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36、大事な友人です(後編)

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「ではお望み通り、フェンリルとドワーフ、一緒に消し去ろう!」

 男性が剣を構えた。

 ちがう。
 あのフェンリルは、わざと呪いを掛けようとしたわけじゃない。

「お願い、待ってください。フェンリルは、ドワーフさんの大事な鞄を取られて、怒り任せに噛んでしまっただけで」

「うんうん、わかっている。でもね、もう遅いの。だからこうするしか」

 ダメ。こんなところで殺されるなんて……。ドワーフさんまで。

 フェンリルが博美を見ている。何かを訴えかけているような目だ。

 何か伝えたいの? 

 その博美の心の声に応えるようにフェンリルは赤い鎖にがんじがらめになりながらも、ブルブルと体を震わせた。
 なにか、身体を纏うものを振り払うかのように……。

 すると、フェンリルの大きな身体から黒くヘビのようなモノが蠢いているのが見えた。

 もしかして、あの黒いヘビのようなものが暴走の原因……?
 あれが消えれば……。

「お願い、元の姿に戻って、フェンリル。あなただって、ドワーフさんを助けたいでしょ」

 博美の言葉に反応するようにフェンリルが甲高い遠吠えをした。

「キュウウウウンン」

 あの靴のときのようにすればいい。 
 さあ、わたしの中に入ってきなさい。

 その伸びた黒いヘビのような物が、フェンリルから伸びて、触手のように博美の中に入ってこようとする。

 そう、それでいい――。

 次の瞬間。

 パンッ――。

 乾いた音と共に、黒い獣の身体から黄金の光が稲光のように真っすぐに天へ伸びる。

「な、なんだ!?」
「雷か?」

 兵士たちが空を見上げるが、雲一つない、茜色の空だ。

「地上から光が伸びたような気がしたが」

 兵士たちが地上に目をやると、大きな黒い獣もドワーフもいなくなっていた。

 赤い服の男性がパチンっと指を鳴らすと、兵士たちがハッとした表情になった。

「あれ? 俺達なにをしていたんだっけ?」
「ここはどこだ」

 まるで今まで夢を見ていて、今、目を覚ましたように、辺りを見回していた。

「俺たちはどうしたんだ」
「たしか、黒い獣が街に現れ、俺たちは……」

 お互いに顔を見合わせていると、赤いスーツ姿の男性が兵士たちに言った。

「あの魔物でしたら逃げましたよ。すでに遠く離れたところへ逃げたので、深追いする必要もないでしょう」

 それを聞いた兵士たちがどこか焦点の合わない目で催眠術にかかったようにつぶやくように繰り返す。

「深追いする必要はない……」

「そうですよ、兵士の皆さん、この騒動はもうおわりです。持ち場へ戻りましょう」

「持ち場へ戻りましょう……」

 そうして何事もなかったように、あちらこちらへ兵士たちは散らばった。

 そして笑顔で拍手をしながら、赤い服の男性が博美の傍に来た。手にはあの禍々しい剣が消えていて、普通の男性に思えた。

「やはり、お嬢さんの力は素晴らしいね」

「わたしの力ですか?」

「彼らには見えなかったようだがお嬢さんが奇跡を起こしたのをはっきりとこの目で見させていただいた。魔物になったフェンリルを聖獣へ導くなんて、ほんとうに奇跡だ。ゆっくり話をしたいところだが、僕にも大事な友人がいるからね。そうそう、僕の名前はエミルマイト。名残惜しいけど、また、会う日まで」

 そう言って彼はウィンクをして、立ち去った。

 赤いスーツの背中を見ながら、彼から言われた言葉の意味を博美は考えていた。

 魔物になったフェンリルを聖獣へ? 奇跡?
 わたしが?

「博美様――っ」

 エミリーが駆け寄って来た。

「ああ、エミリー。無事でよかった」

「博美様もご無事なようで、何よりです」

 エミリーがきょろきょろ辺りを見回す。

「あのフェンリルはどうなりました?」

「うん、実はね――」

 博美は赤いスーツ姿の男性のことや、フェンリルとドワーフが消えたことをエミリーに話した。

「そうですか、フェンリルは逃げましたか。そして、赤い服の男性……。そういえば、噂で聞いたことがあります。影の魔導士がいるらしいと。とても美男子で、国で一番の魔導士との噂らしいです」

「そうなんだ……」

 影の魔導士という割には赤いスーツでおもいっきり目立っていたけれど……。

 だが、彼の手から出た赤い鎖も、手に持っていた禍々しい赤黒い剣も魔法だと言われたら納得が出来た。

「噂通りに美男子でしたか?」
「え?」

 エミリーが、にやにやと聞いてきた。

「ああ、エミルマイトさんね。うん、カッコ良かったよ。スラリとした長身で、赤い髪に燃えるような赤い瞳も美しかった。そういえば、どこかエミリーとも似ているような感じがしたかな」

「まさか、私がそんな美男子の魔導士……? そばかすだらけの私がですか?」

「ふふふ、そのそばかすも素敵よ。エミリーらしくて」

「それ、どういう意味ですか、博美様」

 エミリーが笑みを浮かべて睨んできた。

「ハハッハ」

 二人で笑っていると、エミリーが博美の後ろに視線を向けた。

「おねえちゃん」

 振り返ると、レベッカとレベッカの母親がいつの間にかいた。

「先ほどは、ありがとうございました」

 レベッカの母親が頭を下げる。

「いえ、ご無事でよかったです」

「ありがとう、お姉さん!」

 レベッカが博美の顔を見上げてきたので、博美も微笑みを返す。

「レベッカちゃん、怖かったのによく頑張ったね」

「うん。でもね、レベッカ、本当は全然怖くなかったよ」

 レベッカが博美に向かって得意げな顔をする。

「まあ、この子ったら……。あの、よろしければお礼をさせていただきたいので、我が家にいらっしゃいませんか?」

「お父さんの料理は、街一番なんだよ」

「ほんとにこの子ったら……。ですが、夫婦で料理屋をやっていまして、さきほど飾り花を採りに行っていた夫も街へ戻ってきました。よろしければ、お礼に何か召し上がっていただければ」

 レベッカの父親らしき人も、向うでペコリと頭を下げていた。

「ここまで言って下さるのですから、博美様……」

「そうだね。ではお言葉に甘えさせていただいて」

「行こう、行こう。お姉ちゃんたちっ!」

 レベッカが片方の手を博美、もう片方の手はエミリーとつなぐ。

 二人と手をつないだレベッカが向かう先は、夕陽に染まる街の通りだった。
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