らでも聞いたことのある人物だったが、シュナは巷で有名な彼の姿をまともに見たのはこれが初めてだった。
イアン・ピーフォック。
孔雀族の伯爵家の次男だ。
そして彼の異名は『正統派のクズ』である。
泣いた女は数知れず。
しかし騙されたとか裏切られたという噂は殆ど聞いたことがない。出回っているそういう噂は恐らく彼を諦めきれない相手発信だろう。
ピーフォック伯爵家の嫡男、イアンの兄はとても真面目な人物だと聞いたことがあるが、彼は正反対の位置にいる。
ある意味リアと同類だと思うのだが時間帯が違うのかテリトリーが違うのか、今まで遭遇したことは一度も無かった。
姿も噂で聞いたことしかなかったので、本当にもの凄い美麗な顔と出来上がった容貌をしているんだなと些か驚く。
そして向こうも『リア』のことは知っているらしい。
イアンは無害なにこやかな笑顔でリアの元にゆっくりと歩いてきた。
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