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互いの異名返上 1
しおりを挟むイアンが遠征に発ってから三日目。
シュナは日中温かくなってきた陽気を浴びながら、王都中央の公園にある花壇に訪れていた。珍しく肌に化粧を施して。
この三日間、シュナは連日悍ましい夢を見ては飛び起きていた。
イアンの使っている石鹸の香りを嗅いでなんとか眠りについても、それ以上に悍ましいほどのリアルな夢に眠りにつくことが怖くなり、シュナは一日以上眠れておらず目の下の隈を隠すために化粧まで施していた。
(人に心を寄せると…こんなに弱くなってしまうのだろうか)
今までにない状況にシュナは心が上手くついていけず、途方に暮れていた。
(私には要らない…不必要なものだと思い知らされてるよう)
シュナはぼうっとしながらも芽吹いてきた花々の様子を見ながら虚ろな瞳で景色を見ていた。
どれくらいそうしていたのだろう。
来週あたりには色とりどりに咲くであろう花々が夕陽で色が変わり始めた時だった。
「あれ。シュナ?」
心に一雫の栄養が滴るような感覚。
ふわりと心が動き、一点を見ていたシュナはゆっくりと瞬きをして声のした方に顔を向けた。
「ここに居たんだ。薬屋の方に行ってみたんだけど、見てないっていうからここかなって」
そこに居たのは軍服姿のイアン。
朱色のグラデーションの髪を緩く後ろに結い、首を傾げながらこちらに歩いてくる姿は相変わらず華やかで美しい。
シュナが会いたいと思っていた人が目の前に居るのに動けないのは何故だろう。
心が嬉しい嬉しいとざわついているのに表情に、言葉に出せないのは何故だろう。
それは自分の心の弱さを知り、向き合うことが怖くて、それを退ける勇気もなく。
それでもどうにかそうしていたい、でもどうしていいか分からなくなっているから。
イアンは何も言わずずっと見つめているだけのシュナに微笑みながらも何を言うでもなく、ベンチの隣に座る。
「戻ったよ」
「…お帰、り」
「うん」
ようやくそれだけ返せたシュナだが、そんなシュナを見ていたイアンが手を伸ばし頬に触れながら僅かに眉を寄せた。
「珍しいね…日中に化粧してる…窶れた…?」
「…」
「何かあった?」
何も無かった。
イアンが居ないだけだった。
シュナは首を振り目を伏せようとするが、顎を支えられて顔が動かせない。
「…もしかして眠れてない?」
「っ…」
こんなに弱くなるなんて。
シュナはこれからどうすれば良いのだろう。
どうやってトラウマを克服すれば良いのだろう。
何も答えられないシュナにイアンは少し黙ったあと、顎から手を放してふわりとシュナの脇を抱えてイアンの膝の上に座らせた。
「っ、イアン…?」
「シュナの補給させてー。それとちょっと僕の昔の話、していい?」
シュナの頬を撫でながら、急にふられた話題にシュナは目を丸くしながらも頷いた。
「僕は伯爵家の次男でね。上に兄が居る」
それは知っている。シュナは言葉を出さずに頷きだけで返す。
「兄の伴侶は番絆なんだ。何年経っても仲睦まじくてさ。でもそうなる以前に違う婚約者が居た。番絆の相手に出逢う前」
それは初耳だった。イアンの兄は番絆の伴侶をとても大事にしているという話しか聞いたことがなかった。
「その婚約者だった人は当時十九歳、僕は十五歳。ある日、兄が屋敷に居ない時に訪ねてきてね。僕に勉強を教えてくれるって言って僕の部屋にやってきたんだ」
兄の婚約者ならそういうこともあるのだろう。
「使用人が持ってきた紅茶を彼女から渡されて飲んだ。暫くすると何故か眠くなってね。彼女から寝台で寝た方が良いって言われたから従った。そして暫くするとさ、何だか下半身が変な感覚なんだ」
どこかで聞いたことがある…同じような感覚にシュナは全身が粟立つ。
「目を覚ましたいのに、何故か意識と体が思うように動かない。そして下半身…雄の部分が異常に熱く感じて僕は何とか目を開けたんだ。―――すると、兄の婚約者が裸体で僕の上に乗っかっていた」
「っ…!」
「睡眠薬を盛られて犯されたんだ。未来の義理姉予定の人に」
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