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知らない愛撫
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しおりを挟む隠れた部分があってもイケメンはイケメンなんだな、と1人納得していると
「お兄さんは漫画家?」
とドキリとするような質問を寄越してきた。
漫画家、とは言いきれない。まだ世間様の目に全く触れていないし、賞も取れていない。
「漫画、は好きですよ」
手に持つネームを急いで封筒にしまい、少しずれた回答をわざとした。漫画家だなんて今の俺にはとても言えなかった。
「へぇ、どんなのが好きなんです?俺はこれとか読んでますよ」
バーと言う場所がそうさせるのか、ここでは皆人に対しての抵抗感とかパーソナルスペースだとかが薄くなるらしい。
男は躊躇いなくスマホに入ってる電子書籍の一覧を見せてくる。今流行りのものから少し古いものまで結構たくさん読むようだった。
「あ、俺これ好きなんですよ」
「え!まじすか!俺も実はこれ超好きで!」
ふわぁ、と花が背中に咲くように声を弾ませて男は嬉しそうにその漫画の話を始める。よく読み込んでいたらしく、俺と男は2人して話すのに熱が入った。
あのシーンが良かった、台詞が良かった、ここのキャラがしぶい、など話をしているうちに次第に意気投合するようになりついには男の名前まで分かってしまった。
「百川さんは本当分かってる、世間ではあのシーンはいらなかったとかよく言われるけど必要ですよね」
「あれがなかったら、相手の気持ちを察した主人公の行動の意味が変わるし、あの間が絶妙なんだよな」
分かる!と遠野くんはぽん、と軽く膝を打つ。久しぶりに自分が書く以外の漫画のことを話せて楽しい。遠野くんの純粋な漫画好きっぷりはこちらも話していて清々しかった。
「この漫画、実は家にコミックがあるんですけど、二次会ってことで百川さん来ません?」
こんな出会いがあるのもバーの良いところだな、と思いながら快く了承した。
――――――――――
遠野くんの家は駅近くの小綺麗なマンションの一室だった。途中、コンビニでつまみ等を買いながら他愛のない話をした。
昔飼っていたペットの話だったり、酒にまつわる失敗談だったり、なんてことのない普通の話をした。お互いに仕事の詮索はしなかった。
促されるまま部屋に通される。こざっぱりした室内はなんだか落ち着かなくて、何となくそこに立ったままでいると
「百川さん立ったままでどうしたんですか」
笑いを含んだ声は軽やかで遠野くんは猫ようにしなやかに弾むように喋る。モテるんだろうな、と思いつつ声のした方を見やるとはたと息が詰まった。
薄い茶色の目をした、大きな目の目尻が少し鋭くなっている青年がそこに立っていた。柔らかい雰囲気はそのままに、なんて魅力的な顔立ちなんだろうと感嘆する。
「座って座って、今例のブツ持ってきます」
2人しかいない部屋で、誰にも聞かれないようにこそこそと話す様はなんだか面白かった。ローテーブルの近くにあるソファに座り、買ってきた酒を広げる。
「じゃーん、全巻持ってきました!」
と遠野くんは両手いっぱいに漫画を抱えて帰ってきた。
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