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第八章「魔女の背中を見つめて」
8-1:決戦
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***
――声が届かない――
紅く煌々と輝くヴェルデグリスの中で――影が揺らめく。
――あともう少しだと言うのに……! 記憶を取り戻しかけていると言うのに……! ――
ヴェルデグリスに背を向けて立つ、赤紫のグラデーションがかかった長髪の後ろ姿を睨みつける!
――この女が待ち構えている! 憎き……憎きこの女が、すべてを葬ろうと待ち構えている! ――
こちらの視線に気づいた様に――くるりと顔を振り向けて来る。
冷めた金色の相貌が、蔑む様な眼差しを送る。
――おのれ! おのれッ! 貴様の思い通りにはさせぬ! ――
***
「……誰もいないね」
大聖堂の敷地に降り立ち、周囲の気配を探ろうとサフィリアは周囲を見回す。
この事態を女神ローザは当然に把握しているだろうから、厳戒態勢が取られていると思っていた。
だが、大聖堂の周囲には、紅竜騎士団の騎士はおろか、人の気配すらない。
夜風にさらされながら、サフィリアはふとカラナの気配を探る。
当然、彼女の気配もない。まだ追い付いて来ていない様だ。
追って来てくれていれば……の話だが。
何を期待しているのだろう?
大きくため息をついて、サフィリアは馬車の方を見やる。
ちょうど、布にくるまれたクラルの亡骸を、シスターたちが運び出しているところだった。
「さあ、参りましょう」
「うん……」
ヴィオレッタに肩を抱かれ、大聖堂の入口をくぐる。
内部にも人の気配はなく、しんと静まり返り、夜の冷たさが漂っている。
「!」
だが、その床には四角く、地下へ続く階段が口を開けていた。
普段は、魔法によって硬く閉ざされている『封印の間』への入口だ。
それが、入って来いとばかりに開かれている。
「待っていました……」
突如、響き渡るローザの声。
「女神ローザ……!」
ヴィオレッタが見上げる仕草をして、彼女の名を呼ぶ。
「堂々と入口を開けて待っているとは……大した自信ね、ローザ様?」
「もはや、小細工をする状況ではありません。
このわたくしが、全力を以て貴女方の相手を務めましょう。
……そして」
その姿が見えなくても分かる。
言葉に強烈な殺気が加わる。
「その姿……一片の欠片も残さず塵に変えて差し上げます」
その殺気に晒されてさえ、ヴィオレッタはくすくすと口に手を当てて笑った。
「あら怖い。まるで魔王様みたいな口ぶりね!」
「降りて来なさい」
ローザの言葉を受け、ヴィオレッタは望むところとばかりに頷く。
クラルを抱いていたシスターふたりに、ここで待機する様に伝え、彼女の亡骸を受け取る。
そのヴィオレッタの背中を追って、サフィリアは地下へと降りて行く。
もはや見慣れた『封印の間』へ続く螺旋階段。
一歩進むごとに、サフィリアの命は一歩終わりへ近づく。螺旋階段が終わり、紅い光が漏れる扉の前に辿り着いた。
両手を添え、重い扉を押し開いた。
紅い光が溢れ、空間を満たして行く……。
暖かく優しい光が、サフィリアを出迎える様に包み込む。
『封印の間』の中央に、燦然と輝くヴェルデグリス。
その結晶体から放たれる光とサフィリアとを切り離すが如く、ローザが立ち塞がっていた。
金色の双眸が、サフィリアの碧い瞳を見つめる。
「……ローザ様」
「……サフィリア。貴女には失望しました。
ひと月前、ヴェルデグリスを破壊すると豪語した貴女が、諦めるのならばともかく、まさか自らの意思で開放する側に回るとは……!」
激しい怒りを押し殺した、地の底から響く様な声がサフィリアを包む。
ローザの声はただそれだけで、押し潰されてしまいそうな圧力を放っている。
「ごめんなさい……。
でも、サフィリアはクラルを助けたい! ただそれだけなんだ!」
思いの丈を語る勢いで腕を広げ、何歩も前に踏み出す!
「クラルを蘇らせたら、サフィリアはどうなっても構わない!
一度だけで良い! 魔女サイザリスの魔力を使わせて!」
「戯言をッ!!」
ローザの怒声が響き渡る!
その身体から抑えきれない怒りが魔力となって噴き出す様が、はっきりと見て取れた。
空間に"マギコード"の羅列が幾重にも走り、複雑な紋様を描く!
二人の会話を黙って聞いていたヴィオレッタが、この魔力の嵐に気圧されることもなく、悠々と前に出る。
「おやおや、女神ともあろうお方が、はしたないお言葉ですね?」
ローザがぎろりとヴィオレッタを睨む。
「何故、そこまでサイザリス様の封印に拘りなさる? 女神様の実力を以てすれば、恐れる事もないのでは?」
銀髪を軽やかにかき上げ、くすくすと笑う。
「それとも、自身のちからではサイザリス様に勝てぬと認めておられるのか……?
いいえ……、それとも実力の問題ではなく……封印が解かれると女神様に何か不都合が起きるとか……?」
ヴィオレッタの言葉はそこまでだった。
ローザの怒りが――膨大な殺気となって『封印の間』を支配する!
「もはや問答はここまでです!」
ローザが両腕を突き出す!
不可視の魔力の壁が、サフィリアたちに突っ込んで来る!
咄嗟に"魔法障壁"を展開し、直撃を防ぐ!
それでも身体が薙ぎ倒され、サフィリアは床の上に跳ね飛ばされた!
「きゃ……っ!」
何とか受け身を取り、衝撃を逃したサフィリアだが、身体のあちこちに打撲の様な痛みが広がる。
だが、この超高圧の魔力を受けても、ヴィオレッタは微動だにしていなかった。
全身に散りばめた魔導石が一斉に青い光を放ち、ローザの攻撃を軽く受け流している。
ヴィオレッタ得意の魔法障壁の鎧だ。
以前戦った時も、この障壁を破ることに苦戦した。
勝つことは難しくても、ヴィオレッタならばローザの攻撃を防ぎきり、サフィリアがヴェルデグリスを解放する余裕を作れるかも知れない。
血を流して闘い合った相手に期待する状況に違和感を覚えつつ、サフィリアも錫杖を構えて、その先端をローザに向ける。
「……それが、貴女の答え……なのですね?」
「いくら謝っても謝り切れない……。でも、サフィリアはクラルを助けたい。
自分の気持ちに……素直に従いたい……!」
「……分かりました!」
ローザの背後に"マギコード"の構成文が走り、破壊のちからを形成して行く!
対面して相まみえるのは、これが初めて――
ローザの右腕が、サフィリアに向かって突き出される!
同時に、空間を伝った魔力が、周囲の空間ごとサフィリアを圧し潰しにかかる!
だが――
サフィリアとローザのあいだに立ちはだかったヴィオレッタの"魔法障壁"が、その魔力の奔流を受け流す!
ローザの魔力は、的を外し、『封印の間』の壁を粉々に打ち砕く!
舞い上がる粉塵を手で払い除け、ヴィオレッタは舐め回す様な目つきでローザを見据えた。
「貴女の相手はこのヴィオレッタが務めましょう。サイザリス様は一刻も早く、ヴェルデグリスの魔力を解放して下さい……」
「そうは行かないわ!」
サフィリアの背後から響く――聞き慣れた声。
少女の心臓が跳ねる!
その声を――自分は待ち望んでいたのか? それとも、聞きたくなかったのか?
自問自答の答えは、ローザの吹き荒らす魔力の嵐にかき消される。
「……どうして来ちゃったのさ、カラナ?」
意を結して、振り向く。
赤毛の魔導師が、蒼衣の魔導師を――睨みつけた。
「サフィリアの相手は――あたしが務めるわ!」
――声が届かない――
紅く煌々と輝くヴェルデグリスの中で――影が揺らめく。
――あともう少しだと言うのに……! 記憶を取り戻しかけていると言うのに……! ――
ヴェルデグリスに背を向けて立つ、赤紫のグラデーションがかかった長髪の後ろ姿を睨みつける!
――この女が待ち構えている! 憎き……憎きこの女が、すべてを葬ろうと待ち構えている! ――
こちらの視線に気づいた様に――くるりと顔を振り向けて来る。
冷めた金色の相貌が、蔑む様な眼差しを送る。
――おのれ! おのれッ! 貴様の思い通りにはさせぬ! ――
***
「……誰もいないね」
大聖堂の敷地に降り立ち、周囲の気配を探ろうとサフィリアは周囲を見回す。
この事態を女神ローザは当然に把握しているだろうから、厳戒態勢が取られていると思っていた。
だが、大聖堂の周囲には、紅竜騎士団の騎士はおろか、人の気配すらない。
夜風にさらされながら、サフィリアはふとカラナの気配を探る。
当然、彼女の気配もない。まだ追い付いて来ていない様だ。
追って来てくれていれば……の話だが。
何を期待しているのだろう?
大きくため息をついて、サフィリアは馬車の方を見やる。
ちょうど、布にくるまれたクラルの亡骸を、シスターたちが運び出しているところだった。
「さあ、参りましょう」
「うん……」
ヴィオレッタに肩を抱かれ、大聖堂の入口をくぐる。
内部にも人の気配はなく、しんと静まり返り、夜の冷たさが漂っている。
「!」
だが、その床には四角く、地下へ続く階段が口を開けていた。
普段は、魔法によって硬く閉ざされている『封印の間』への入口だ。
それが、入って来いとばかりに開かれている。
「待っていました……」
突如、響き渡るローザの声。
「女神ローザ……!」
ヴィオレッタが見上げる仕草をして、彼女の名を呼ぶ。
「堂々と入口を開けて待っているとは……大した自信ね、ローザ様?」
「もはや、小細工をする状況ではありません。
このわたくしが、全力を以て貴女方の相手を務めましょう。
……そして」
その姿が見えなくても分かる。
言葉に強烈な殺気が加わる。
「その姿……一片の欠片も残さず塵に変えて差し上げます」
その殺気に晒されてさえ、ヴィオレッタはくすくすと口に手を当てて笑った。
「あら怖い。まるで魔王様みたいな口ぶりね!」
「降りて来なさい」
ローザの言葉を受け、ヴィオレッタは望むところとばかりに頷く。
クラルを抱いていたシスターふたりに、ここで待機する様に伝え、彼女の亡骸を受け取る。
そのヴィオレッタの背中を追って、サフィリアは地下へと降りて行く。
もはや見慣れた『封印の間』へ続く螺旋階段。
一歩進むごとに、サフィリアの命は一歩終わりへ近づく。螺旋階段が終わり、紅い光が漏れる扉の前に辿り着いた。
両手を添え、重い扉を押し開いた。
紅い光が溢れ、空間を満たして行く……。
暖かく優しい光が、サフィリアを出迎える様に包み込む。
『封印の間』の中央に、燦然と輝くヴェルデグリス。
その結晶体から放たれる光とサフィリアとを切り離すが如く、ローザが立ち塞がっていた。
金色の双眸が、サフィリアの碧い瞳を見つめる。
「……ローザ様」
「……サフィリア。貴女には失望しました。
ひと月前、ヴェルデグリスを破壊すると豪語した貴女が、諦めるのならばともかく、まさか自らの意思で開放する側に回るとは……!」
激しい怒りを押し殺した、地の底から響く様な声がサフィリアを包む。
ローザの声はただそれだけで、押し潰されてしまいそうな圧力を放っている。
「ごめんなさい……。
でも、サフィリアはクラルを助けたい! ただそれだけなんだ!」
思いの丈を語る勢いで腕を広げ、何歩も前に踏み出す!
「クラルを蘇らせたら、サフィリアはどうなっても構わない!
一度だけで良い! 魔女サイザリスの魔力を使わせて!」
「戯言をッ!!」
ローザの怒声が響き渡る!
その身体から抑えきれない怒りが魔力となって噴き出す様が、はっきりと見て取れた。
空間に"マギコード"の羅列が幾重にも走り、複雑な紋様を描く!
二人の会話を黙って聞いていたヴィオレッタが、この魔力の嵐に気圧されることもなく、悠々と前に出る。
「おやおや、女神ともあろうお方が、はしたないお言葉ですね?」
ローザがぎろりとヴィオレッタを睨む。
「何故、そこまでサイザリス様の封印に拘りなさる? 女神様の実力を以てすれば、恐れる事もないのでは?」
銀髪を軽やかにかき上げ、くすくすと笑う。
「それとも、自身のちからではサイザリス様に勝てぬと認めておられるのか……?
いいえ……、それとも実力の問題ではなく……封印が解かれると女神様に何か不都合が起きるとか……?」
ヴィオレッタの言葉はそこまでだった。
ローザの怒りが――膨大な殺気となって『封印の間』を支配する!
「もはや問答はここまでです!」
ローザが両腕を突き出す!
不可視の魔力の壁が、サフィリアたちに突っ込んで来る!
咄嗟に"魔法障壁"を展開し、直撃を防ぐ!
それでも身体が薙ぎ倒され、サフィリアは床の上に跳ね飛ばされた!
「きゃ……っ!」
何とか受け身を取り、衝撃を逃したサフィリアだが、身体のあちこちに打撲の様な痛みが広がる。
だが、この超高圧の魔力を受けても、ヴィオレッタは微動だにしていなかった。
全身に散りばめた魔導石が一斉に青い光を放ち、ローザの攻撃を軽く受け流している。
ヴィオレッタ得意の魔法障壁の鎧だ。
以前戦った時も、この障壁を破ることに苦戦した。
勝つことは難しくても、ヴィオレッタならばローザの攻撃を防ぎきり、サフィリアがヴェルデグリスを解放する余裕を作れるかも知れない。
血を流して闘い合った相手に期待する状況に違和感を覚えつつ、サフィリアも錫杖を構えて、その先端をローザに向ける。
「……それが、貴女の答え……なのですね?」
「いくら謝っても謝り切れない……。でも、サフィリアはクラルを助けたい。
自分の気持ちに……素直に従いたい……!」
「……分かりました!」
ローザの背後に"マギコード"の構成文が走り、破壊のちからを形成して行く!
対面して相まみえるのは、これが初めて――
ローザの右腕が、サフィリアに向かって突き出される!
同時に、空間を伝った魔力が、周囲の空間ごとサフィリアを圧し潰しにかかる!
だが――
サフィリアとローザのあいだに立ちはだかったヴィオレッタの"魔法障壁"が、その魔力の奔流を受け流す!
ローザの魔力は、的を外し、『封印の間』の壁を粉々に打ち砕く!
舞い上がる粉塵を手で払い除け、ヴィオレッタは舐め回す様な目つきでローザを見据えた。
「貴女の相手はこのヴィオレッタが務めましょう。サイザリス様は一刻も早く、ヴェルデグリスの魔力を解放して下さい……」
「そうは行かないわ!」
サフィリアの背後から響く――聞き慣れた声。
少女の心臓が跳ねる!
その声を――自分は待ち望んでいたのか? それとも、聞きたくなかったのか?
自問自答の答えは、ローザの吹き荒らす魔力の嵐にかき消される。
「……どうして来ちゃったのさ、カラナ?」
意を結して、振り向く。
赤毛の魔導師が、蒼衣の魔導師を――睨みつけた。
「サフィリアの相手は――あたしが務めるわ!」
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