トロピカル・ナイト・シティ

真好

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11.ドライブスルー(2)

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11.ドライブスルー(2)

 ここは私が払うことにする。
 私はスペーススパイシーバーガーとサイバーサイダーセットを、迅璃はビッグバン・アンド・ブラックホール限定セットを勝手に選ばれ、手に取った。
 まず私は、サイバーサイダーにストローを差し込み、早速吸ってみた。すると、0.000001%まで落ち込んでいた私のエネルギー残量が、瞬時に7%まで回復する。
 そうして緊急充電を済ませた後、私は続いてバーガーの包装を剥がし、堪能し始めた。柔らかいカーボン素材のバンズでできていて、密度が極めて薄く、エアー注入されたようなふわふわとした食感だった。パティは今まで味わったことのない金属を溶かしたようなジューシーな汁に満ち、触感はパチパチと微弱な電流が走るような歯ごたえで、刺激的だった。
 迅璃も自分のセット――水星の海産物をたっぷり使ったバーガーを楽しんでいると、自動運転が再開し、私たちはやがてハイウェイへ入った。両側に星の海のように輝く照明が並ぶ工業エリアを、バックグラウンドのように眺めながら、食事を続ける。
 食事中の沈黙は消化に悪いので、私は迅璃に声をかけた。
「それで? なんで追われたんだ?」
「今さら聞くの?」
 迅璃はたまげたような表情になったが、とにかく説明してくれる。
「私、実は人を殺したんですよ」
 いきなりの告白に、一瞬、バーガーを咀嚼していた口が止まった。
「どうして?」
「殺したいから殺したんじゃなくて」
 迅璃が続ける。
「車事故で」
「人間を轢いたのか?」
「うん」迅璃の声が曇る。「最初はヒューマノイドロボットだと思ったから、まあ大した怪我じゃないだろうと思って、そのままひき逃げしたんだよね」
「立ち悪いね」
「まあ、そもそも道路を横切っていたあの人も悪いと思ったから。車優先の街だし。法的に言えば、アスファルトの道路に飛び込んだあの人のが過失がはるかに大きい。ひき逃げしても注意されるくらいで済むはずだった」
「なのに?」
「なのに、相手が人間だった」
 車内にしばらく沈黙が流れた。
 迅璃はダークマターコーラーを一口飲んでから、続けた。
「人間だから当然、体も弱いよね。即死しちゃってさ」
「気の毒に」私は適当に言った。「サイボーグとかじゃなかったの? 一応火星にいるんだから、普通の人間のタンパク質の弱い体じゃ生きていけないはずだよ。何か体を改造しないと火星じゃ無理だろうけど」
「それが、脳以外は全く改造してなかったんだ。だから、こんな暑い街で分厚い宇宙服を着てて。その宇宙服も、辛うじてタンパク質の塊として息ができるくらいの性能しか持っていない原始的なものだったから」
「じゃ、即死するしかないね」
 私はふと疑問を投げかけた。
「死んだなら、どうやって捕まったの? 別に通報されたりしないじゃん」
 記憶がまた一つ蘇った。
 この火星では、被害者本人の通報以外は受け付けない。相手が死んでしまったら、通報する相手がいなくなるから、自然と迅璃も警察に追われずに済むはずだ。
「それがね」
 迅璃がどこか諦めきった表情で続けた。
「その人の本体がまだ生きてたんだ。金星に」
「あ……」
 私は瞬時に理解する。
「アバターだったのか」
「うん。本体はもう立派な100%改造済みのサイボーグで、火星より環境の厳しい金星でも普通に暮らせる仕様だった。それで、元々のタンパク質の人間の体を逆にアバター的なサブボディーにして、それで火星に観光に来てたわけ」
 続く説明によると、結局そのサイボーグの本体が金星から火星まで飛んで来て、死ぬ直前に録画しておいた視覚データで分析し、迅璃を特定して市の警察に通報したというわけだ。
「それは運が悪かったね」
 私が気の毒そうに言うと、彼女は逆に晴れやかな顔になった。
「まあ、もう3年も前のことだし。とっくの昔の話だよ」
「3年?!」
 びっくりして声を上げた。
「3年もずっと警察に追われてるのか?」
「そうなるね。だからもう慣れた」
「……」
 私は舌を巻きながら考える。そして、そのまま口に出した。
「なんでこの街を出ないんだ?」
「え?」
「だって、面倒くさいだろ? 毎日、毎時間、毎秒、逃げ回るだけの生活って」
「まあ、逃げ回るだけの人生ってわけじゃないけど……。たしかに、ほとんどの時間は逃げることに使ってるかな」
 迅璃は今それに気づいたかのように、ぼんやりとした表情を浮かべた。
「そっか」
 すると、彼女の顔がたちまち歓喜に満ちたように輝いた。
 彼女は勢いよくシートから立ち上がった。
 その拍子に手に持っていたダークマターコーラーの蓋が飛び、車外へ放り出された。コーラーが少し零れ、彼女のシートを濡らしたが、車のAIが即座に清掃システムを起動させ、こぼれる前よりもピカピカに仕上げてくれた。
 それでも、迅璃の手についたコーラーは拭き取られていなかった。私は彼女にウェットティッシュを渡した。
 迅璃は負イオンたっぷりの電解液で満たされた、潔癖症も満足するようなウェットティッシュで手を拭くと、まるで過去の未練と決別するかのように、それを流れる車外へさらりと投げ捨てた。
 後ろを振り返ると、捨てられたウェットティッシュは、まるでやっと自由を手に入れた儚い鳥のようにはためき、追いかけてくる車のヘッドライトに溶けるように消えた。
「私も」
 迅璃が宣言した。
「このトロピカル・ナイト・シティを出ればいいんだ。そうすれば、警察から永遠に逃げられる!」
「でも」
 私が懸念を口にする。
「隣の国で治外法権が適用されなかったら? インターポールが連携して、君を犯罪者扱いし続けるかもしれないじゃん」
「そのときは、そのときだよ!」
 迅璃は清々しい態度で、両手で拳を握り、勝利のポーズ――見る者を解放感に誘うような仕草で、ハイウェイをより鮮やかに彩った。
「まずは、この街、ずっと暮らしてきた故郷を出るんだ!」
「環境って大事だよな」
 私がぽつりと言うと、迅璃が突然私に近づき、頬にキスをした。
 コーラーの香りがする、炭酸の弾けるような感触のキスだった。
「このまま」
 彼女の叫びがハイウェイに響く。
「街をドライブスルーしちゃおう!」
 私は食後の眠気をこすりながら、否応なしに片手を掲げて「おう!」と応え、残りのサイバーサイダーを飲み干した。
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