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プロローグ
0-1:そして魔女は滅ぼされた
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かつて、最恐と呼ばれた魔女がいた。
その名はサイザリス。
魔導人形『ゴーレム』の軍団を操る魔女。
数万、数億を超える『ゴーレム』を操り、共和国に戦いを挑んだその魔女は、ある二人の英雄によって滅ぼされる――。
ことは二十五年前に遡る。
その日、テユヴェローズ共和国は、魔女サイザリス率いる『ゴーレム』軍の総攻撃を受けていた。
立ち上る炎が闇夜を照らし、レンガ造りの街並みが崩れ落ちる。
草木は灰となり、広がる海は黒く淀む。
山の中腹に頂く古びた大聖堂――そこが決戦の舞台になったと語られている。
***
「ようこそ。女神ローザ、勇者アコナイト」
行く手を阻む『ゴーレム』軍団を退け、サイザリスが立てこもる大聖堂へと足を踏み入れたアコナイトとローザ。
黒い髪を短くまとめ、朱色のマーカーが施されたアーマーを身に着ける青年と、赤から紫へ色合いが変化して見えるロングヘアの長身の美女。
後に、勇者アコナイト、女神ローザと呼ばれる二英雄である。
二人は、導かれるままに、大聖堂の地下に造られた礼拝堂へと足を踏み入れた。
かつて多くの信者が礼拝したのも今はむかし、がらんとした空間が広がる。
天井は高く、それを支える柱の一本もない地下空間。代りに複雑なアーチ構造が支える天井付近に、煌々と大きな"照明球"が浮かんでいた。
「初めまして、お二人さん」
そこに、魔女はいた。
広間の中央。
祭壇の様に小高くなった石畳の真ん中に、サイザリスは鎮座していた。
「お前が……サイザリスか?」
その姿を見た者はいない、と言われる魔女の姿に、アコナイトは声を失った。
群青色の上等な生地に金色の装飾が施された厚手のローブを身に纏い、左手にはかなり高級な銀と金で造られた大きな錫杖を持っている。杖の先端には複雑な金のレリーフで覆われた碧く大きな魔導石が輝く。
ゆっくりと、サイザリスが腰を上げる。
その体つきは、手にした錫杖とは、対照的に小柄だった。
いや――その姿は明らかに子どもだ。
金色に輝く髪を後ろにまとめ、宝石を思わせる澄んだ碧い瞳。透ける様な白い肌を持つ、年のころ十四か十五歳ほどの少女。
「いかにも。わらわがサイザリスじゃ」
くすっと笑い声を上げる。
その背後の暗闇から一体の『ゴーレム』が彼女を守る様に現れる。
『ゴーレム』は、単身共和国に戦いを挑んだサイザリスが自らの先兵として操る魔導人形だ。黒いローブを身に纏い、樫の杖を持ち、外見は人間の少女の様である。
ボブカットに揃えた『ゴーレム』の前髪の隙間から、額に埋め込まれた魔導石が輝く。
この『ゴーレム』を付き従えているその姿こそ、少女がサイザリスである証だ。
「意外だな。お前の様な子どもが、あの悪名高き魔女だとは」
「わらわにとって姿かたちなど意味はない。変えることも戻すことも意のままよ」
「ほう? ならば次はもう少し年上の、俺好みの姿で現れて欲しいものだな!」
「よかろう。 次があればの話じゃがな……!」
からかう様に舌を出し、ケラケラと笑う。
悠々と、二人の勇士に向かって間合いを詰めて行く。
アコナイトが眉をしかめた。
従僕の『ゴーレム』はその場に動く事なく留まっている。
魔女と『ゴーレム』にばかり気がいっていたが、その背後の暗闇に、巨大な球体が浮かんでいることに気が付いた。
「……魔導石!?」
気づいたかな? と言った風に、サイザリスが横目で後ろの結晶体を見やる。
人の身の丈ほどもある無色透明の球体が、音もなく空間に浮かんでいる。
「ローザ、気を付けろ。あの巨大な魔導石。何かあるぞ」
「わかっています」
サイザリスがその細い指を、パチン! とならす。
「さて、役者がそろったところで始めようではないか」
「!?」
魔導石の背後の闇が蠢き、大量の眼がぎらりと開く!
それらはぎょろりと一斉にアコナイトたちを睨みつけた。
闇の中から、『ゴーレム』がニタニタと笑いを作って這いずり出してくる。
一様に同じ顔をした少女の群れ。
「一気に片を付けます!」
ローザの甲高い叫びとともに、膨大な魔力が彼女の身体を包み込む!
手のひらを突き出すと同時に、サイザリスのいる空間が捩じ曲がる!
魔女は悠々と見切ってかわすが、数体の『ゴーレム』が空間の捻じれに巻き込まれ、爆炎を上げて粉砕される!
ローザは本気だ。
サイザリスに何かを仕掛ける隙を与えず、数分もかけずに片をつけるつもりだ。
そのローザが、天井高くまで跳躍する!
空間を照らす"照明球"と重なり、迎撃姿勢を取る彼女の姿が逆光に消える。
アコナイトは、裏を突く如く身を低く構え、一直線に斬りかかる!
生じた炎の中に、魔女の姿を認める! その顔は滞空したローザを追っていた。
無防備になったサイザリスの下段から、長剣の刃を突き立てる!
が……!
「!」
魔女は、こちらに一瞥もくれず、その錫杖の先端で、長剣を絡めとって見せた!
「ふむ。勇者と呼ばれるにはちと力不足ではないかな、アコナイト?」
こんな華奢な少女に、斬撃を軽々受け止められるとは!
長剣と絡み合う錫杖の魔導石が複雑な”マギコード”を纏い、光り輝く!
「まずいッ!?」
咄嗟に刃を引くが遅かった!
錫杖を中心とした超低温の空間が広がり、アコナイトの身体が巨大な氷塊に飲み込まれて行く!
「そこで傍観してるが良い、力不足の勇者よ」
一度も、アコナイトに眼を向ける事なく、サイザリスの視線はローザに集中する。
空に舞ったローザは、サイザリスの頭上を取っていた。
高々と掲げた腕を、サイザリス目掛けて振り下ろす。その指先には高密度に凝縮されたエネルギーが火花を散らしている!
魔力の塊が不可視の弾丸となって解き放たれる。
目には映らないが分かる。この空間を焼き尽くすほどのエネルギーの塊が、サイザリスに突進する!
「わらわごとアコナイトまで焼き尽くそうと言うのか!」
叫ぶサイザリス!
錫杖を振りかざし、先端に生じた"魔法障壁"でローザの攻撃を受け止める!
流石にこの程度では、傷を負わせる事すら出来ないか!?
サイザリスが身をかわし、錫杖の動きに合わせてローザの攻撃はあらぬ方向へ弾き飛ばされる――かと思われたが、その軌道が不規則に変わる!
制御を失った魔力が、軌跡を残して鎮座していた巨大な魔導石に吸収された!
「何ですって!?」
エネルギー弾を放ったままの姿勢で驚愕するローザ。既に魔力を放ち切ったはずの腕から、なおも魔力が紅い光の奔流となって流出する!
腕を引き戻す!
だが、ローザの身体から魔力の流出が止まらない!
次々と、魔導石に吸収されて行く!
「わたくしの魔力を……封じるつもりですか!?」
「その通りじゃ!」
先ほどまで無色だった魔導石が、ローザの魔力を吸収して鋭い輝きを放ち始める!
「これがわらわの切り札! 魔力を封じ込める魔導石、名付けて”ヴェルデグリス”よ!」
“ヴェルデグリス”と呼ばれた魔導石に、サイザリスが恍惚の表情で頬を当てる。
「如何にわらわとて、竜族の娘を相手に真っ向勝負をする気はない。
策を弄させてもらったわ!」
拘束から逃れ様とするローザだが、既に魔力が引き抜かれつつあり、対抗出来ない。
「こんなことで、このわたくしが封じられるとは!」
サイザリスがケタケタと笑う。
「魔力はお主に遠く及ばぬが、知恵ではわらわの方が上よ!」
まずい!
このままローザが敗れれば共和国はサイザリスに墜とされる。
アコナイトは凍り付いていない右腕を降り上げ、長剣を投げ飛ばした!
しかし――そんなものが魔女に通じる訳もなく、飛び込んだ長剣を錫杖で軽くいなす。膨大な魔力の衝撃波を含んだ右手をアコナイト目掛けて突き出した!
衝撃波はアコナイトもろとも氷塊を粉砕し、身体を遥か背後の壁に叩きつける!
次いで床に叩きつけられる衝撃が加わり、アコナイトの視界が暗転する。
ローザの叫ぶ声が徐々に遠ざかり、意識が消え去って行く。
これほどまでに、魔女サイザリスとのちからの差があろうとは………。
「アコナイト! 目を開けなさい!」
落ちかけた意識を、ローザの強い言葉が揺り起こす!
「!」
きしむ身体に鞭を打ち、上体を上げる。
状況は一瞬前と大差ない。
魔力の奔流に捕えられ身動きできないローザ。それを迎え撃つサイザリス。
魔力を吸収し続ける”ヴェルデグリス”の光はなおも輝きを増す!
だが、”ヴェルデグリス”から伸びる光の帯はサイザリスに傾きつつあった。魔女の表情から、先ほどまでの余裕は消え失せている。
「……ッ!」
焦りの色が濃くなり、魔力の流れを支えていた錫杖を持つ左腕が震える。逆にローザは力強く両腕を突き出し、魔力の流れを変えつつあった!
「知識は貴女の方が上と言いましたね? それは認めましょう」
いつもの冷静な口調とともに、焦りを浮かべる魔女に冷めた視線が送られる。
「貴女がおっしゃったことです。魔力はわたくしの方が上だと。
柄ではありませんが、その地力の差で強引に押し返させてもらいます」
「そんな……ッ!?」
ローザの強大な魔力に圧され、歪むエネルギーの軌道を、サイザリスが支えきれなくなる。両腕を突き出し、必死に抵抗する!
「いまです! アコナイト!」
「おおッ!」
ローザの言葉に推され、アコナイトは悲鳴を上げる身体を持ち上げ、一直線に駆ける!
床に落ちた長剣を拾い、魔女の華奢な胴体に狙いをつけた!
狙ったサイザリスの身体は、もはや完全に無防備だった!
「きゃあああああッ!」
響き渡るサイザリスの絶叫!
確かな手ごたえとともに、その細身の身体を長剣が切り裂く!
胸から脇腹まで――深く長い裂傷が走り、血しぶきが舞った!
「決まった!」
アコナイトの言葉に頷き、ローザが一気に魔力を込める!
鮮血を噴き出す魔女の身体からちからが抜け、錫杖を取り落とす。
サイザリスの小さな身体から、大量の魔力が流出し、”ヴェルデグリス”に流れ始める様に見えた。
束縛から解き放たれたローザが、強大な魔力のシーソーゲームを制する。
「アコナイト! 止めを刺します!」
ローザの言葉を受け、アコナイトはその身を床に伏せた!
「終わりです! 魔女サイザリス!!」
咆哮とともに、地下の空間に魔力が膨れ上がり――見上げるほど巨大な青白い炎の球体が魔女の姿を押し潰す!
一瞬の収縮を経て―――視界を青一色で染め上げる爆炎が炸裂した!
やがて――地震の様な衝撃が収まり、アコナイトはゆっくりと顔を上げた。
地下の空間に、まだ爆音の余韻が木霊している。
熱波が駆け巡った広間は、床に天井に亀裂が走り、一部が崩れ落ちていた。
サイザリスのいた場所は巨大なクレーターが開き、その底は見えないほどに深い。
「やった……のか?」
穴の底を見下ろし、アコナイトは呟いた。
「……はい」
言葉少なにローザが相槌を返す。
どさりと床に彼女が崩れ落ちる音がして、アコナイトは背後に振り替える。
「ローザ! 大丈夫か!?」
駆け寄り彼女の身体を抱き上げる。その身体は冷たく、小刻みに震えていた。
「大丈夫です……。 調子に乗って……ちからを使い過ぎた……だけですわ……」
やわらかい笑みを浮かべる。
だが、その身体は至るところに傷口が開き、大きく消耗している事が伝わった。
彼女に肩を貸し、ゆっくりと立ち上がる。
二人はもうもうと立ち上がる煙の中に置き去りにされた、”ヴェルデグリス”を見つめた。それは、相変わらず燃える様な深紅の輝きを放っている。
怒りと憎しみをたたえる、血の様な赤。
「あの魔導石は?」
「わたくしがサイザリスの策を逆手に取って、彼奴の魔力を封じ込めました。
いま、あの”ヴェルデグリス”の中にはサイザリスの魔力が凝縮されています」
「破壊しよう!」
ローザは首を横に振る。
「無理な破壊は危険でしょう。
それこそ、テユヴェローズの首都を吹き飛ばすくらいの魔力が収まっているはずです」
「勝つには勝ったが……これは厄介な代物だな……」
いつか、この光が災《わざわ》いを起こさなければいいが……。
わずかな懸念を抱きながら、アコナイトはローザの身体を抱き直し、後に『封印の間』と呼ばれるその部屋を後にした。
***
テユヴェローズの街を襲撃した『ゴーレム』は騎士団によって掃討され、サイザリスとの長きに渡る戦いに終止符が打たれた。
奇しくも戦勝記念日となったこの日、女神ローザの元に孫が生まれ、共和国は二つの祝福に包まれたと言う。
それから、二十五年の月日が経ち……
大聖堂の地下深く。漆黒の地下水脈に、崩落した瓦礫が積もっていた。
光ひとつ差さない漆黒の空間に、小さな紅い光が灯る。
光は、何かを探し求める様に揺れ動き、やがて一点で動きを止めた。
瓦礫の中から一本の腕が伸び、その光を強く握りしめる。
再び光を失った暗黒の世界に、がらがらと瓦礫をかき分ける音が木霊した。
――やって来なさい――
「どこへ……?」
―――紅き光のもとへ―――
「何をしに……?」
――――わたしを解き放つために―――。
その名はサイザリス。
魔導人形『ゴーレム』の軍団を操る魔女。
数万、数億を超える『ゴーレム』を操り、共和国に戦いを挑んだその魔女は、ある二人の英雄によって滅ぼされる――。
ことは二十五年前に遡る。
その日、テユヴェローズ共和国は、魔女サイザリス率いる『ゴーレム』軍の総攻撃を受けていた。
立ち上る炎が闇夜を照らし、レンガ造りの街並みが崩れ落ちる。
草木は灰となり、広がる海は黒く淀む。
山の中腹に頂く古びた大聖堂――そこが決戦の舞台になったと語られている。
***
「ようこそ。女神ローザ、勇者アコナイト」
行く手を阻む『ゴーレム』軍団を退け、サイザリスが立てこもる大聖堂へと足を踏み入れたアコナイトとローザ。
黒い髪を短くまとめ、朱色のマーカーが施されたアーマーを身に着ける青年と、赤から紫へ色合いが変化して見えるロングヘアの長身の美女。
後に、勇者アコナイト、女神ローザと呼ばれる二英雄である。
二人は、導かれるままに、大聖堂の地下に造られた礼拝堂へと足を踏み入れた。
かつて多くの信者が礼拝したのも今はむかし、がらんとした空間が広がる。
天井は高く、それを支える柱の一本もない地下空間。代りに複雑なアーチ構造が支える天井付近に、煌々と大きな"照明球"が浮かんでいた。
「初めまして、お二人さん」
そこに、魔女はいた。
広間の中央。
祭壇の様に小高くなった石畳の真ん中に、サイザリスは鎮座していた。
「お前が……サイザリスか?」
その姿を見た者はいない、と言われる魔女の姿に、アコナイトは声を失った。
群青色の上等な生地に金色の装飾が施された厚手のローブを身に纏い、左手にはかなり高級な銀と金で造られた大きな錫杖を持っている。杖の先端には複雑な金のレリーフで覆われた碧く大きな魔導石が輝く。
ゆっくりと、サイザリスが腰を上げる。
その体つきは、手にした錫杖とは、対照的に小柄だった。
いや――その姿は明らかに子どもだ。
金色に輝く髪を後ろにまとめ、宝石を思わせる澄んだ碧い瞳。透ける様な白い肌を持つ、年のころ十四か十五歳ほどの少女。
「いかにも。わらわがサイザリスじゃ」
くすっと笑い声を上げる。
その背後の暗闇から一体の『ゴーレム』が彼女を守る様に現れる。
『ゴーレム』は、単身共和国に戦いを挑んだサイザリスが自らの先兵として操る魔導人形だ。黒いローブを身に纏い、樫の杖を持ち、外見は人間の少女の様である。
ボブカットに揃えた『ゴーレム』の前髪の隙間から、額に埋め込まれた魔導石が輝く。
この『ゴーレム』を付き従えているその姿こそ、少女がサイザリスである証だ。
「意外だな。お前の様な子どもが、あの悪名高き魔女だとは」
「わらわにとって姿かたちなど意味はない。変えることも戻すことも意のままよ」
「ほう? ならば次はもう少し年上の、俺好みの姿で現れて欲しいものだな!」
「よかろう。 次があればの話じゃがな……!」
からかう様に舌を出し、ケラケラと笑う。
悠々と、二人の勇士に向かって間合いを詰めて行く。
アコナイトが眉をしかめた。
従僕の『ゴーレム』はその場に動く事なく留まっている。
魔女と『ゴーレム』にばかり気がいっていたが、その背後の暗闇に、巨大な球体が浮かんでいることに気が付いた。
「……魔導石!?」
気づいたかな? と言った風に、サイザリスが横目で後ろの結晶体を見やる。
人の身の丈ほどもある無色透明の球体が、音もなく空間に浮かんでいる。
「ローザ、気を付けろ。あの巨大な魔導石。何かあるぞ」
「わかっています」
サイザリスがその細い指を、パチン! とならす。
「さて、役者がそろったところで始めようではないか」
「!?」
魔導石の背後の闇が蠢き、大量の眼がぎらりと開く!
それらはぎょろりと一斉にアコナイトたちを睨みつけた。
闇の中から、『ゴーレム』がニタニタと笑いを作って這いずり出してくる。
一様に同じ顔をした少女の群れ。
「一気に片を付けます!」
ローザの甲高い叫びとともに、膨大な魔力が彼女の身体を包み込む!
手のひらを突き出すと同時に、サイザリスのいる空間が捩じ曲がる!
魔女は悠々と見切ってかわすが、数体の『ゴーレム』が空間の捻じれに巻き込まれ、爆炎を上げて粉砕される!
ローザは本気だ。
サイザリスに何かを仕掛ける隙を与えず、数分もかけずに片をつけるつもりだ。
そのローザが、天井高くまで跳躍する!
空間を照らす"照明球"と重なり、迎撃姿勢を取る彼女の姿が逆光に消える。
アコナイトは、裏を突く如く身を低く構え、一直線に斬りかかる!
生じた炎の中に、魔女の姿を認める! その顔は滞空したローザを追っていた。
無防備になったサイザリスの下段から、長剣の刃を突き立てる!
が……!
「!」
魔女は、こちらに一瞥もくれず、その錫杖の先端で、長剣を絡めとって見せた!
「ふむ。勇者と呼ばれるにはちと力不足ではないかな、アコナイト?」
こんな華奢な少女に、斬撃を軽々受け止められるとは!
長剣と絡み合う錫杖の魔導石が複雑な”マギコード”を纏い、光り輝く!
「まずいッ!?」
咄嗟に刃を引くが遅かった!
錫杖を中心とした超低温の空間が広がり、アコナイトの身体が巨大な氷塊に飲み込まれて行く!
「そこで傍観してるが良い、力不足の勇者よ」
一度も、アコナイトに眼を向ける事なく、サイザリスの視線はローザに集中する。
空に舞ったローザは、サイザリスの頭上を取っていた。
高々と掲げた腕を、サイザリス目掛けて振り下ろす。その指先には高密度に凝縮されたエネルギーが火花を散らしている!
魔力の塊が不可視の弾丸となって解き放たれる。
目には映らないが分かる。この空間を焼き尽くすほどのエネルギーの塊が、サイザリスに突進する!
「わらわごとアコナイトまで焼き尽くそうと言うのか!」
叫ぶサイザリス!
錫杖を振りかざし、先端に生じた"魔法障壁"でローザの攻撃を受け止める!
流石にこの程度では、傷を負わせる事すら出来ないか!?
サイザリスが身をかわし、錫杖の動きに合わせてローザの攻撃はあらぬ方向へ弾き飛ばされる――かと思われたが、その軌道が不規則に変わる!
制御を失った魔力が、軌跡を残して鎮座していた巨大な魔導石に吸収された!
「何ですって!?」
エネルギー弾を放ったままの姿勢で驚愕するローザ。既に魔力を放ち切ったはずの腕から、なおも魔力が紅い光の奔流となって流出する!
腕を引き戻す!
だが、ローザの身体から魔力の流出が止まらない!
次々と、魔導石に吸収されて行く!
「わたくしの魔力を……封じるつもりですか!?」
「その通りじゃ!」
先ほどまで無色だった魔導石が、ローザの魔力を吸収して鋭い輝きを放ち始める!
「これがわらわの切り札! 魔力を封じ込める魔導石、名付けて”ヴェルデグリス”よ!」
“ヴェルデグリス”と呼ばれた魔導石に、サイザリスが恍惚の表情で頬を当てる。
「如何にわらわとて、竜族の娘を相手に真っ向勝負をする気はない。
策を弄させてもらったわ!」
拘束から逃れ様とするローザだが、既に魔力が引き抜かれつつあり、対抗出来ない。
「こんなことで、このわたくしが封じられるとは!」
サイザリスがケタケタと笑う。
「魔力はお主に遠く及ばぬが、知恵ではわらわの方が上よ!」
まずい!
このままローザが敗れれば共和国はサイザリスに墜とされる。
アコナイトは凍り付いていない右腕を降り上げ、長剣を投げ飛ばした!
しかし――そんなものが魔女に通じる訳もなく、飛び込んだ長剣を錫杖で軽くいなす。膨大な魔力の衝撃波を含んだ右手をアコナイト目掛けて突き出した!
衝撃波はアコナイトもろとも氷塊を粉砕し、身体を遥か背後の壁に叩きつける!
次いで床に叩きつけられる衝撃が加わり、アコナイトの視界が暗転する。
ローザの叫ぶ声が徐々に遠ざかり、意識が消え去って行く。
これほどまでに、魔女サイザリスとのちからの差があろうとは………。
「アコナイト! 目を開けなさい!」
落ちかけた意識を、ローザの強い言葉が揺り起こす!
「!」
きしむ身体に鞭を打ち、上体を上げる。
状況は一瞬前と大差ない。
魔力の奔流に捕えられ身動きできないローザ。それを迎え撃つサイザリス。
魔力を吸収し続ける”ヴェルデグリス”の光はなおも輝きを増す!
だが、”ヴェルデグリス”から伸びる光の帯はサイザリスに傾きつつあった。魔女の表情から、先ほどまでの余裕は消え失せている。
「……ッ!」
焦りの色が濃くなり、魔力の流れを支えていた錫杖を持つ左腕が震える。逆にローザは力強く両腕を突き出し、魔力の流れを変えつつあった!
「知識は貴女の方が上と言いましたね? それは認めましょう」
いつもの冷静な口調とともに、焦りを浮かべる魔女に冷めた視線が送られる。
「貴女がおっしゃったことです。魔力はわたくしの方が上だと。
柄ではありませんが、その地力の差で強引に押し返させてもらいます」
「そんな……ッ!?」
ローザの強大な魔力に圧され、歪むエネルギーの軌道を、サイザリスが支えきれなくなる。両腕を突き出し、必死に抵抗する!
「いまです! アコナイト!」
「おおッ!」
ローザの言葉に推され、アコナイトは悲鳴を上げる身体を持ち上げ、一直線に駆ける!
床に落ちた長剣を拾い、魔女の華奢な胴体に狙いをつけた!
狙ったサイザリスの身体は、もはや完全に無防備だった!
「きゃあああああッ!」
響き渡るサイザリスの絶叫!
確かな手ごたえとともに、その細身の身体を長剣が切り裂く!
胸から脇腹まで――深く長い裂傷が走り、血しぶきが舞った!
「決まった!」
アコナイトの言葉に頷き、ローザが一気に魔力を込める!
鮮血を噴き出す魔女の身体からちからが抜け、錫杖を取り落とす。
サイザリスの小さな身体から、大量の魔力が流出し、”ヴェルデグリス”に流れ始める様に見えた。
束縛から解き放たれたローザが、強大な魔力のシーソーゲームを制する。
「アコナイト! 止めを刺します!」
ローザの言葉を受け、アコナイトはその身を床に伏せた!
「終わりです! 魔女サイザリス!!」
咆哮とともに、地下の空間に魔力が膨れ上がり――見上げるほど巨大な青白い炎の球体が魔女の姿を押し潰す!
一瞬の収縮を経て―――視界を青一色で染め上げる爆炎が炸裂した!
やがて――地震の様な衝撃が収まり、アコナイトはゆっくりと顔を上げた。
地下の空間に、まだ爆音の余韻が木霊している。
熱波が駆け巡った広間は、床に天井に亀裂が走り、一部が崩れ落ちていた。
サイザリスのいた場所は巨大なクレーターが開き、その底は見えないほどに深い。
「やった……のか?」
穴の底を見下ろし、アコナイトは呟いた。
「……はい」
言葉少なにローザが相槌を返す。
どさりと床に彼女が崩れ落ちる音がして、アコナイトは背後に振り替える。
「ローザ! 大丈夫か!?」
駆け寄り彼女の身体を抱き上げる。その身体は冷たく、小刻みに震えていた。
「大丈夫です……。 調子に乗って……ちからを使い過ぎた……だけですわ……」
やわらかい笑みを浮かべる。
だが、その身体は至るところに傷口が開き、大きく消耗している事が伝わった。
彼女に肩を貸し、ゆっくりと立ち上がる。
二人はもうもうと立ち上がる煙の中に置き去りにされた、”ヴェルデグリス”を見つめた。それは、相変わらず燃える様な深紅の輝きを放っている。
怒りと憎しみをたたえる、血の様な赤。
「あの魔導石は?」
「わたくしがサイザリスの策を逆手に取って、彼奴の魔力を封じ込めました。
いま、あの”ヴェルデグリス”の中にはサイザリスの魔力が凝縮されています」
「破壊しよう!」
ローザは首を横に振る。
「無理な破壊は危険でしょう。
それこそ、テユヴェローズの首都を吹き飛ばすくらいの魔力が収まっているはずです」
「勝つには勝ったが……これは厄介な代物だな……」
いつか、この光が災《わざわ》いを起こさなければいいが……。
わずかな懸念を抱きながら、アコナイトはローザの身体を抱き直し、後に『封印の間』と呼ばれるその部屋を後にした。
***
テユヴェローズの街を襲撃した『ゴーレム』は騎士団によって掃討され、サイザリスとの長きに渡る戦いに終止符が打たれた。
奇しくも戦勝記念日となったこの日、女神ローザの元に孫が生まれ、共和国は二つの祝福に包まれたと言う。
それから、二十五年の月日が経ち……
大聖堂の地下深く。漆黒の地下水脈に、崩落した瓦礫が積もっていた。
光ひとつ差さない漆黒の空間に、小さな紅い光が灯る。
光は、何かを探し求める様に揺れ動き、やがて一点で動きを止めた。
瓦礫の中から一本の腕が伸び、その光を強く握りしめる。
再び光を失った暗黒の世界に、がらがらと瓦礫をかき分ける音が木霊した。
――やって来なさい――
「どこへ……?」
―――紅き光のもとへ―――
「何をしに……?」
――――わたしを解き放つために―――。
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この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
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