【完結】東京・金沢 恋慕情 ~サレ妻は御曹司に愛されて~

安里海花

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それぞれの故郷へ、

「お母さん、本当に行かないの?」

「ごめんね。お父さんとふたりでおばあちゃん家に行って」

 沙羅の言葉に納得のいかない美幸は、リビングの掃き出し窓の向こうにある駐車場で、車に荷物を積み込んでいる政志の方をチラリと見る。

「ねえ、お母さん。お父さんと仲直り出来なかったの?」

 夫婦喧嘩の行く末を気にしていた美幸は、おそるおそる訊ねた。
 美幸の心配をよそに、沙羅は穏やかに微笑む。

「心配かけてごめんね。お母さんがおばあちゃん家に行かないのは、お父さんとはちゃんと話し合って、特別に夏休みをもらったの」

「お母さんの夏休み?」

 まだ、疑いを残した様子の美幸に言い聞かせるように、沙羅はゆっくりと口を開いた。

「そう、お盆休みに、おばあちゃん家に行ってもお手伝いがたくさんあって、ぜんぜん休めないじゃない」

「うん。お母さん、お手伝いいっぱい頼まれるもんね」

「少し疲れちゃったから、今回はお休みにしてもらったの。それに、いつも休みがないでしょう。たまには、ひとりきりで何にもやらずにダラダラ過ごして、美味しい物食べてリフレッシュするつもり」

 ハッと目を見開いた美幸は、胸の前で手を合わせた。

「そうだね。お母さんだって、お休み欲しいよね。いつも忙しそうだったのに気が付かなくてごめんなさい」

 素直に優しく育っている美幸の様子に、沙羅は目を細める。
 不倫の制裁としては中途半端な選択だったのかもしれないが、美幸を悲しませずに済み、これで良かったと思えた。

「ひとりで過ごしたいなんて、お母さんの我が儘なんだから、美幸は謝らないで」

「うん。わたし、お父さんとおばあちゃんちに行って来るよ。お母さんは、ゆっくりしててね」




 夏の盛り、朝から強い日差しと青空の下、蝉の声が響いていた。

「忘れ物ない?」

 助手席の窓は開け放たれ、ご機嫌な様子で美幸はシートベルトをはめている。

「大丈夫。お母さん、行ってきます」

 小さく手を振るその先で、政志は切なげな瞳を向けた。

「沙羅……行ってくる」

 少し屈んだ沙羅は、車の中を覗き込むようにして答える。

「気を付けて。私もゆっくりして来るわ」

「ん、沙羅も気を付けて」

「ありがとう」

 ゆっくりと車が動き出すと、窓から美幸が顔を覗かせる。

「いってきまーす」

「いってらっしゃーい」

 車が角を曲がり、見えなくなるまで、沙羅は大きく手を振りつづけた。
 
「行っちゃった」

 自分で行かないと決めたクセに、ひとりになると途端に寂しくなる。
 振り返り、我が家を見上げた。日差しの眩しさに、目を細め手を翳す。
 小さな庭のある3LDKの一軒家は、幸せの象徴だった。

 平凡で特別な事が無くても、些細な不満があっても、家族が安心して暮らしていければ、それで良かった。
 毎日、コツコツと積み上げていた幸せのなんと脆いことか……。

「私……頑張ったのになぁ。何がいけなかったんだろう」

 ぽそりとつぶやき、視線を落とすと門扉の途中に蝉の抜け殻が掛かっていた。
 
「空蝉……」

 その蝉の抜け柄は、形はあれど、中身のない。まるで、我が家のように思えた。
 

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