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決め手は髪の香り 2
「こんにちは」
甘めの声にシュナはぴたりと止まりゆっくりと振り向く。
そこに居たのは軍服姿で後ろに軽く髪を結っていたイアンだった。
シュナは自分の周りを見て誰も居ないことを確認してからゆっくりと首を傾げた。
「私ですか?」
「うん。この前薬屋にいた子だよね?シュナちゃん?だっけ」
「はい」
イアンは人好きのする笑顔で近づいてきた。
「お店で見た時から可愛いなぁと思ってて。良かったらこれからちょっと早いけど夕食でも食べに行かない?」
シュナは目を丸くしながら困惑した表情を見せる。
「…すみません。知らない方なので」
「この前会ったじゃない」
「すれ違っただけです」
イアンがゆっくりと体を傾けて耳元近くで囁いた。
「この前…ユニュイスでってことだよ?また機会があったね、リア?」
その言葉に、まあバレているよなと思ったシュナは溜息を吐いた。
今更だがイアンのダークグレーの軍服、即ち特殊部隊は騎士隊と魔術隊併せて王国を守る最強部隊だ。中でも特殊部隊は諜報や裏で暗躍する任務が多いとエリックから聞いたことがある。
それに先日エリックが依頼のような話をしていたということは、イアン自身相当優秀な人材なのだろう。
「こっちでは知らないし」
急に声のトーンを下げて答えるシュナにイアンは噴き出す。
「それもこの前会ったでしょ」
「何の用」
「だからご飯。遠征帰りでお腹空いちゃってさ。付き合ってよ」
付き合わなければさもなくばなんて言葉は彼は言わない。だが言わないだけでにこりと微笑む表情は胡散臭い。
シュナはもう一度溜息を吐いてから「これ部屋に置いてくるから待ってて」とだけ伝え階段を上がっていった。
連れてこられた場所は、この時間帯は酒も提供される王都から近い大衆食堂のタルカル食堂だった。
たまに昼に来たことはあるが、基本シュナは外食を好まないのでこのあたりの詳しい食事情報は知らない。
イアンはにこにこしながら食堂の女将らしき人と話しており、何を食べるか聞かれたので適当に同じものでと返した。
ユニュイスと違って大きなグラスに入ったエールで取り敢えず乾杯した。何の乾杯かは分からないが。
「あまり外食はしないの?」
「しない。家に居るのが好き」
「そうなんだね。料理得意なの?」
「一般的な最低限だけ」
イアンはエールを半分程一気に飲み、「仕事後の一杯は美味しいよねー」と呑気に話しながら綺麗な所作で食事もしている。
運ばれてきたタルタルチキンや、煮込み料理などシュナもちょびちょびと食べ始める。
久しぶりに来たが相変わらずここの料理は気取ってなく味付けも絶妙な濃さで本当に美味しい。
食べてる間にもずっとにこやかにシュナを見てくるイアンに、今日何度目かの溜息を吐きながら尋ねた。
「何でずっと見てるの」
「うん?いやー化けるものだなーと思って」
イアンはそう言って残りのエールを流し込み、お代わりを注文する。
「今のシュナは見た目もだけど服装も凄く清楚って感じ。化粧なんて殆どしてないでしょ」
「そうね」
「だからまさかと思ったけどねー」
「幼く見えるの」
童顔とはまではいかないが、スーランから昔良く言われていたのはバターブロンドの髪をくるくるに巻いてドレスを着たら可憐で可愛い令嬢に早変わりと言われるほどには若く幼く見えるらしい。
「幼いというよりも、可愛い。でも化粧であそこまで雰囲気変わるのも珍しいなー」
だからこそシュナは二つの顔を分けて生活できているのだ。
「顔見て分かったの?」
「んー何となくだったかな、それは。あまりに雰囲気違うしね。分かったのは声。それと髪の香りが決め手」
その言葉に今更ながらにシュナもリアの時も同じ香油を使っていたことを少し後悔するが、今までバレていなかったのでわざわざ変える必要はないと結論を出す。
「あの時のシュナ少しだけ意識飛ばしていたでしょ?一緒に眠っている時に良い香りだなぁって思って。エリックにも作っていたってことは自分のも?」
「うん」
「ラベンダー?だけじゃないよね」
「ベルガモット」
「ああ、なるほど。ラベンダーだけの甘さじゃなくすっきりする香りはそれなんだ」
話しながらもイアンは一見細身に見える体で次々に皿の中身を減らしていく。
「偏屈なエリックも相当気に入ってるみたいだし。シュナの髪の艶も香油のおかげでしょ?良い精製技術を持っているんだね」
「…ありがと」
こればかりは褒められると普通に嬉しいのでお礼で返す。
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