見習い修道女の結婚

みどり青

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プロローグ

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ベルは生まれてすぐに修道院の前に捨てられた。

ありふれた布に包まれ、ありふれた籐の洗濯籠に入れられ、ベルがベルであるとわかるような特別な持ち物はなく、籠を置いていった人物を見かけた者もなく、突然ぽつりと籠だけが出現したように、気付くとそこにあったのだ。
修道院の正午を告げる鐘が鳴り響く中で発見されたので、それにちなんでベルと名付けられた。

ベルを見つけたサマー・ミルズは真面目で敬虔な修道女であった。彼女はベルを厳しく育て修道院の規律を教え込んだ。
清貧と善意の中で純粋培養されたベルは、世の中の悪意も知らず、無垢な少女のまま成長した。

今は院長となったサマーの元、修道女見習いとなったベルは、このまま聖女を信奉し、神に全てを捧げ、人々に尽くす人生を送るのだと、誰もがそう思っていた。
修道女の見本のような生活がベルの安寧であり、他の為に尽くすことがベルの喜びであった。
ひたすら人々の土台になり、人々の幸せを願うことがベルの望みだった。


だが、十七歳の夏、ベルの運命は大きく変わった。


ベルは走った。ひたすら走った。
紺色のワンピースをひらめかせ、肩までの茶色の髪をぐちゃぐちゃにしながら。
どうかこの涙を誰にも見られませんようにと。

ベルは彼を愛してしまった。
神も、聖女も、修道院の仲間も町の人もみんなみんな愛していたが、こんなに痛みを伴う愛は初めてだった。
苦しく、切なく、それなのに愛することを止められない。
彼を見かけるたびに胸がきゅっと締め付けられ、夢の中までも彼を追い求めた。
告白などできるはずもない。だがいくら隠しても、溢れんばかりの愛がベルの態度や言葉から漏れ出てしまう。

彼から返ってきたのは、優しい笑顔と拒絶だった。

誰にでも優しい彼のやんわりとした拒絶が、ベルの胸を抉った。
ベルは自分が恥ずかしかった。
修道女になる身で、孤児の身で、男性に好意を持ったことが。

とにかくベルは走った。
走って走って、この流れる涙とともに、自分も露となって消えてしまいたかった。

いつもなら警戒する町外れの森は、今はベルを人目から隠してくれる隠れ家だ。
ベルは躊躇なく木々の隙間を抜け、薄暗い草の上に座り込んだ。

走り続けて喉が苦しい。それ以上に心が苦しい。
自分を恥じながらも、それでもまだ彼への愛を捨てきれないことが、一番苦しかった。
ゼイゼイと激しい呼吸を繰り返しながらベルは泣いた。
喉をぎゅっと絞って、声を押し殺して、ベルは流れる涙を拭いもせずに泣き続けた。

その時、何者かがベルの肩を掴んだ。
ハッとして振り返る間もなく、視界が真っ暗になる。同時に腹に衝撃が走った。
痛みにベルの気が遠くなり、抵抗すらできずに体から力が抜けていく。

ああ、罰が当たったんだわ……
神に捧げる愛を、他の人に捧げたから……
神を裏切った……罰だわ……

ベルの意識はそこで途切れた。

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