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第4の異世界ーはるか遠くの銀河で戦う少年

第112話 弱き師

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 なぜ? どうして?

 そんな思いがルカの胸中に渦巻く。

「なぜ私がヴァルキラスの剣としてここにいるか、わからないかルカ?」
「わからない。なぜあなたが……。あなたはヨトゥナのナイトではないのですか? なぜあなたが帝国のナイトとしてそこに立っているのですかっ!」

 ルカの問いにイライゼンは卑しく微笑む。

「私はヨトゥナであった。少なくとも君に出会ったときは、ね」
「……いつからあなたは帝国のナイトに?」
「戦争が始まってからだよ。戦争が始まってから私はオーディアヌ帝国で皇帝メイラッド・ローマに出会い、そして恭順した」
「なぜっ! 偉大なヨトゥナであったあなたがなぜだっ!」

 イライゼン・モーヒューはヨトゥナの偉大なナイト。
 ルカはずっとそう信じてきたが……。

「なぜかって? それは皇帝メイラッド・ローマが最強のナイトで、オーディアヌ帝国が戦争で勝利すると確信したからだ。強い側につくのが私の性分でね。ヨトゥナにいて戦争で殺されるより、帝国に恭順するのがかしこいと考えたのさ」
「あ、あなたは……」

 これが自分の尊敬したナイト、イライゼン・モーヒューの本性。
 なんとも利己的で、弱い人々を守るために戦うというヨトゥナの理念とは相反する考え方であった。

「信じられない。あなたがそんな人だったなんて」
「君が私のなにを知っている? 君が知っているのは私の外面だけだ。内側を晒したことなど一度も無い」
「それは……」

 確かに、深くはこの人のことを知らなかったかもしれない。

「は、恥ずかしくはないのですか? そのような利己的な生き方」
「恥ずかしい? どうして? 弱い側について殺されるなんてただの馬鹿じゃないか。強い側について生き残るのが賢い生き方ってものだろう。賢く生きる自分を、私は恥ずかしいどころか誇らしく思うね」
「なんて愚かな……。あなたはっ!」
「さて、君は賢いかそれとも馬鹿か。試してあげよう」
「な、なにを……?」
「ヨトゥナを裏切って皇帝に恭順するんだ」
「……っ」
「君が皇帝から命を狙われているルオナルア王子であることは知っている。しかし恭順するならば、私が皇帝に執り成して君を助命してもらおう」
「……」
「助命を請う皇帝への手土産として、ゼナイエの首を取ってくるんだ。仲間の振りをして近づけば弱い君でも簡単だろう? 安心しなよ。他の連中から逃げ出す手助けくらいはしてやるさ。君の師匠としてね」
「……言いたいことはそれだけですか?」

 低い声でそう言ったルカはレヴァンソードの先端をイライゼンへと向ける。

「私はヨトゥナだ。我が身を犠牲にしてでも弱い者を守り、正義を貫く。あなたように利己的な生き方など決してしない」
「ふ……」

 ルカの言葉を聞いたイライゼンは右手で顔を覆い、

「ふはははははっ!」

 大声で笑い出す。

「弱い上に馬鹿かっ! そんな正義を貫いてどうなるっ! ここで殺されるだけだっ! なんの意味も無いっ!」
「あなたように利己的に恥を晒して生きるよりも、ここで死んだほうがマシだ」
「……残念だ」

 ため息を吐いたイライゼンが赤いレヴァンソードを伸ばす。

「ならば望み通りここで……殺してあげるよルカ」
「考え直してください。まだ間に合う」

 裏切者でも、イライゼンは師匠だ。
 戦いたくない。いや、勝てるはずはない。

 そんな思いがルカを悩ませ、恐れさせもした。

「怖いか? ふははっ。弱いね。だから君は良いんだっ!」

 斬りかかって来たイライゼンの一撃をルカはレヴァンソードで受け止める。

「ぐう……っ」
「なぜ私が君のことを好きだと言ったかわかるか? それは君が弱いからだ」
「うう……」

 なんて力だ。

 全力で受け止めているというのに、少しずつ押されていく。

「いつも誰かを頼って、誰かに憧れるだけの君は決して強くはなれない。私より絶対に強くはならないから、私は君のことが好きなんだ」
「この……っ」

 受け止めたまま膝をつくルカ。

 ……おかしい。

 これほどの力を発揮しているというのに、イライゼンの身体からはズァーグがまったく見えなかった。

「私は自分より強い奴が嫌いだ。いや怖いんだ。自分の命を脅かす存在というのは怖くてしかたがない。だから私の命を脅かさない弱い君が好きなんだよ」
「あ、あなたは……まさか」

 イライゼンからズァーグが見えない理由。
 そのまさかの可能性にルカは思い至る。

「……っ!」
「ん!?」

 瞬間、レヴァンソードを消したルカは斬り下ろされた一撃をぎりぎりで回避してななめ前へと転がる。

「でやっ!」

 ふたたびソードを伸ばしたルカがイライゼンの足を狙って薙ぎ払う。
 しかし寸前で跳躍をされて斬撃は空を切った。

「ふっ、多少はやるようになったじゃないか」

 空中で嘲笑うイライゼンが離れた場所へと着地する。

「あの黒アーマーの奇妙な男に鍛えられたおかげかな? ふん。それでも君はぜんぜん弱いけどね」
「……イライゼン。もしかしてあなたは」
「うん?」
「ズァーグを使用していないのでは?」

 ズァーグを活性化して身体を強化している様子が無い。
 信じられないことだが、恐らくイライゼンは……。

「そうだよ。私はズァーグを活性化していない」
「や、やはり……」

 つまり素の身体能力だけでイライゼンは今までルカと戦っていたのだ。

「この優れた身体能力があれば、十分に戦えるからね。私にはズァーグでの身体強化など必要無いんだよ」
「必要無い……? いや、それは違う」

 この人はズァーグが必要無いのではない。

「あなたはズァーグの活性化をしていないんじゃない。そもそもできないんだ」
「……」
「あなたは自分より強い者を恐れるひどく臆病な人間だ。そんな心の弱い人間にズァーグを扱うことなんてできない」

 最高師範ゼナイエと同等の戦力を持つと言われながらこの人がサミオンに至れなかったのは、微塵もズァーグを活性化できない心の弱さだ。

 弱者に対しては強く、強者に対しては弱い。

 そんな脆弱な精神の人間が、いかに強かろうとサミオンになどなれるはずはなかった。

「……そうだね。けれどそれがどうした? 自分より強い相手との戦いを避け続けていれば私は十分に強者でいられる。強者を恐れて逃げることのなにが悪い? 強い者に抗って殺されるなんて愚かじゃないか」
「どんなに相手が強くても逃げず、弱い者たち守るために戦うのがヨトゥナのナイトだ。相手が強いから戦いから逃げるなんてヨトゥナのナイトじゃない」
「人の命より自分の命さ。他人のために死ぬなんて馬鹿のすることだ」
「……そんな考え方だからあなたはサミオンになれなかった」
「ふん。だったら君に教えてあげるよ。強者に抗う弱者がどれほど愚かなのか。君の師匠として最後の教えだ」
「……イライゼン」

 イライゼンという強者を前にして浮かぶのはハバンに聞いた言葉。

 困難を自分自身の力で打ち破るという思いが君を強くする。

 目の前の困難を打ち破れるのは自分だけだ。誰の助けも無い。
 甘えるな。甘えは捨てろ。誰かがやってくれるんじゃない。

「私があなたを倒すっ! 私は逃げないっ! あなたという困難を倒して、必ず目的を遂げるっ!」
「やってみるがいい。無様に殺してやるよっ!」

 高速で襲い来るイライゼン。

 もうルカに恐れはない。迷いもない。
 あるのは絶対に勝つという強い思いだけであった。

「さあ死ねっ! 弱きナイトルカっ!」

 直近で振り下ろされるイライゼンの一撃。
 その一撃が地面へ降り落ちたとき、ルカの姿はそこになかった。

「な……に?」

 困惑の表情でイライゼンは固まる。

「ど、どこだ? どこへ行った?」
「――ここです」
「はっ!?」

 背後を振り返ったイライゼンがルカから退く。

「ど、どういうことだ? なぜ君なんかが私の攻撃をこうもあっさり避けることができるのだ?」
「……もはやあなたの知っている私じゃない。今の私はあなたより強い」
「ありえないっ! 君が私より強くなるなんて絶対にありえないことだっ!」
「弟子はいずれ師を超えるもの。ハバンさんがそう言っていました。あの人を超えたとは思いませんが、あなたのことは超えた」
「ふざけたことを抜かすな青二才がっ!」

 鋭く振られるレヴァンソードをルカは尽く紙一重でかわす。

「このっ! このっ! き、君が私より強くなんて、ありえないんだっ! 君はずっと弱くて、絶対に強くなんてならないんだっ!」
「……」

 避けながらルカは思う。

 この人に師事をしたとき、とても大きく見えた。
 絶対に超えることのできない高い高い壁に思えた。

「死ねっ! 死ねっ! 弱い君は私の手で殺されなきゃダメなんだっ!」

 今はひどく小さく見える。

 確信を持って言おう。

「私はあなたを超えたんだ」

 レヴァンソードでイライゼンの一撃を受け止める。

「こ……のぉっ!」

 両手で柄を握って押し込んでくるイライゼン。
 ルカは片手だけで柄を握り、それを受け止めていた。

「君がっ! 君なんかがっ! 私より強くなったというのかっ! ありえないっ! 私は絶対に認めないぞっ!」
「……あなたは弱い。本当に弱い人だ。もしも戦いを捨ててどこか遠くで静かに暮らすというのであれば、あなたを逃がしてもいい」
「私を逃がすというのかっ! 君なんかがっ!」
「強い者との戦いを避けて逃げる。あなたが今までして来たことです」
「君は弱いんだっ! 私より強いわけなんてないっ!」
「私は弱い。しかしあなたよりは強いっ!」

 イライゼンの一撃を受け止めているレヴァンソードを思い切り振る。

「ぐあっ!?」

 吹っ飛ばされて離れた場所へ転がったイライゼンが倒れ伏す。

「立ち上がって向かって来るのならばあなたを殺します。迷いはありません」
「……」

 倒れ伏したままイライゼンは動かない。

 死んでしまったわけではないだろう。
 気を失ったのか、それともなにか考えがあるのか?

 やや不気味なものをルカは感じた。

「ふ……ふははははっ!」

 地面へ伏しながらイライゼンは笑う。

「そうか。君は私より強くなったんだな」
「……」
「しかし、君は大事なことを忘れている」
「大事なこと……?」
「そうだ」

 立ち上がったイライゼンは両手を左右へ大きく広げる。

「私はズァーグを使っていない。その私がズァーグを使えばどうなる?」
「あなたにズァーグは使えない。それはご自身で理解していることでしょう」
「ああ。しかしそれは少し違う。使えないんじゃない。扱えないんだ。使うだけなら、私にもできる」
「……まさかっ」

 気付いたときにはもう遅かった。

 呼吸を荒くしたイライゼンは白目を剥き、明らかに異常な雰囲気であった。

「ば、馬鹿なことをっ! 心の弱いあなたがズァーグの活性化をすれば理性を失って戦うだけの獣になるっ!」

 もはやイライゼンにルカの声は聞こえていないだろう。
 上で戦ったクローンデズターのように咆哮を上げ、白目でルカを睨む。

「ぐおおおおおおおっ!!!」
「くっ!」

 剣技もなにもない。
 しかし襲い来るイライゼンの動きは以前とはくらべものにならないほどに素早く、避けることはできずソードで受けるも、

「えっ? ぐあっ!」

 受け止め切れず、今度はルカが吹っ飛ばされる。

「ぐ、う……。こ、これほどとは」

 先ほどまでとはまるで違う。
 動きはまさに獣であり、力と素早さは怪物であった。

「ぐおおおおおおっ!」

 ふたたび咆哮を上げてイライゼンはこちらへ駆けて来る。

 勝てないかもしれない。
 しかし逃げるという選択肢はなかった。

「来いっ! イライゼンっ!」

 覚悟を決め、ルカはソードを構える。
 イライゼンの持つソードがルカへと振り下ろされた。そのとき、

「……えっ?」

 誰かがあいだへ入ってその一撃を受け止める。

 小さなその誰か。
 それはヨトゥナの最高師範ゼナイエであった。
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