地味令嬢は家族に無視され、学園で蔑ろにされても、明るく前向きに生きていけます。そして何故か『悪魔』と呼ばれる男性に求婚されました。何故!?

桜塚あお華

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地味令嬢は家族に無視され、学園で蔑ろにされても、明るく前向きに生きていけます。そして何故か『悪魔』と呼ばれる男性に求婚されました。何故!?

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 この世界は、『魔力』が全ての世界に生まれた少女が、笑顔でこのように言った。

「私は、魔力がほぼないんですよー」

 ある小さな店の店番をしている一人の少女、眼鏡をかけ、長い髪の毛を後ろで結びながら笑顔で答える地味な少女の真正面には、黒い髪に、赤い瞳をした一人の青年が立っていた。
 少女にとって、目の前の少年は先ほど数分前に出会った男性である。そんな青年に対して少女は自分の身の上話を始めてしまった。
 きっかけは、何だったのかわからない。
 けど、不思議と自分自身でしゃべり始めてしまったのだ――不思議だった。

 少女の名は、アリス・リーフィア。
 一応このような身なりをしているが、伯爵令嬢である。
 彼女の家系は魔術師と言う家系であり、祖父が有名な魔術師である為、一族は必ず強い魔力量を持ったモノが生まれるはずなのだが、アリスはその祖父の血を受け継ぎながらも、魔力がほぼない状態で誕生した。
 当然、魔力が少ししかないアリスは名前を付けられただけで、家族は彼女の事をこの世から居ないモノとして扱うようになった。

「小さい頃から父親も母親も、兄も双子の弟や妹も、私の事を存在しないモノだって扱ってきた。食事は何とかメイドの数人が私の事を認知してくれたから、色々とやってくれる事もあったけど、それでも家族に無視されるのって、ちょっと辛いよね……あ、おじいちゃん――祖父はちゃんと私の事を認識してくれたから別にいいやって思うようになっちゃった」
「辛くなかったのか?」
「もう慣れてしまったと、思います……まぁ、こんな感じで生まれてきた自分を憎んだけど、それでもこれが『私』なんだと言う事を理解したから、あとはもう受け入れて生きていくしかないんじゃないかなーって思ったよ」
「そうか」
「最近は、ちょっと兄の方が家族に内緒で声をかけてきてくれたりしてる……愛されていないわけじゃないんだけど、けどやっぱ、両親の愛情は欲しかったかなーなんて思っちゃいましたよ」
「……」

 笑いながら答えるアリスだったが、それでも辛い日はあった。泣いた事もあったが、泣いたところで現状は全く変わらず、綺麗なドレスも、家族団らんも、アリスにとっては遠い存在だった。因みに社交界と言うモノもデビューしていない。
 因みに彼女は貴族達が入学している学園に登校し、勉学に励んでいる。魔術関連の授業もあるのだが、受けるだけで魔力がほぼない彼女にとっては初級魔法が出来るか出来ないかだ。
 リーフィアの性を持つ一族なのに、魔術が出来ない『落ちこぼれ』と周りから呼ばれている彼女にとって、学園でも友人と呼べる存在は少ない。
 『魔力なしの地味令嬢』――いつしか学園ではそのように呼ばれるようになった。
 確かに地味そうな恰好をしているが、魔力なしではない。魔力がほぼない存在なのだ。

「好きで地味な恰好しているわけじゃないよ。多分、身なりを整えれば綺麗になる……か、わからないけど、まぁこっちの恰好の方が落ち着くんだよね。眼鏡は視力悪いからかけているだけだし、髪の毛は長いと勉強の邪魔だから結んでいるだけで……服装は、こんなのしか用意してないから」
「うむ、今日の服装は黒系か……地味だな」
「ひらひらした服装なんて着られないですよ。それこそ勉強の妨げ!」
「勉学は励んでいるのだな」
「勉強は好きですよ。それだけが取り柄だし」

 魔術も初級が出来るかどうかもわからない、『魔力』が全ての世界で、彼女が出来る事は勉学である。片っ端から勉強を始め、成績は上位をキープしている。
 しかしそれでも、両親には認めてもらえない――わかっているが、それでも彼女は勉学をあきらめない。最近では古い魔術が描かれている魔導書を読む事が日課となってしまっている。
 読んだところで使えないのだが。

「最近見つけたこの闇魔術の魔導書とか結構楽しくて、複雑みたいな感じで面白くて、ついつい読んじゃいましたよ!」
「……リーフィア嬢」
「アリスで良いですよ、お客さん」
「ではアリス……アリスはこの世界は楽しいか?」
「まぁ、普通ですね。楽しいとは言えません。両親も、下の双子の兄妹も、私の事は興味ないのか相変わらず存在がないと言う形になっていますし、学園でも無視され続けてます……けど、それでも、私に声をかけてくれる人はいますから」
「祖父や、兄か?」
「祖父にとって私は孫ですが、有名な魔術師と言われているけれど、私の前では優しいおじいちゃんです。平等に見てくれるから今まで生きてこられました。兄は最近だと学園内で生存確認だけですけど、声をかけてくれるようになりました。あとは……私と同じ、魔力があまりない人たちが数人、学園に在籍しているんですよ。その人たちから声をかけてもらって、友人と言う存在も出来ました。最近は第三王子のリアム様とは読書友達になりましたよ!」
「……あの腹黒め?」
「え?」

 この国の第三王子、リアムは入学してきたと同時に図書室で出会い、後輩であるが気軽に声をかけてくれるようになり、最近では本の話をする事で友人関係を結べていると、アリスは笑顔でそのように発言した際、青年は舌打ちをしながら何かを呟いたような気がしたのだが、アリスにはそれが聞こえなかった。
 首をかしげながら問いかけるが、男性はまた笑顔に戻り、なんでもないと否定する。

「……で、そんな伯爵令嬢のアリスがどうしてこのようなお店の店番をしている?」
「え、ただのアルバイトですよ」
「アルバ……伯爵令嬢が何故アルバイトを?」
「さっきも言いましたけど、私は両親たちにはないものとして扱われているんです。昔は祖父に内緒でお金をもらいながら生活していましたけど、最近それがバレちゃって、無一文なんですよ。拭く買うお金すらなくて……もうすぐ学園祭があるんですけど、夜パーティーがあるんですよ……いつも使ってたドレス、寿命迎えちゃって……」

 涙目になりながら、アリスは一週間前の事を思い出していた。
 もうすぐ学園祭が始まり、夜にはパーティーがある。去年はなんとかなったのだが、同じドレスで大丈夫だろうかと出したところ、取り出したと同時に敗れてしまい、お金を稼がないとドレスは買えない――と言う事である。
 因みにアリスがアルバイトをしている場所は雑貨屋。冒険者が使うポーションや、雑貨が売っている場所である。紹介してくれたのは平民の友人であり、アリスは数日前から学園に許可をもらってアルバイトをしている。
 許可が出るとは思わなかったのだが、許可を出してくれた学園長はアリスの家の状況を知ってくださる方だったので、すぐに了承してくれた。
 そして、現在に至ると言う事だ。
 その話をしたと同時に、黒い髪の青年の赤い瞳がギラっと輝いたと同時に、震えているように見えたのは気のせいだろうかと思いながら、アリスは目の前の男性に視線を向ける。

「あ、あの……お客様……?」
「……因みに、どのぐらい給ったんだ、アリス?」
「まだ半分以下ですよー。一応昔から貯めておいた分もありますけど……それでもまだ足りなくて……」
「……お前が着るドレスなら、そうだな……俺はブルー系とかが似合うと思う」
「え、そうですか?そんな事言われた事なかったので、お客様がそのように言うなら、ブルー系にしようかなー?」
「……」

 男性の言葉に、アリスは嬉しそうに笑いながら答えるが、青年は笑う事もせず、ただジッと見つめているのみ。
 何故、そのような視線を受けているのか全く理解できないアリスだったが、青年は静かに息を吐きながら、ふと、変な質問をする。

「アリス」
「ふぇ、あ、は、はい、何ですか?」


「――お前は、この世界が好きか?」


「……え?」

 突然、そのような発言をされたので、思わず驚いてしまったアリスは、一瞬言葉が喉に突っかかった。
 両親や下の双子の兄妹には、蔑ろにはされなかったが、ないものと扱っていた。メイドたちも命令で無視されることも多かった。
 学園では『魔力なしの地味令嬢』と呼ばれ、バカにされた事は毎日、何回もある。学園すら、敵だらけの存在――本来ならば、恨みがあってもいいぐらいの人生だったはずだ。
 しかし、それでも彼女、アリス・リーフィアにとって、この世界は――。

「好きですよ。例え必要とされてないと言われていたとしても、それでも私を愛してくれる人たちは少なからずいますから……私は、この世界が好きです」

 笑顔ではっきりと、アリスは告げる。
 幼い頃、命令を無視して声をかけてくれたメイドたちが居た。祖父は見捨てる事なく、声をかけて平等に接してくれた。
 学園では同じような境遇の人たちが何人かいたので、集まって話をするようになった。勉強会だってするようにもなったし、学園に入って兄から少しずつ、声をかけてくれるようになった。そして、図書室ではこの国の第三王子が声をかけ、読書仲間になってくれた。
 必要とされていない存在なのかもしれないが、それでも存在を認識してくれる人たちも居ると考えると、この世界を恨む理由などないと、アリスは笑顔で答えたのだ。
 男性は、笑顔で答える彼女の姿を見た瞬間、クッと声を出し、肩を震わせながら笑い始めている。そして、そのままアリスに手を伸ばし、頬に優しく触れた。

「え、ちょ……お客様?」
「……全く、絶望していると思っていたが、全くしていないのだからタチが悪い……まぁ、それでも、良い目をしているな、アリス」
「あー……ありがとうございます?」
「ククっ、やっぱり、あの第三王子に渡すには惜しい……うちで引き取りたいぐらいだ」
「え?」
「さて、俺はそろそろお暇しよう……ああ、これを一つ頂く」
「あ、ありがとうございます。えっと、銀貨二枚になります」
「釣りはいらない」

 男性は値段を言ったと同時に、そのままアリスの手のひらに銀貨ではなく、金貨を二枚握らせ、背を向けて店を出て行ってしまう。
 残されたアリスは呆然としながら、握られたものを確認し、それが銀貨ではなく金貨だという事に気づいて驚いたアリスは急いで店を出る。

「お、お客様、これ金貨で――」

 店を出たのだが、そこには既に先ほどの男性の姿が全く見えず、呆然としながらアリスは金貨を見つめる事しかできない。

「え、こ、これ、どうしたら良いんだろう……」

 このまま受け取っていいのだろうかと思いつつ、アリスは汗を流しながら立ち尽くす事しかできず、とりあえず店の関係者――店長が帰ってきたら相談してみようと思い、再度店の中に入った。
 店を入ったのを確認した黒髪の男性は、再度クスっと笑いながら、その店を再度視線を向け、ゆっくりとそのまま歩き出し、消えていった。


  ▽


「うわぁ、アリス様どうしたんですかこのドレス!」
「うんうん、めっちゃ綺麗!」
「あ、あはは……ありがとう……」
「メイクとか髪の毛は私たちに任せてください!あ、眼鏡はどうします?」
「眼鏡しない方が絶対に美人ですよアリス様!」
「あ、それは勘弁して!眼鏡ないと前見えない……」

 二人の友人になすがままの状態で髪の毛のセットやメイクをされてしまうアリスが着ているドレスは、もちろん彼女がアルバイトとして購入した――わけではない。
 不思議な男性の出会いから二日後、突然届け物が届き、中を開けてみるとそこに入っていたのは綺麗なブルー系のドレスで、何故ドレスが届いたのか全く理解が出来ないアリスは一体誰が自分に贈り物をしたのかわからず、色を見て気づいた。
 多分、あの男性が自分に送ってくれたドレスなのだと。
 ブルー系が似合うと言っていたからこそ、その色系のドレスを送ってきてくれたのだろう。ついでにメッセージカードも残されており。

『パーティー、楽しんで』

 と言うメッセージ付き。
 一応ドレスは着てみたのだが、サイズは合っており――怪しんだ方が良いのかもしれないが、アリスはせっかく送ってくれたのだから無駄には出来ないと思い、学園祭後のパーティーに着る事にしたのだ。
 友人の二人は眼鏡を外した方が余程綺麗だと言ってくれるのだが、眼鏡を取ってしまったら見えなくなってしまうので、それだけは阻止した。
 同時に、アリスは深いため息を吐く。

「どうしました、アリス様?」
「うーん……いやね、今日のパーティー、学生だけじゃなくて、保護者の人たちも招待されている人は来る予定でしょう……兄上はともかく、両親や弟、妹に会うのはなんか嫌なんだよねぇ……無視されるってわかってるけど……」
「アリス様のご家族はいらっしゃるのですね?」
「うん、一応予定してるって、兄上が言っていたから」

 今回のパーティーは保護者の方々も招待されており、兄上がこの前言ってきたのだが、うちの家族も来られるらしい。それがちょっと憂鬱かなと思ってしまった。
 別に慣れている、わかっていると思っていたのだが、それでもちょっとだけ、辛いと思ってしまい――ため息を吐きながらそのように愚痴ってしまうと、友人二人は笑顔で答える。

「私の家族は平民ですし、距離が遠いので来られないと言っておりましたし」
「私の家族もそうですよ!だから今日は三人で楽しみましょう、アリス様!」
「……ありがとう、二人とも」

 二人の家族はどうやら距離がかなりあるらしく、来られないと言っており、少し申し訳なさそうな顔をしてお礼を言ったのだが、二人は別に気にしていないかのように笑顔で返事をしてくれる。
 セットが全て終わった為、アリスたち三人はパーティーに向かい、飛び込んでみると、一瞬にして別世界が三人の目に入っていった。

「うわぁ……今年も素晴らしいですねぇ……」
「アリス様、とりあえず何か軽く食べませんか?」
「そうだねぇ、アルバイトや学園祭の準備とかしてたからあんまり食事を取っていなかったから、ちょっと食べたい」
「学園祭前日までアルバイトしてたなんて……伯爵令嬢なのに……」
「私たちが色々ととってきますので、アリス様はこちらに座ってお待ちくださいね!」
「え、別に大丈夫――」

 できれば一人にしてほしくないんだけど、と言う淡い希望を胸に秘めながら止めようとしたのだが、二人はどうやらアリスに休んでほしいと言う言葉が頭の中に入ってしまったらしい。強制的に座らせられ、二人はアリスに満足してもらうために行ってしまった。
 残されたアリスは再度深いため息を吐きながら、あたりに視線を向けていると、所々アリスの方に視線を向けてくる人達が居る。家族のように無視してくれればいいのにと思ってしまったが、この世界ではそのような事は付き物だ。

「おい、あれって、地味令嬢じゃね?」
「綺麗なドレスを着たところで所詮は地味姫ですわね」
「伯爵令嬢だとしても、魔力なしではねぇ……」

「……聞こえてるっつーの。あとちょっとだけ魔力はあるって」

 余計なお世話だと思いながら、一人で居る事が嫌になってきたアリスは、二人を探しに行こうと思い、立ち上がろうとした時だった。

「――似合っているな、そのドレス」

「え……」

 突然聞き覚えのある声が聞こえたのはその時だった。
 目を見開き、振り向いてみるとそこには笑みを浮かばせながら立っている男性の姿――何故、彼がここにいるのだろうかと思いながら呆然と見つめてしまう。
 黒い髪に深紅の瞳――彼は笑顔でアリスに近づき、そのまま右手を取り、唇に近づけ、キスをする。

「良い夜ですね、アリス嬢」
「あ、の……お客様……え、な、なんで……」
「何でって、そりゃ俺はここの学園の生徒だからだよ」
「え、ぇえ!」

 その言葉を聞いて驚いてしまったアリスだったが、まさかそのような反応をされるとは思っていなかった男性は声に出して笑いながら、楽しんでいるように見える。
 しかし、男性は見かけた事がない、と言うか学園内で見た事ないと思ってしまったが、それは当たり前なのかもしれないとすぐさま理解です。
 アリスは、人間と言うモノに興味がなく、声をかけてきてくれた人たち以外はどうでもよい性格をしていた。と言う事に気づいたアリスは自分の愚かさに少しだけ嫌になってしまった。
 もしかしたら近くまで居たのかもしれないが、アリスはそれを認識しようとしなかったのである。そして、もしかしたらアルバイト先に現れた事も――。

「……もしかして、わかってて雑貨屋に来たんですか?」
「いや、それは偶然だ。欲しかったものがあったから立ち寄ったら、まさかアリス、お前が居たからな」
「……私の事、知っていたのですか?」
「まぁ、いつも遠目で見ていたからな。『魔力なしの地味令嬢』と言われているが、それでも勉強をし、最近では使えないが魔導書を嬉しそうに見ている姿を見て、興味がわいていた所だった」
「そう、なんですね……」
「因みに聞くが、あの闇魔術の魔導書はどこから入手した?」
「……」

 男性の言葉にアリスは何も言わず、目線をそらすような形になってしまった。因みに入手したのは古本屋でホコリを被っていたので興味を持って、交渉していただいたものだ。別にやましい事がないのだが、ただ一つだけあるのは――。

(……外出許可が出なかったから、抜け出して購入したなんて、言えない)

 実は外出許可が出ず、学園を抜け出して購入したと言うやましい事が一つだけあったので、言えなかったからのだ。青ざめた顔をしながら視線を外した彼女に少しだけイラっときた男性はそのまま彼女の頭を鷲掴みにし、顔をこちらに無理やり向けさせる。
 ちょっとだけ痛いなんて、アリスは言えない。

「まぁ、その件については後に聞くが……ところで、そのドレスはどうだ?」
「え、ドレスの事ですか……うん、悪くはないですが……あの、どうして?」
「ん?」
「……どうして、このような高いモノを、プレゼントしてくれたのですか?」

 そもそも、このようなモノをプレゼントする意味など全く理解が出来ない。アリスは首をかしげながら、男性に向けて問いかけるは、彼は一瞬驚いた顔をした後、そのまま彼女の腰に手を回し、引き寄せられる。
 突然目の前の、あの男性の顔が現れた事に驚いたが、男性は全く気にしないかのようにしながら、笑顔で答えた。

「そんなの決まっている」
「き、決まってるって……ちょ、か、顔近いです!」

「――俺が君の事を欲しいからだ」

 腰に手を回され、そして右手首を掴まれ、笑顔で答える目の前の男性に、アリスは全く理解が出来ない。自分が欲しい?何故?
 家族から無視され、学園では『魔力なしの地味令嬢』とバカにされ、この世界では『魔力』が全ての世界なのに、魔術すら全く使えず、剣術だって出来ない。出来ると言えば、魔導書を読んだり、勉強をするだけだ。
 それだけの存在なのに、この人は自分の事を欲しいと言ったのだろうか――理解が全くできないまま目を見開く。
 男性はそんな彼女を無視して話を続ける。

「最初は第三王子に読書仲間が出来たと嬉しそうに言われたので遠目で見ていたら噂の地味令嬢と言われていた少女だったが、何度も見ていくうちに努力家だと理解した」
「ッ……」
「それに、お前は見た目では判断しないだろう?」
「そ、れは……」
「だから、俺はお前が気に入った」

 笑顔でそのように告げた男性は、そのまま彼女から離れると同時、先ほどキスをした手を掴み、地面に跪く。
 未だに自分の状況が理解出来ないアリスに対し、男性は笑いを保ちながら、彼女に視線を向けて名乗る。

「俺の名はアーノルド・クライシス。クライシス侯爵の息子であり、この学園の三年生……アリス、君の一つ年上にある」
「え、あ、あの……」
「願わくば――」

 男性――アーノルドは再度、右手に口付けをし、深紅の瞳がアリスに向く。

「どうか、俺の妻になっていただけないでしょうか?」

――そして、どうか、俺を支える存在になってほしい。

 これは夢なのか、現実なのか、わからない。ただアリスが思ったのは、まだ二回目しか会った事のない人物に、目の前で求婚されたという事になる。
 次の瞬間、周りに居た人たちが叫び、友人二人は真っ赤な顔になりながら歓喜し、彼女をバカにしていた人たちは何故なのかと言う声すら聞こえてくる。
 一方、彼女を無視していた家族たちはその光景を見て声すらかけられず、アリスの兄である男も同年代の男が妹に求婚している姿を見て、複雑な気持ちになってしまい、その場で固まってしまった。
 そして、告白された当本人は、その場から固まった後、周りの状況についていけず、次の瞬間、アーノルドが握りしめていた手を勢いよく振り払った。

「む、むむ……」
「む?」

「む、ムリですごめんなさいあぁぁああい!!!」

 顔面真っ赤に染めたアリスは次の瞬間、勢いよく出口に向かって走り去っていく。振り払われた手に視線を向けてしまったアーノルドに少しだけの隙が出来てしまい――そして彼は再度笑いながら呟いた。

「――さて、『悪魔』と呼ばれている俺から逃げられるかな、アリス」

 アーノルド・クライシス――別名『悪魔』と呼ばれているこの男は、腹の底まで真っ黒であり、狙った獲物は逃がさないと、彼を知っている友人たちがそのように言っていたなど、人間に興味がないアリスが知るわけがなく。
 楽しそうに笑いながらアリスを追いかけに行った彼の姿を目撃したアーノルドの友人の一人はアリスに対し。

「……ご愁傷様、『地味令嬢』」

 と呟いていたなんて、誰も知らない。

 これは、『魔力』が全ての世界で生まれた、ほぼ魔力のない『魔力なしの地味令嬢』と言われた少女と、『悪魔』と呼ばれている男性の始まりの物語である。
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