王宮侍女は穴に落ちる

斑猫

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グレン、黒竜と邂逅す

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──寒い。それに静かだ。
もう、痛みは感じない。
暗い。指一本動かす力も残っていない。
ああ、そうか。
俺は帰れなかった。
必ず帰ると約束したのに。
きっと泣くな……。
すまなさと切なさが胸を締め付ける。

ふと、甘い匂いがする。
ふんわりと何か温かいものに
抱き上げられる。
温かくて気持ちいい。

口移しで何かを飲まされた。
すうっと体の中に吸収される。
コポコポと何かが湧いてくる。
温かい。いや、熱い何かがどんどん
湧き上がり体を満たしていく。
泣きたくなるほど愛しい何かで満たされる。

優しく頭を撫でられる。
頭を撫でられるなんていつぶりだ?
ふいに、こめかみ辺りを舐められる。
柔らかく湿った舌の感触。
気持ちいい。
甘い匂い。アニエスの匂いだ。
浮上する意識。
ペロペロと舐められる感触。

目を開けた。


キャラメル色の髪が目に入る。
ペロペロと俺の顔を舐めるアニエス。
なんのご褒美だ?

「アニエス?」

かすれた声が出た。



「よう。気がついたか?
久しぶりぶりだな小僧。でかくなったなぁ。
もう、一人前の雄だ」

アニエスではない。男の声。
思わず飛び起きる。

眩暈がする。気持ちが悪い。
なんとか視線を合わせると
金の瞳と目が合う。
長い黒髪の禍々しいほど美しい若い男が
床に敷いた敷物の上でクッションにもたれ
かかり、のんびり座ってお茶を飲んでいる。

久しぶり?でかくなったな?
知り合いか?こんな奴、記憶にないぞ。


夢?アニエスの夢を見ていた。
──ここはどこで、こいつは誰だ?
そもそも、俺はなんで生きている?
床に直接置かれた寝具の上に
俺は寝かされていたようだ。

あれからどうなった?
赤竜のブレスを受けた。
防御はしたが、遅れた。完全ではなかった。
全身の骨が折れ、砕けたはず。
衣服はぼろぼろだが……。
手足を動かしてみるが痛みはない。
──治癒魔法?
この男に助けられたのか?

この男、味方か?敵か?

「そんなに警戒するなよ。別にとって喰いや
しないよ。何せチビすけのつがいだ」

「チビすけの番?」

「アニエスの事だよ。お前ら番だろう?」

……なんとなく誰だか分かった気がする。

「番ってなんだ?黒竜」

男はニンマリと笑う。

「へえ。よく分かったな。チビすけから
俺の事を聞いたのか。ま、番の間に秘密は
ないか。番は番。
お前ら婚姻鱗を交換しただろう?」

「婚姻鱗?」

「胸にある鱗だよ。桃色の花びらみたいな。
互いの鱗を交換して食ったろう」

ああ、あれか。
食ったな確かに。いや、食われたし
食わされたが正解だが。
四阿でのエロい怪奇現象を思い出す。

「竜の婚姻はそれで成立だ。そのまま蜜月に
突入。大体三月は巣籠もりしてやりまくる」

……二人きりで巣籠もり。やりまくりの
蜜月三月。なんだその夢のような生活は。

「いや、いや、まだやってないし!
正式には夫婦じゃない。婚約はしたが籍は
まだ入れていないし、婚姻式もまだだ!」

……いや、何を話しているんだ俺は。

「は?まだやってない?
体の交わりがないのか?婚姻鱗を交換した
のにか。あれは催淫効果が高いのに……。
お前、大丈夫かぁ?ひょっとして不能……」

「……いや、一応違うが」

いや、なんの話しをしているんだ。
しかし、催淫効果か。
それで俺は多幸感を感じたし、アニエスは
達したイッタ訳だ。
成る程。

「そうか。婚約だの籍を入れるだのの話が
出てくるあたりが人なんだなぁ。
竜化するほどなのに……。厄介だな。
チビすけ、他の雄に狙われるかもしれん」

「は?なんで」

「困った子供達だな。いいか?
発情中の匂いをプンプンさせていたら
他の雄が興味を持って寄って来るだろ」

「発情中?」

「竜は婚姻するとすぐに蜜月に入ると
言ったろう。雌は蜜月に入るために雄を
誘う匂いを出すんだ。
それに他の雄も誘われてやってくる。
だからこそ巣籠もりして他の雄に邪魔され
ないようにするんだ」

 「いや、ちょっと待て。アニエスは発情
しているようには見えないぞ」

あの子リスはちょっと触れただけで、
真っ赤な顔で人の事をエロ魔王扱いする。
いや、絶対に発情してないだろう。
発情しているなら俺も手を出すぞ。


「やれやれ、お前ら大体、どうやって番に
なったんだ。まあ、本来ならお前は人が
濃い。普通なら婚姻鱗は生えてこない
だろうしな 」

……人が濃い?散々化け物扱いされてきたが
竜からすると俺は人か。
なんだか複雑だ。
俺は森で瀕死で倒れていたアニエスの匂い
を嗅いだ後から鱗が生えた事を話す。


「名残臭だ。雌からの救難信号だよ。
瀕死の雌の出す強烈な匂いに反応したんだ
あいつを守るためにお前は竜化して婚姻鱗
が生えたんだな」

……なんで俺は、こんな所で黒竜相手に
お悩み相談をしているのだろう。
黒竜はご丁寧に俺にもお茶を淹れてくれる。
戦況を考えればすぐに戻らなくては
ならないのだが、知りたい事が山のよう
にあって、ついつい聞いてしまう。

「俺には、竜の血が流れているのか?」

「ああ、白竜が祖先だな」

……あっさり、肯定されたな。
アルトリア王家の祖先は白竜か。
あとは……。
最大の疑問だ。

「アニエスは、あんたの血で穢れた騎士の
血を飲んだけでブレスを吐くような魔物に
なったのか?」

「いや、それはきっかけに過ぎない。
あいつには……いや、ちょっと待て。他に
客が来たぞ」

「客?そういえば、ここはどこだ?」

「うん。まあ、話はもう一人の客が来て
からゆっくりしよう」


黒竜が面白そうに笑う。
何が面白いんだ。
そう、思った瞬間、上から人が落ちてきた。
パッと甘い匂いがする。
まさか……。

慌てて落ちてきた人間を抱き止める。
キャラメル色の髪が目に入る。
第二騎士団の制服を着たアニエス。
気を失っている。

「こいつもでかくなったなぁ」

しみじみと黒竜がアニエスを見ながら呟く。

その瞳には慈愛の色があった。




































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