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イアン 14
シュナの呼吸は治まりはしたが震えが止まらないようで、立ち上がろうにも立てない様子だ。
無理を強いたせいもあるが、それでもイアンに助けを求める選択肢のないシュナに、これはもう強行突破するしかないと声をかけることにした。
名を呼ばれ、身体が飛び跳ねるくらいに強張りゆっくり振り向いたシュナの顔は、まるで恐ろしい何かを見た直後のような恐怖に駆られていて。
震える喉で必死に夜中なのに帰ろうとするくらい、自分の弱いところを見せようとしないシュナのいじらしさをイアンはどうにか少しでも和らげてあげたくなる。
もうこれはイアンの悪賢い部分を前面に出して何が何でも関わらせてもらおうと、躊躇せずにシュナに否定の言葉を言わせないように丸め込んでいく。
たまに見るというのもイアンが三度一緒に眠った全てで起こっているのだから嘘だろう。
シュナに心苦しさを感じさせないように、イアンにも利があるからと思わせるように言葉を駆使しながらこちらの流れにもっていく。
実際イアンがシュナが傍にいると良く眠れるのは確かだ。
そして今はシュナの過去を無理矢理聞き出すのは厳禁。
更にシュナの為に何かをするという言葉も駄目だ。
イアンが主動であることが重要だ。
イアンが望むからだと。
シュナの言質を取るのは今ではなく強行する時だ。
イアンの我儘にシュナを巻き込むということを前に出す。
魘されて発した言葉から大体の想像はつくが、恐らく虐待か陵辱あたりだろう。
それを無理に今聞き出す必要はない。一人でなくイアンといた方が克服できるのだと思わせれば良い。
――――そしてそれをするのはイアンでなくてはならない。
シュナに心の負担をかけないでイアンの近くに居させれば良い。睡眠を盾にとり何なら性交なんて二の次だ。雌の使い道はそれしかないと思っていた今までのイアンには有り得ない考えだ。
イアンが味方だと、――――あまりに怯えた顔をしたシュナがイアンだけに安堵して傍にいてくれれば良い。
頭の回転の速さをここぞとばかりに発揮させ、イアンが主体でイアンの為にしたいのだと伝える。
向かい合わせにさせて、それでも無意識に丸まろうとするシュナの背中を優しく囲って擦る。
イアンはラベンダーの香りを吸いながら頭に口を落とし、シュナの冷えた身体を温めるべく、身体が強張らない程度に抱き締める。
シュナの震えが徐々に治まり呼吸が一定になると、その音がまるで子守唄のようにイアンの心を解し、とても安らいだ心地で温かく一人で頑張る可愛い女の子を抱いて眠りに落ちた。
翌日は恐縮させる前に条件を変えさせて、そちらの方がイアンとして助かるのだという言葉を掲げ、シュナの悪夢を見る時に起こしてあげられる権利を勝ち取ってから、お互いシャワーを浴びてから外に出た。
イアンは不思議な感覚でシュナと街を歩く。
ただ手を繋ぎながら街をゆっくり歩くだけでも。
ただその辺の露店で買ったものを食べるだけでも。
こんなに心が落ち着いて穏やかな気持ちになってイアンは初めての感情に満たされながら、シュナの好きだという公園の奥の花壇に知らない体を装い向かった。
シュナから聞いた大好きな花、アネモネの花言葉。
根気、辛抱、希望、期待、あなたを信じる、―――見放され、見捨てられ。
そして貴方を愛する。
先日のような虚ろな瞳はしていなかったが、花が好きでいつか小さな家に住んで花に囲まれたいと話すその瞳は、僅かな希望とそれを叶えられないだろうという諦観も滲み出ていた。
それならばアネモネの良い言葉だけが残るように、シュナがその夢を叶えられるようにイアンが動けばいいことだ。
それにはシュナがぼやいた小さな夢の中に自分が加われば良いと、シュナと毎日眠るのだって何も問題ないし寧ろ良い睡眠が摂れて万々歳とイアンは普通に思えていた。
こんな風に人を慮った―――特定の誰かを大事にしようと生まれて初めて心から思ったことなどなかった。
難攻不落で堅牢な壁を持つシュナ。
だが狡賢く老獪なイアンならば僅かな隙を狙い、中で一人で傷つきながら蹲って守りに入るシュナに声をかけて手を伸ばせる。
強固な意志を持つシュナでも、口達者で小賢しいイアンであれば少しずつでも絆されて言葉を返し手を伸ばしてくる可能性がある。
それが出来るのはイアンだけだ。
優しさだけでは通用しない。
強引さも時には必須となる。
そうしないとすぐにシュナは新しい壁を作り耳を塞ぐだろう。
何より前提としてイアン自身がシュナと共に居たいと願っている。
イアンが中心でシュナはついでだ。
自分勝手なイアンは自分の為にシュナを巻き添えにすることにした。
ただの一度も思ったことがないこの感情を成就させる為に。
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