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29、罪の重さです
朝食が食べ終わるころ、博美の部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
入って来たエミリーが扉を閉め、すぐさま博美に深々と頭をさげた。
「エミリー、どうしたの?」
「昨日の騒動で、しばらく魔獣さんは屋敷から外に出られないようです。ですが、それ以外には魔獣さんにこれといった罰はないとのことでした」
「よかった。魔獣さんは巻き込まれただけと説明してくれたエミリーのおかげだね」
「それもありますが、ロドリック様と例の件で取引を致しました」
「例の件?」
「博美様の朝食に毒が混入されていたことです。体裁を気にするロドリック様ですから、まさか異世界からやって来た、しかも聖女召喚に巻き込まれた一般人がこの屋敷で命を狙われたなどと噂が広まったら、ハロルド王子の立場、ひいては宰相ご自身の立場も危うくなるでしょうから」
「やり手だね、エミリーは」
「博美様から交渉術を学ばせていただきました」
「エミリーに交渉術なんて教えたかな?」
「博美様はハロルド王子におっしゃったではありませんか。呪われたくなければ、お金を払えと。その話を拝聴し、感銘をうけましたので」
「アハハハ。そう言えばそうだったね。あれは交渉って言うかハッタリだけど。わたしのことはあまり参考にしない方がいいよ。エミリーにとって、よくない影響だから。それこそ悪影響を及ぼす腐ったミカンだよ」
「そんなことはございません。博美様をお手本にして、現に交渉は上手くいきました」
「ほどほどにね。わたしみたいに向こうの世界でも命を狙われるよ。こっちでも毒を盛られたんだから」
そんなときエミリーが鋭い視線をドアに向け、こちらに人差し指を立て、静かにするように合図を出してきた。
「……?」
エミリーは、そのままでと博美に手で合図をして、そろりそろりと部屋の閉まった扉の前に移動する。そして扉の前でゆっくりノブを回し、勢いよく引っ張った。
「おおっと」
開いた扉から、転びそうになりながら部屋に入って来たのは宰相だった。
「ロドリック様、いかがなされました? 盗み聞きですか?」
エミリーがドアノブを持ったまま、咎めるような口調で宰相に言った。
どこかおどおどした様子で宰相は博美に視線を向ける。
「いえ、盗み聞きなど……、とんでもございません。わたくしはお客様に大事なお話が」
「おはようございます、宰相さん」
ニコリと博美が挨拶をすると、宰相は深々と頭を下げた。
「おはようございます。昨日は大変失礼しました」
「あれ? 昨日、なにかありましたっけ? 食事中に?」
顎に手を置き考え込む博美の様子に、エミリーは忍び笑いをしている。
対して、宰相はバッと吹き出た汗をハンカチで拭って、
「い、いえ……、あの、その……」
と、口ごもった。
慌てふためく宰相の様子を見て、思わず吹き出しそうになった。
だが、博美は努めて真面目な顔をする。
「聖女様がご無事でなによりでした」
博美からなじられると思っていたのか、その言葉に宰相はホッとした様子になった。
「ええ、それはもう、安心しました。まさかサイモンがあのような常軌を逸した行動をするなど考えもしておりませんでした。とりあえずあの二人は衛兵の詰所にある牢屋に入れています。明日はグリアティ家と交渉を」
緊張感が解けたのかペラペラと一方的に話し出していたが、自分で話が逸れていると気付いたようで用件を切り出してきた。
「ところで、わたくしがこちらに伺った用件ですが」
「ええ」
博美の表情をうかがいながら宰相は話を続ける。
「すでにエミリーからお聞きになっていると思いますが、昨日の騒動で魔獣は地下の部屋に数日間の謹慎と決まりました。それだけの処罰ですから、ご安心ください。わたくしからも王子に事情を説明いたしております。サイモンが無理に魔獣を従え、王子の部屋に来たことを……。ですから、あの……、昨日の朝食のことはどうぞご内密に」
なるほど、っと博美は思った。宰相は毒入りパンのことを口止めに来たのだ。一応エミリーには伝えたものの、不安になって自ら念を押しに来たのだろう。
「わかりました」
今度こそ宰相は心からホッとした様子だった。
そんな宰相にエミリーが尋ねた。
「サイモンとカルロスの兄弟はどうなるのでしょう」
「サイモンは……、まあ、通常でしたら王子に刃を向けた時点で、反逆罪で処刑もありますが、明日グリアティ家と交渉いたします。ですから、博美様のおっしゃっていた慰謝料もご用意させていただく所存です」
どうやら宰相はその要件も伝えに来たらしい。グリアティ家と交渉中ということは、あの騒動のけじめとして、それに加えて二人の兄弟の身柄引き取りに関してもお金で解決するつもりだろう。
そのお金の一部で博美の慰謝料も払うということだ。
そして宰相の博美に対する印象が少しはよくなったことを気づいていた。呼び方が、お客様から博美様に変わっていたからだ。
「ありがとうございます」
「では、わたくしはこれで失礼いたします」
深々と頭をさげて、宰相は部屋を出て行った。
宰相が出て行き、エミリーがキョロキョロと廊下に誰もいないことを確認し、そっと扉を閉めた。
「よかったですね。慰謝料の件」
「うん、そうだね」
これで良かったと博美は本当に思っていた。
毒入りパンのことを博美が口にしたとき、宰相はタジタジになっていた。以前の博美ならば、もっと相手を責めていたかもしれない。
だが、この世界に来て、博美にわかったことがあった。
追い詰められた人間ほど何をするかわからない……。
サイモンがその例だった。雇い主であるハロルド王子の部屋に乗り込み聖女を人質にまで取った。そんなことをすれば兄弟そろって切り捨てられてもおかしくない。たとえ命が無事であっても、その後は父親の顔に泥を塗るわけで、兄弟の立場がもっと悪くなるはずだ。
後先の事を考えず、ただ、感情のまま行動に出たことがわかる。
人は追い詰められたら、何をするのかわからない。
博美は、交差点で車に轢かれたことを思い出していた。
自分の背中を押したあの男もそうだ。
交差点では周りに人もいた。監視カメラもあっただろう。それに博美を轢いた車はトラックだった。ドライブレコーダーがあり、警察が見れば誰かから背中を押されて交差点に博美が飛び出たこともわかるだろう。それに化粧品会社のM&A契約の前日に、あの男が行動を起こしたのだ。そこから博美に対して恨みを抱く人物の身元がわかるかもしれない。もし仮に、彼が逃げおおせたとしても、父親の顔に泥を塗り、平穏無事に生活が送れるとは思えない。
そして何かの拍子に自分の犯した罪を思い出すに違いない。交差点を通るとき、信号待ちをしているとき……。
博美がそんなことを考えていると、エミリーに話しかけられた。
「ところで博美様。昨日の立てこもり事件で、私、不思議な光景をみることができました」
「不思議な光景?」
「はい。カルロスの身体から突然、黄金の光が放たれ、まるで呪いなど初めからなかったようにピンピンとカルロスが元気になったのです」
「そうなんだ。でも、その場にマユさんもいたのでしょ。聖女の力でマユさんが呪いを解いたんじゃないの?」
「聖女様は廊下にいました。それなのに、部屋の中にいるカルロスの体が光り輝き、呪いが解けたんですから」
「不思議なこともあるのね。まぁ、でもよかったじゃない。けが人も出ずに、誰も処罰もされないみたいだし」
「そうですね。博美様は、あのとき屋敷の外に退避されていましたよね」
エミリーが疑いの目で博美をみる。
「え?」
「あの呪いを解く光は、もしかして博美様が……」
「いや、ちょっとまって……、わたしはあの場にいなかったでしょ。魔獣さんの地下の部屋にいたんだから」
「魔獣さんの部屋にですかっ!? わたくし、外に退避するように博美様に申しましたよね」
射るような目でエミリーが言う。
「いや、そうだけど……、なんだか不安というか、心配というか、そんなわけで、気づいたら魔獣さんの部屋に」
エミリーの言ったことを素直に聞かず、勝手な行動をした博美はバツが悪くなり、話題を逸らすことにした。
「そうそう。地下の部屋でも不思議なことが起きたの」
「不思議な事ですか? どのような?」
興味深そうにエミリーが聞いてきたので、心のなかで、やったー、話を逸らせたと思いながら、博美は昨日の出来事を話し始めた。
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