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アルフォンス、帝国にて
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潜伏中の館の窓の外。鉛色の空。
一雨来そうだ。
二十年近くの年月を経て帝国に戻って来た。
父母を殺され、奴隷に落とされた恨みは
一度たりとも忘れた事はない。
「アルフォンス様。何か大変な事になって
いますが……どうなんですかね?」
ザルツコード家のマリオンだ。
大変と言いながら笑みが見える。
大変ね。確かに……でも、笑ってしまうのは
アニエス絡みだからだろうな。
アニエスが帝国に拉致された。
救出のための隙を作るために計画を
前倒しにして、帝国に来たものの、
当の本人は自力で脱出。
しかも色々混乱させて行った。
まず、アニエスの豆花がそこかしこで
大量発生。ミニサイズのやつだ。
あんなに小さいのに帝国で捕獲していた
魔物を大分食い散らかした。
アルトリアへの攻撃を魔物を使って行って
いた帝国軍。一時、攻撃を中止せざるを
得なくなった。
あの豆花の駆除のために火炎魔法の使い手
が大勢駆り出されている。
駆除しても駆除しても湧いて出る豆花に
頭を悩ませているようだ。
おまけに何か大切な物を盗んで逃げた
ようで帝国軍は大混乱に陥っている。
アニエス……本当に面白いよ。
帝国のこの慌てぶり。一体何を盗んだんだ?
お陰でこちらも動き易い。
思わぬ援護射撃に笑ってしまうのは
仕方がないだろう。
「ベント侯爵がお会いしたいそうです。
生前のルノー大公と親交があった方ですね」
「ああ、俺にも記憶があるな。だが、信用
できるかどうかは会ってみないとな。
駄目なようなら洗脳だ。とりあえず会うよ」
帝国に潜伏。
今の皇帝に不満のある者。
旧大公家に縁のある者。
それらを取り込み反乱を起こす。
今の皇帝のオズワルドは父親である先皇帝と
弟である皇太子を殺して皇位を簒奪した。
先皇帝は元は末子だ。兄である先々皇帝と
大公を殺して皇位を簒奪した。
殺された大公こそ俺の父だ。
そう、オズワルドと俺は従兄弟、血縁だ。
あのクズと血の繋がりがあるとは
何の呪いだと思う。
あいつが姫様を襲ったと知った時、
怒りは己に流れる血にも向けられた。
あの時、ガルディアン帝国を滅ぼす事を
己に誓った。
歴史は繰り返す。
簒奪した者は簒奪される。
奪われた側の俺が今度は逆に奪う側に
なってやる。
アルトリアのためではあるが、ほぼ私怨だ。
親殺しの皇帝オズワルド。
先皇帝にも増して評判は悪い。
奴に不満のある者は多い。
アルトリアの辺境に派兵された者の中には
大公家に縁のある者が多くいた。
使い捨ての駒として魔物共々送り込まれた
ようで帝国に対しての不信は大きかった。
モールの知己の者達だ。
俺の素性を明かすと一も二もなく俺と行動を
共にすると言う。
帝国の魔法師団は辺境での戦闘の際に
すでに洗脳済み。
軍の中枢にいる大物を狙い拉致しては
洗脳して、こちらの手先とする作業を繰り
返している。
俺は人の記憶の改ざん、消去、洗脳を得意
とする。
元々はアイリスの事件を揉み消したくて
編み出した魔法だ。
あの時、事件の関係者を中心に大勢、色々
脳ミソを弄くった。
まさかあれが役に立つとはね。
お陰で大変役に立つ魔法を習得した。
洗脳する前に脳から直接記憶を読み取る。
情報収集も兼ねており、色々分かってきた。
もうじき反乱の準備が調う。
辺境での戦闘を長引かせ戦力をなるべく
辺境へ集中させる。
その間に俺が帝国で反乱を起こす。
それに呼応してロイシュタールのキルバン
が背後から。マチルダ王妃の母国である
海洋国家のカナンが海から攻めこむ手はず
になっている。
帝国包囲網だ。
不安要素は帝国が魔物を戦力として
自国の兵を温存している事。
あとは最大の脅威は赤竜だ。
竜殺しの剣で帝国に使役される赤竜。
その赤竜の血の契約者であるオズワルド。
オズワルドは隷属させた赤竜からいくら
でも魔力を奪い取り己の力とする事が
できる。奴は厄介だ。
青竜の血の契約であるロイシュタールでも
オズワルドを仕留められるか未知数だ。
だが奴らを倒さない事には平和を望む事は
出来ない。
俺はせめて人の力と奴の権力を削ぐ。
それが俺のつとめだ。
ベント侯爵に呼び出された寂れた村の
小さな神殿。竜が祀られている。
かってルノー大公家の領地だった場所。
かつての豊かな農地は見る影もない。
約束の時間は過ぎた。
俺はマリオンと二人で所在なく立っていた。
すると馬車の音が聞こえる。
ようやくお出ましか。
「アルフォンス様!おお、間違いない。
ルノー家のアルフォンス様だ。お父上に何て
よく似ておいでだろう」
数十分遅れて現れた初老の男が両手を広げ
俺達に近づいて来る。
記憶に残るベント侯爵だった。
「ベント侯爵、息災で何よりだ」
「挙兵されるとの事、もちろんこのベントも
お味方させていただきますとも」
「……それはありがたいが、その前にここを
包囲する兵達を退けてくれるともっと
ありがたいのだが?」
「……気づいていたのか。だがもう遅い。
今さら大公家の亡霊にうろつかれては
迷惑だ。消えてもらおうか」
隠れていた兵が剣を片手に一斉に距離を
詰めてくる。
やれやれ。ベント侯爵はハズレか。
さて、殺すか。脳ミソを弄くるか。
どちらにしよう?
「罠でしたね。どうします?殺しますか?」
「いや俺を殺したと偽の記憶を植え付けて
生かして帰す。
下手に殺すと追手がかかる。面倒だろう。
挙兵するまで静かにしていたいからな」
「じゃあ生け捕りで」
「頼むよマリオン。他の奴らはある程度は
殺していい。無傷だとかえって怪しいから」
「了解」
マリオンが動く。
一瞬で敵兵の首が三つ飛んだ。
俺も光の矢を放つ。
多くの敵兵が倒れる中、
一人の兵が俺の光の矢を剣一振りで
弾き返した。屈強な体格の隻眼の男。
「へえ。手強いのがいるな」
「感心しないで下さい!」
マリオンが隻眼の男の剣を受け止める。
ガギン!と重い音をたてる。
体格差からマリオンが力負けしている。
俺は隻眼の男に光の槍を複数放つ。
だが防御魔法で、弾かれる。
あれを弾くか?
僅かな隙をついてマリオンが隻眼の男から
距離をとり、火炎弾を男目掛けて連発する。
あ?……火炎弾の攻撃が全く効いていない。
これは……珍しいな。
「へえ、ヤバいな。火炎耐性だ。
マリオン、こいつに火炎魔法は効かない。
特殊スキル持ちだ。
やるなら他の属性攻撃にしろ!」
「何ですかそのレアな能力。面倒臭いな」
マリオンはぼやきながら風の槍を連発し
その合間に剣を振るう。
激しい剣戟になる。ああ、もう長いよ。
確かに面倒だな。
よし、潰そう。
「マリオン避けろよ~」
「は?」
俺は隻眼の男の足を泥で固め足止めすると
村の神殿を転移させて
二人の頭上に落とした。落とされた衝撃で
木っ端微塵になる神殿。
地響きと土埃が辺りに広がる。
土煙の中、土埃で真っ黒になった
マリオンがゆっくり歩いてくる。
「何て罰当たりな。神殿を落とすなんて!
神は祟りますからね。
大体俺も殺す気ですか!危ないでしょうが」
「でも、ほら片付いた」
「でも、ほらじゃないですよ」
マリオンと言い合いをしているとバリバリと
近くで雷撃が落ちた。
見るとベント侯爵が倒れている。
一人、逃げようとしたところを雷撃に
やられたようだ。
……この雷撃はまさか?
「ほら、油断しているから逃げられる
ところだったわよ?」
涼やかな声。
プラチナブロンドの美しい髪を結い上げた
騎士服のアイリスが立っていた。
何で帝国にいる?
彼女は今はキルバンにいるはず。
日数的にここいる事が信じられない。
呆然としているとマックスとカーマインが
どんどん敵を倒している。
「ちょっと待った!皆殺しにするなよ!
利用するから全部殺すな!!」
ヤバい。こいつら一声かけないとあっと
いう間に皆殺しにしそうだ。
「生け捕りだな?」
──マックスよし!
「はあ?面倒臭せぇ。やっちまおうぜ!」
──カーマインだめ!面倒臭いのはお前だ。
「アイリス、何で来た!帰れ!」
つい言葉がきつくなってしまう。
せっかく安全なキルバンに送ったのに。
よりによって帝国にいるなんて。
「出張乗馬教師よ。あなたの騎乗がひどいと
アニエスが嘆いていたわよ?」
「今は馬なんてどうでもいい!とにかく
アルトリアに戻れ!
何でキルバンにいないんだ!
姫様はどうした?お前が側を離れるなんて」
アイリスは姫様の側を離れない。
だから安心していたのに。
「侍女はクビになりました!お役御免です。
今度はアルの側にいるわ。絶対に離れない。
私がしつこいの知っているでしょう?」
明るく言い切るアイリス。
侍女をクビってなんで?
俺の側にいるって?
なんで、今なんだ。
今は駄目だ。
俺はいつ殺されるか分からない。
こんな危険な場所にアイリスを置けない。
「ずっとあなたからの求婚を断ってきた私が
今さらだと思う?もう私の事は嫌い?」
嫌いになんてなる訳がない。
でも、今はまずい。
「ああ。今さらだ。とにかく帰れよ」
「そうか嫌われたか」
帰って欲しくて突き放す。
何の拷問だ。
アイリスが俯く。……傷つけたか?
だよな。くそ、なんでこんな事に。
「……だから?」
「は?」
顔を上げたアイリスに見惚れる。
晴々しい顔。
こんな表情は長い事見ていない。
「アルの気持ちは関係ない。私が側にいると
決めたの。嫌われても側にいる。
私はあなたを愛してる。私は我が儘よ!
ふふん!もう離れないから、覚悟しなさい。
もう一緒にあなたと戦うと決めたの
いいわね?アルフォンス!」
腰に手を当て胸を張り堂々と宣言する
アイリス。
……なんだそりゃ?このお嬢様は……。
ずっと堅い殻に閉じ籠っていたのに。
突然、弾けやがって!
俺を愛してるだって?知ってるよそんな事。
俺は頭を抱えた。
「さっさとくっつけよ!このヘタレ。
こちとらグレン様の側を離れてまで
帝国なんぞに護衛して来てやったんだ。
いつまで下手な恋愛劇をやってんだ。
とっとと、めでたし、めでたしで
幕を下ろせよ!この唐変木!!」
カーマインから野次が飛ぶ。
ヘタレ?ヘタレなのか俺は!
「あ~贅沢だな。両想いだろ?
やってられないな。僕なんか片想いのうえ
異性としてすら認識されていないのにね。
危ないから戻れ?馬鹿じゃないの。
危ないなら守れよな。ヘタレ!」
マックスからも野次られる。
マックスは……うん。確かに気の毒だな。
相手が悪かったよな。
う、マックスのヘタレ発言は堪える。
守れね。……目から鱗だわ。
「もう俺達、後ろを向いてますから
ぱぱっとラブ・シーンでも何でも
やっちゃって下さい。このヘタレ!
時間が惜しいです。
うだうだしてないで次に行きますよ!」
マリオンにまで野次られる。
何でこんなに俺の形勢が悪いんだ?
「ラブ・シーンですってよ?ヘタレさん」
狼狽えている間に俺の襟首を掴んだ
アイリスに引き寄せられる。
凛々しく微笑むアイリスに口付けられた。
十二年ぶりの口付け。
頭が真っ白になる。
参りました。完敗です。
お嬢様、凛々しいよ。
本当に参った。
側にいるって?
なら、もう離さない。
俺はアイリスを抱きしめた。
勇ましい彼女。少し震えている。
耳が真っ赤だ。愛しい。
長い遠回りをして俺の腕の中に戻って来た。
「愛しているよ」
耳元で囁いた。
一雨来そうだ。
二十年近くの年月を経て帝国に戻って来た。
父母を殺され、奴隷に落とされた恨みは
一度たりとも忘れた事はない。
「アルフォンス様。何か大変な事になって
いますが……どうなんですかね?」
ザルツコード家のマリオンだ。
大変と言いながら笑みが見える。
大変ね。確かに……でも、笑ってしまうのは
アニエス絡みだからだろうな。
アニエスが帝国に拉致された。
救出のための隙を作るために計画を
前倒しにして、帝国に来たものの、
当の本人は自力で脱出。
しかも色々混乱させて行った。
まず、アニエスの豆花がそこかしこで
大量発生。ミニサイズのやつだ。
あんなに小さいのに帝国で捕獲していた
魔物を大分食い散らかした。
アルトリアへの攻撃を魔物を使って行って
いた帝国軍。一時、攻撃を中止せざるを
得なくなった。
あの豆花の駆除のために火炎魔法の使い手
が大勢駆り出されている。
駆除しても駆除しても湧いて出る豆花に
頭を悩ませているようだ。
おまけに何か大切な物を盗んで逃げた
ようで帝国軍は大混乱に陥っている。
アニエス……本当に面白いよ。
帝国のこの慌てぶり。一体何を盗んだんだ?
お陰でこちらも動き易い。
思わぬ援護射撃に笑ってしまうのは
仕方がないだろう。
「ベント侯爵がお会いしたいそうです。
生前のルノー大公と親交があった方ですね」
「ああ、俺にも記憶があるな。だが、信用
できるかどうかは会ってみないとな。
駄目なようなら洗脳だ。とりあえず会うよ」
帝国に潜伏。
今の皇帝に不満のある者。
旧大公家に縁のある者。
それらを取り込み反乱を起こす。
今の皇帝のオズワルドは父親である先皇帝と
弟である皇太子を殺して皇位を簒奪した。
先皇帝は元は末子だ。兄である先々皇帝と
大公を殺して皇位を簒奪した。
殺された大公こそ俺の父だ。
そう、オズワルドと俺は従兄弟、血縁だ。
あのクズと血の繋がりがあるとは
何の呪いだと思う。
あいつが姫様を襲ったと知った時、
怒りは己に流れる血にも向けられた。
あの時、ガルディアン帝国を滅ぼす事を
己に誓った。
歴史は繰り返す。
簒奪した者は簒奪される。
奪われた側の俺が今度は逆に奪う側に
なってやる。
アルトリアのためではあるが、ほぼ私怨だ。
親殺しの皇帝オズワルド。
先皇帝にも増して評判は悪い。
奴に不満のある者は多い。
アルトリアの辺境に派兵された者の中には
大公家に縁のある者が多くいた。
使い捨ての駒として魔物共々送り込まれた
ようで帝国に対しての不信は大きかった。
モールの知己の者達だ。
俺の素性を明かすと一も二もなく俺と行動を
共にすると言う。
帝国の魔法師団は辺境での戦闘の際に
すでに洗脳済み。
軍の中枢にいる大物を狙い拉致しては
洗脳して、こちらの手先とする作業を繰り
返している。
俺は人の記憶の改ざん、消去、洗脳を得意
とする。
元々はアイリスの事件を揉み消したくて
編み出した魔法だ。
あの時、事件の関係者を中心に大勢、色々
脳ミソを弄くった。
まさかあれが役に立つとはね。
お陰で大変役に立つ魔法を習得した。
洗脳する前に脳から直接記憶を読み取る。
情報収集も兼ねており、色々分かってきた。
もうじき反乱の準備が調う。
辺境での戦闘を長引かせ戦力をなるべく
辺境へ集中させる。
その間に俺が帝国で反乱を起こす。
それに呼応してロイシュタールのキルバン
が背後から。マチルダ王妃の母国である
海洋国家のカナンが海から攻めこむ手はず
になっている。
帝国包囲網だ。
不安要素は帝国が魔物を戦力として
自国の兵を温存している事。
あとは最大の脅威は赤竜だ。
竜殺しの剣で帝国に使役される赤竜。
その赤竜の血の契約者であるオズワルド。
オズワルドは隷属させた赤竜からいくら
でも魔力を奪い取り己の力とする事が
できる。奴は厄介だ。
青竜の血の契約であるロイシュタールでも
オズワルドを仕留められるか未知数だ。
だが奴らを倒さない事には平和を望む事は
出来ない。
俺はせめて人の力と奴の権力を削ぐ。
それが俺のつとめだ。
ベント侯爵に呼び出された寂れた村の
小さな神殿。竜が祀られている。
かってルノー大公家の領地だった場所。
かつての豊かな農地は見る影もない。
約束の時間は過ぎた。
俺はマリオンと二人で所在なく立っていた。
すると馬車の音が聞こえる。
ようやくお出ましか。
「アルフォンス様!おお、間違いない。
ルノー家のアルフォンス様だ。お父上に何て
よく似ておいでだろう」
数十分遅れて現れた初老の男が両手を広げ
俺達に近づいて来る。
記憶に残るベント侯爵だった。
「ベント侯爵、息災で何よりだ」
「挙兵されるとの事、もちろんこのベントも
お味方させていただきますとも」
「……それはありがたいが、その前にここを
包囲する兵達を退けてくれるともっと
ありがたいのだが?」
「……気づいていたのか。だがもう遅い。
今さら大公家の亡霊にうろつかれては
迷惑だ。消えてもらおうか」
隠れていた兵が剣を片手に一斉に距離を
詰めてくる。
やれやれ。ベント侯爵はハズレか。
さて、殺すか。脳ミソを弄くるか。
どちらにしよう?
「罠でしたね。どうします?殺しますか?」
「いや俺を殺したと偽の記憶を植え付けて
生かして帰す。
下手に殺すと追手がかかる。面倒だろう。
挙兵するまで静かにしていたいからな」
「じゃあ生け捕りで」
「頼むよマリオン。他の奴らはある程度は
殺していい。無傷だとかえって怪しいから」
「了解」
マリオンが動く。
一瞬で敵兵の首が三つ飛んだ。
俺も光の矢を放つ。
多くの敵兵が倒れる中、
一人の兵が俺の光の矢を剣一振りで
弾き返した。屈強な体格の隻眼の男。
「へえ。手強いのがいるな」
「感心しないで下さい!」
マリオンが隻眼の男の剣を受け止める。
ガギン!と重い音をたてる。
体格差からマリオンが力負けしている。
俺は隻眼の男に光の槍を複数放つ。
だが防御魔法で、弾かれる。
あれを弾くか?
僅かな隙をついてマリオンが隻眼の男から
距離をとり、火炎弾を男目掛けて連発する。
あ?……火炎弾の攻撃が全く効いていない。
これは……珍しいな。
「へえ、ヤバいな。火炎耐性だ。
マリオン、こいつに火炎魔法は効かない。
特殊スキル持ちだ。
やるなら他の属性攻撃にしろ!」
「何ですかそのレアな能力。面倒臭いな」
マリオンはぼやきながら風の槍を連発し
その合間に剣を振るう。
激しい剣戟になる。ああ、もう長いよ。
確かに面倒だな。
よし、潰そう。
「マリオン避けろよ~」
「は?」
俺は隻眼の男の足を泥で固め足止めすると
村の神殿を転移させて
二人の頭上に落とした。落とされた衝撃で
木っ端微塵になる神殿。
地響きと土埃が辺りに広がる。
土煙の中、土埃で真っ黒になった
マリオンがゆっくり歩いてくる。
「何て罰当たりな。神殿を落とすなんて!
神は祟りますからね。
大体俺も殺す気ですか!危ないでしょうが」
「でも、ほら片付いた」
「でも、ほらじゃないですよ」
マリオンと言い合いをしているとバリバリと
近くで雷撃が落ちた。
見るとベント侯爵が倒れている。
一人、逃げようとしたところを雷撃に
やられたようだ。
……この雷撃はまさか?
「ほら、油断しているから逃げられる
ところだったわよ?」
涼やかな声。
プラチナブロンドの美しい髪を結い上げた
騎士服のアイリスが立っていた。
何で帝国にいる?
彼女は今はキルバンにいるはず。
日数的にここいる事が信じられない。
呆然としているとマックスとカーマインが
どんどん敵を倒している。
「ちょっと待った!皆殺しにするなよ!
利用するから全部殺すな!!」
ヤバい。こいつら一声かけないとあっと
いう間に皆殺しにしそうだ。
「生け捕りだな?」
──マックスよし!
「はあ?面倒臭せぇ。やっちまおうぜ!」
──カーマインだめ!面倒臭いのはお前だ。
「アイリス、何で来た!帰れ!」
つい言葉がきつくなってしまう。
せっかく安全なキルバンに送ったのに。
よりによって帝国にいるなんて。
「出張乗馬教師よ。あなたの騎乗がひどいと
アニエスが嘆いていたわよ?」
「今は馬なんてどうでもいい!とにかく
アルトリアに戻れ!
何でキルバンにいないんだ!
姫様はどうした?お前が側を離れるなんて」
アイリスは姫様の側を離れない。
だから安心していたのに。
「侍女はクビになりました!お役御免です。
今度はアルの側にいるわ。絶対に離れない。
私がしつこいの知っているでしょう?」
明るく言い切るアイリス。
侍女をクビってなんで?
俺の側にいるって?
なんで、今なんだ。
今は駄目だ。
俺はいつ殺されるか分からない。
こんな危険な場所にアイリスを置けない。
「ずっとあなたからの求婚を断ってきた私が
今さらだと思う?もう私の事は嫌い?」
嫌いになんてなる訳がない。
でも、今はまずい。
「ああ。今さらだ。とにかく帰れよ」
「そうか嫌われたか」
帰って欲しくて突き放す。
何の拷問だ。
アイリスが俯く。……傷つけたか?
だよな。くそ、なんでこんな事に。
「……だから?」
「は?」
顔を上げたアイリスに見惚れる。
晴々しい顔。
こんな表情は長い事見ていない。
「アルの気持ちは関係ない。私が側にいると
決めたの。嫌われても側にいる。
私はあなたを愛してる。私は我が儘よ!
ふふん!もう離れないから、覚悟しなさい。
もう一緒にあなたと戦うと決めたの
いいわね?アルフォンス!」
腰に手を当て胸を張り堂々と宣言する
アイリス。
……なんだそりゃ?このお嬢様は……。
ずっと堅い殻に閉じ籠っていたのに。
突然、弾けやがって!
俺を愛してるだって?知ってるよそんな事。
俺は頭を抱えた。
「さっさとくっつけよ!このヘタレ。
こちとらグレン様の側を離れてまで
帝国なんぞに護衛して来てやったんだ。
いつまで下手な恋愛劇をやってんだ。
とっとと、めでたし、めでたしで
幕を下ろせよ!この唐変木!!」
カーマインから野次が飛ぶ。
ヘタレ?ヘタレなのか俺は!
「あ~贅沢だな。両想いだろ?
やってられないな。僕なんか片想いのうえ
異性としてすら認識されていないのにね。
危ないから戻れ?馬鹿じゃないの。
危ないなら守れよな。ヘタレ!」
マックスからも野次られる。
マックスは……うん。確かに気の毒だな。
相手が悪かったよな。
う、マックスのヘタレ発言は堪える。
守れね。……目から鱗だわ。
「もう俺達、後ろを向いてますから
ぱぱっとラブ・シーンでも何でも
やっちゃって下さい。このヘタレ!
時間が惜しいです。
うだうだしてないで次に行きますよ!」
マリオンにまで野次られる。
何でこんなに俺の形勢が悪いんだ?
「ラブ・シーンですってよ?ヘタレさん」
狼狽えている間に俺の襟首を掴んだ
アイリスに引き寄せられる。
凛々しく微笑むアイリスに口付けられた。
十二年ぶりの口付け。
頭が真っ白になる。
参りました。完敗です。
お嬢様、凛々しいよ。
本当に参った。
側にいるって?
なら、もう離さない。
俺はアイリスを抱きしめた。
勇ましい彼女。少し震えている。
耳が真っ赤だ。愛しい。
長い遠回りをして俺の腕の中に戻って来た。
「愛しているよ」
耳元で囁いた。
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