満月に現れる小さなお店で男性客に口説かれています。

桜塚あお華

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01.出会いはふわっふわな蜂蜜をかけたパンケーキ【前編】

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「明典さん、本当にそんな願いでよろしいのでしょうか?」
「はい、出来ればお願いできますか?」
「構いませんが……予想外でした。私はてっきりーー」
「……心配してくださり、ありがとうございます。けど、これは僕の夢ですから」
「……そうですか、それならもう何も言いません。では、これから準備を始めます。明典さんは目を閉じて、願ってください」
「その、ありがとうございます。僕みたいな凡人の願いを聞いてくれて」
「いいえ、それが私の『役目』ですから」
 最初で最後に笑ったその人に、僕は精一杯の感謝をした。
 願い事が叶うなんて、本当に嬉しかったから。
 決して、それが永遠じゃないとわかっていたけれど、それでも僕は願いを叶えたくて、『お願い』したのだから。

 ♢ ♢ ♢

 ある辺境の地にある森。
 そこは、入ったら最後と言われている、別名『死の森』と言うものが存在する。
 凶暴な魔物たちが住んでいる場所に、上級のダンジョンが潜んでいると噂されているが、あまりその森には人が好き好んで入ることはない。
 そんな『死の森』には噂がある。

 満月の夜だけに現れる、異世界の定食屋が存在すると。

「……ほんとーお客さん来ないね、店主さん」
「わかっているんです。ええ、わかっているんですよ……夢を叶えるためにどうして僕はこんなところにお店を構えなくてはいけないと、わかっているんです……」
「どんまい店主さん。私は店主さんの料理大好きだからねー?」
 泣いている僕の肩に手を置いて励ましてくれる少女の名はラティさんと言う。この定食屋業を始めて初めてのお客さんであり、僕の料理を気に入ってくれている人物である。
 満月の夜だけに定食屋をやって半年が経過したが、相変わらずお客さんは本当に少ない。
 唯一満月の夜に必ず来てくれるラティさんは、僕が作ったカレーライスをぺろりと完食しながら話を続ける。
「そもそもこんなところにお店を出すのがおかしいんだって。どうしてこんなところにお店構えたんだよー?そしてどうして満月の夜だけ?」
「うう、それは神様とのお約束なんで言えないんです……ごめんなさいラティさぁん……」
「泣かないでよ男の子でしょう店主さん……私より年上のはずなのに、なんか狂っちゃうなぁ、もう」
 涙目になりながら訴えている僕に対し、ラティさんはまるで姉のように頭を撫でてくれる。本来ならば逆なのかもしれないが。
 慰めてもらった僕は空になったお皿を片付けるために手を伸ばす。
「でも不思議だよね。満月の夜にしか現れない異世界の定食屋さんって……仕組みが知りたいわぁ」
「あはは、ありがとうございます」
「まあ、私もここに来るようになってレベルも結構上がったし……今度の満月の夜には数人お客さん連れてこられたから連れてくるね!」
「本当ですか!」
「だって店主さんの味、もっと知ってもらいたいもん!まあ、この森に入ることができればの話だけどね……準備は万端にしないといけないし……」
「は、はは……そうですよね……」
 ラティさんの言葉に少しだけ励まされた僕はうるうるとした目でラティさんを見ていたのかもしれない。
 両手を握りしめ輝くような目をしていたラティさんがその後僕に対して目線を逸らしていたと言うことは見なかったことにしておいた。

 銀貨を受け取りラティさんが店を後にした後、僕は次のお客さんが来るかどうかわからないが、誰もいない小さな店内を見つめつつ、持っている文庫の続きを読み始める。
 静かな時間が流れている中、僕は再度周りを見た。
「……けど、どうしてあの人はこんな所へ転移させたんだろう……?」
 僕の願いを叶えてくれた人を思い出しながら静かに呟いていた時、店の扉がゆっくりと開く姿を見た。
「あ、いらっしゃーー」
 お客さんが来たことに対し、読んでいた文庫本を閉じて笑顔で挨拶をしようとしたのだが、出来なかった。
 目の前に居たのは身体中泥だらけで、身体中傷だらけの男性が立っていたからである。
「ませぇぇえええええッ!」
 驚いた僕は思わず叫びながら営業の挨拶をするのだった。
 扉を開けて目の前に現れた男は身長190センチぐらいで顔は泥と長い黒い髪で隠れていてわからないが、ただ一つ言えるのは明らかに客ではないと言うことがわかる。
 叫びながら立ち上がった僕はすぐに我に帰り、近くに置いてあったタオルを握りしめ、見たことのないお客さんに声をかけた。
「お、お客様!ど、どうされたのかご質問してもよろしいでしょうか!え、外雨降ってた!?あ、降ってた!!え、何かに襲われた!?魔物!それともダンジョンで!?」
「……」
「あ、ああ、死の森だもんね!怪我するのは当たり前だよね!そ、それよりもこれで体拭いてください!今救急箱とお湯を用意いたしますので!」
「……」
 僕は慌てるようにしながら目の前のお客さんに声をかけるが、男性は何もいわずその場に立ち止まっているだけ。
 声は聞こえているのかわからないが、それどころではなかった。
 店の奥にある救急箱と、調理場で急いでお湯を沸かす準備をした後、再度お客さんのところに戻ると、僕が渡したタオルで体を拭いている。
 近くにある椅子を持っていき、店の扉を閉めた後、僕は男性の手を掴む。
「お客様、とりあえずこちらへ。簡単ですが傷の手当てを致しますので」
「……」
 僕に身長は166センチと言われており、小柄だ。
 そのせいか未成年とよく間違えられているが、成人している。
 お客さんにこの椅子に座るように声をかけると、彼は用意した椅子に座る。
「えっと、少し失礼しますねお客様」
「……!」
 少し驚いた表情をしたように見えたが、僕はお構いなしに先ほど男性が拭いていたタオルを奪い取り、頭を丁寧に拭き始めてみるが泥がべっとりとついておりきれいにならない。
「ひぇ、タオルにお湯浸して拭かないとダメかも……」
「……」
 ボソっと呟きながら拭けるところまで拭いてみようと手を動かした時、突如目の前の男性に手首を掴まれる。
「ひぇっ!」
 驚いた僕は変な声を出してしまったが、男性は無表情で僕に視線を向ける。
 黒い髪の奥から見えたのは、真っ赤に染まる赤い瞳が、僕の顔をとらえて離さないかのように、見つめていた。
 僕はその目を見てつい、呟いてしまった。
「うわ、すごくきれい……宝石みたい……」
 真っ赤な瞳は本当に綺麗で、僕の心を少しだけ魅了していったなど、目の前の男性に言えるわけがなかった。
 そして男性がその呟きを耳で聞いて、驚いていたと言うことなど知るよしもなかった。
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