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11、デートの約束です
魔獣は涙と鼻水を拭いたハンカチを握りしめたまま、後ろに隠している。
そんな魔獣に博美が手を出して、言う。
「ハンカチは、そのまま返してくれればいいから」
このやり取りを博美と魔獣は繰り返していた。
「そういうわけにはいきません。この汚れたハンカチは洗って返します」
ほんと、こういうところは頑固なんだね。
「どうして笑っているのですか」
拗ねたように魔獣が博美に尋ねる。
「かわいいから」
魔獣が焦ったように、あたふたする。
「と、とにかく、このハンカチは洗ってきますので、ここでお待ちください」
「じゃ、その椅子に座っていい?」
魔獣が座っていた椅子に博美が視線を向ける。
「ええ、どうぞ。すぐに戻ってきますので」
魔獣が部屋から出て行ったので、博美は魔獣の暖かな体温が残った椅子に座った。そして廊下を覗き見る。ハンカチを洗いに行くため、地下の長い廊下を歩いている。ちょっと猫背の魔獣の後ろ姿を見ながら、博美はくすりと笑った。
うん、めちゃくちゃ、かわいい。
待っている間に、椅子に座りながら、ぐるりと部屋を見回した。
召喚された直後は、こうしてゆっくり見ることが出来なかったが、改めてみると整理整頓された部屋だった。壁際の本棚には分厚い本がぎっしりと並べられ、ホコリひとつなく、机や椅子も丁寧に使い込まれ、ひとつひとつモノを大切に使っているのがわかる。
壁に掛かった風景画の絵は動き、燭台のピンク色の炎も、人の形のような姿でゆらゆら揺れている。
「魔法だよね……。そして、これが魔法陣か」
立ち上がって床に描かれた魔法陣を見ていると、後ろから声がした。
「床がどうかしましたか?」
「ここから出てきたんだなって、不思議に思って」
「そうですか……」
魔獣は部屋に洗濯紐をつるし、濡れたハンカチを干している。その大きな肉厚の手で、パンパンと叩きながら器用にハンカチを伸ばしていた。
「ねぇ、わたしって、元の世界に戻れないよね?」
博美の言葉に、魔獣が振り返る。
「……え?」
「いや、もうなんとなくわかっているんだけど、一応確認しておきたくて。あのとき、宰相が言っていたのを聞いていたし」
召喚直後、王子が宰相に『こんな女、元の世界へ戻せ』と怒っていたが、宰相が『無理です』とはっきり断言していた。
それを忘れたわけではないが、一応、博美は魔獣にも確認のために聞いたのだった。
「はい……、召喚は出来ても元の世界へ戻すことはできません。申し訳ございません」
魔獣が深く頭を下げた。
「ううん、確認したかっただけ……。それに……」
交差点で車に引かれたあと、黄金の光が降りそそぐ光景を博美は思い出していた。
あれがあの世なのかな……。
でも不思議だ。
身体に傷もないみたいだし……、服もそのままだ。
「あ、あの……、どうされましたか?」
手や足を見ている博美に魔獣が声をかけてきた。
「こうして身体のどこも異常はないみたいだし、元の姿で不思議だなって……。あ、そうそう。まだ聞きたいことがあって、いいかな」
「はい、どうぞ」
「呪いって何?」
博美の質問に、一瞬、魔獣は驚いたような表情をしたが、
「……呪い、ですか」
と聞き返す。
「そう。なんだか、ハロルド王子や宰相が呪いって言葉に、すっごく怖がっている感じがして」
「呪いは……、魔法でも解けませんから」
悲し気な表情で魔獣が言った。
「そうなんだ。魔法でも解けないから、あの二人は、あれほど怖がっているってことなんだね。なるほど……。それとね、聖女って何をする人? あのマユって子が聖女に決まったことを、今更ひっくり返す気はないけど、いったい何をする人なのか知りたくて」
「聖女様は瘴気を払える力を持つ方です」
「瘴気?」
「はい、淀んだ空気のことを瘴気と呼びます。瘴気のある場所では、魔物の力を増幅させ、人を病にします。ですから汚れた土地の浄化や魔物退治に出かける際に聖女様も同行し、そのお力を発揮していただくのです」
「それが聖女様の仕事ってわけね。それじゃ、やっぱり聖女には呪いの力は、ないってことなのよね」
「どうして、それまで呪いに、こだわるのでしょうか」
「実はね、召喚されたとき、わたしが死んでも付きまとうって、ここで王子と宰相を脅したでしょ。勝手に向こうが
『呪い』と勘違いしてくれたおかげで、こうしてわたしは屋敷にいられるんだけど……。よくよく考えれば、人々のために奉仕する聖女様が人を呪う力を持っているわけがないよね。――いや、わたしが聖女の力を持っているなんてあり得ないけど、突然召喚されてきた人間だから、得体が知れなくて不気味だろうからハッタリを言っただけなんだけど……。そうよね、呪いの力なんてあり得ないか……」
「そうとも言い切れません」
「え? どういうこと?」
「聖女様でも、その上の力を持たれる大聖女と呼ばれる人ならば、癒しの力があります」
「癒しの力と、呪いがどう関係するの?」
「強い力は表裏一体なのです。相手を助けたいと思う力は、癒しの力になりますし、相手を苦しめたいと思う力は、呪いの力となります」
「っということは、大聖女様は癒しの力と呪いの力が仕えるってことか……。まあ、私にはそんな力はないだろうけど……。ねぇ、今の話は内緒にしていてね」
人差し指を立てて、口止めするように博美は言ったが、魔獣はキョトンとしている。
なので博美は言葉をつづけた。
「だって、わたしに呪いの力がないってバレたら、ここからすぐに追い出されるでしょ。お金も貰えずに」
「ああ、そういうことですか……。はい」
「これまでの歴代の聖女の事とか、大聖女の事とか、こういう本に載っているの? よかったら、今度、読ませてほしいんだけど。文字の勉強にもなるし」
博美は、後ろの壁際の本棚にぎっしりと詰まっている本に視線を移す。この世界に生きていくなら文字も読めないといけない。自分に呪いの力がないことが彼らにバレたら、ここからすぐに追い出されるだろう。その前に、生きていくための情報や術を身につけなくては……。
「大聖女様のことは、本には載っていませんから……」
辛そうに言う魔獣の表情を見て博美は気づいた。
そうか……、そうだよね、自分の大切にしている本を読まれるのは嫌かもしれない。
「うん、わかった。じゃ、明日、ちょっと付き合ってくれない」
「付き合う?」
「そう。街の様子を見てみたいの。これからは、この世界で生活しないといけないわけでしょ。貨幣のことや買い物の仕方など、常識的なことは知っておきたいから。お金を貰ったら、この屋敷も出て行くし」
「ああ、そうですね、はい……」
魔獣は肩を落として言った。
「なに? 迷惑? 面倒事を頼まれるのが嫌って感じ?」
博美の言葉に、魔獣は驚いたように顔を上げて、ぶんぶんと手を振った。
「い、いえ……。ロドリック様の許可をいただけないと、僕は地下から出られませんので、他に適任の方がいらっしゃるかと……。それに、僕といっしょに歩けば……」
「歩けば?」
「迷惑になるかと」
「なぜ?」
「このような姿ですから、人々が避けるのです」
「そうなんだ。でもさ、それならちょうどいい」
「ちょうどいい?」
「だって人が避けてくれるなら、歩きやすいじゃない」
「……」
「うそうそ、ごめん、ひどいジョークだったね。この屋敷の地下から出られるようにわたしが話をつけるからいいでしょ。ロドリック宰相に頼んでみる。外出のOKが出たら、付き合ってよ」
「はい……、許可が出ましたら」
「じゃ、決まり。約束、指切りね」
博美は小指を出したが、魔獣は戸惑っている。
「どうすれば?」
「わたしと同じように、右の小指を出して」
大きな獣のような手が出てきて、博美は笑みが浮かぶ。
うん、かわいい……、と思いながら、魔獣の小指に、博美は自分の小指を絡める。
ちょっと驚いて引っ込めようとする魔獣の手を逃がさないように左手でひっぱり、博美は、
「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます、指切った!」
と自分の小指を離した。
「約束を破ると、針を飲むんですか」
目を白黒させて、魔獣が聞いてきた。
「そうそう。だから、絶対に約束を破っちゃダメなの。明日のデートは」
「デ、デートなのですか?」
まん丸に目を見開く魔獣に、博美はクスクス笑う。
「うん、そうよ、デートなの」
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