生徒会長は指名制

鳴神楓

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「うううー……」

高校に入って初めての中間テストの結果表が渡された日の放課後、僕は結果表を前に頭を抱えていた。
日本史と世界史は満点、国語も八割は取れている。
けど、いいのはそこまでで、残りの英語と理数系科目は壊滅的な点数だった。

「うわー、これはすごいな」

僕が頭を抱えていると、入学してすぐ席が前後になったことがきっかけで仲良くなった原田が、机の上の僕のテスト結果を手に取って驚いた声を上げる。

「これ、赤点いくつあるんだ?
 1、2、3……」
「わーっ、数えるなよ!」

僕は慌てて原田からテスト結果を取り上げる。

「そう言う原田はどうだったんだよ」
「俺? 俺は100点なんかないけど、その代わりにかろうじて赤点もなかったよ」
「えーっ、いいなー」
「まったく、よくこんな極端な点数取れるな。
 平井って特定科目入試組だったんだな」
「うん、そう。
 日本史と世界史と国語でね」
「だろうな。すげーわかりやすい」

原田が言った特定科目入試とは、他校で言う推薦入試にあたる、この私立男子高校独自の入試制度だ。
中学校の五科目区分ではなく、大学のセンター試験と同じように細分化された教科のうち、3つを選んで受験するシステムで、かなりの高得点が求められるが、その代わりに他の教科の試験は受けなくてもいいし、中学の成績や内申もあまり重視されないという、いわば専門バカのためにあるような入試制度だ。

僕は子供の頃から歴史が大好きなので社会科は得意だし、時代小説や歴史の本を読みまくっているので国語の点もいいのだが、興味がない他の教科の成績があまりにもひどいので、中学の時の担任にこの高校の特定科目入試を勧められた。
一応は他にもこの高校より数ランク下の公立高校も受けたのだが、そっちは不合格だったので、この高校に特定科目入試があって本当に助かった。

「赤点の科目は再試だって言ってたよな?
 お前、大丈夫か?」
「大丈夫じゃない……」

テスト前にさぼっていたのならまだしも、一応自分なりに精一杯勉強してこの点数だったのだ。
再試まではあまり日にちがないし、今からさらに勉強しても再試に合格できるかどうかは正直微妙だ。

「まあ、とにかくがんばるしかないだろ。
 数学だったら、俺もちょっとは教えてやれるから」
「原田~、ありがとう~」

俺が原田の両手を握りしめて感謝の意を表していると、突然教室内がざわめき始めた。
なんだろうと騒がしくなった入口の方を見ると、上級生らしき人が厳しい顔付きでこちらに向かって歩いてくるところだった。

「平井幸二だな?」
「え? は、はい」

その上級生は僕の前に立つと、顔付きと同じく厳しい口調で僕の名前を呼んだ。
上級生に怒られるようなことをした覚えは全くなかったが、ともかく慌てて握ったままだった平井の手を離して、姿勢を正して返事をする。
そうするとその上級生は、厳しかった表情をほんの少しだけ緩めて再び口を開いた。

「俺のことは知っているか」
「ええっと……確か生徒会の人ですよね?」

よくよく見てみれば、生徒会主催の行事の時に壇上に立っていたのを見た覚えがある。
眉がきりりとしていて立ち姿も背筋がピンと伸びていたので、なんとなく江戸時代の武士っぽいなと思って記憶に残っていた。

「そうだ。
 次期副会長の吉泉雅也という」
「ええっと、それでいったい僕に何のご用でしょうか?」
「君を次の生徒会長に指名したい」
「……は?」

唐突にそんなことを言われて、わけがわからず呆然としている僕に、吉泉さんは説明を始めた。

「この学校では副会長以下の生徒会役員は選挙で選ばれるが、生徒会長は副会長が指名することになっているんだ。
 だから俺は原田を生徒会長に指名しようと思う」
「ちょ、ちょっと待って下さい。
 僕、一年ですよ?
 生徒会がなにやってるかもよくわからないのに、いきなり生徒会長って無理ですよ」
「いや、大丈夫だ。
 うちの高校の会長は代々ほとんどお飾りで、実務は全部他の役員がやることになっているから、一年でも何の問題もない。
 生徒会行事の時に壇上で挨拶はしてもらわなければならないが、原稿は俺が書くから、君はそれを読んでくれるだけでいいから」

吉泉さんの説明は、すでに僕が会長をやること前提になっている。
慌てて僕は、吉泉さんに反論する。

「あ、あの!
 それでも僕が会長っておかしいですよね?
 一年の中には僕よりもっと成績がいいやつも目立ってるやつも、他にいっぱいいますから、僕よりもそういうやつが会長をやった方が……」
「君は自分が目立っていて学内の有名人だという自覚がないのか」
「……え?」
「この前の体育祭のことを覚えていないのか。
 あれで君の顔は全校生徒に覚えられたし、名前を知っている者も多いぞ」
「あ……」

体育祭と聞いて、身に覚えのある僕は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
同じく覚えのある原田は、盛大に吹き出している。

この前の体育祭の徒競走で、僕はスタート直後に思いっきり転んでしまった。
両膝をすりむいて体操服の前面を泥だらけにした情けない格好で、半泣きになりながらビリでゴールしたあの日のことを、僕が忘れられるはずがない。
なんとかゴールした僕をクラスメイトが出迎えて慰めてくれて、それで仲良くなったやつもいるので、必ずしも悪い思い出というわけではないのだが、それでも恥ずかしい思い出であることには変わりがない。

「俺は生徒会長には、成績がいい者やリーダーシップがある者よりも、親近感をもてるような者や助けてやりたい協力してやりたいと思わせる者の方がふさわしいと思っている。
 だから君は、俺にとっては会長として理想的な人物なんだ」

……それって全く褒めてないよね?

しかし褒められてはいないことはわかっていても、そういうふうに人に認められた経験がない僕は、なんとなくうれしくなってしまう。

「いいじゃん、せっかくだから生徒会長やってみろよ。
 俺も平井みたいなやつが生徒会長やってる学校って楽しくていいと思うよ」
「そ、そうかな……」

原田が笑いながらもそう言ったこともあって、僕はちょっとその気になりかけていたのだが、なぜか目の前の吉泉さんが怖い顔になったのを見て、急に頭が冷えて冷静になってしまった。

「あの……やっぱり僕、できません。
 生徒会って色々時間取られますよね?
 確かに僕、部活やってないので時間はありますけど、中間テストがものすごく悪かったので勉強しなきゃいけないから……」
「そんなに悪かったのか?
 どれ……」

そう言うと吉泉さんは机の上に置きっぱなしだったテストの結果表をさっと取り上げた。

「あっ! 返してください!」

友達の原田に見られるのはかまわないが、今日初めてしゃべった人にあの恥ずかしい成績を見られるのは勘弁して欲しい。
僕は慌てて立ち上がって吉泉さんの手から結果表を取り戻そうとしたが、僕よりもかなり背の高い吉泉さんが結果表を持った手を上に伸ばしてしまったので、どうやっても届かなかった。

「なるほど、これは確かに勉強しないとまずいな。
 ……そうだな。
 もし君が生徒会長を引き受けてくれるのなら、俺がつきっきりで勉強を教えてやるがどうだ?
 自分でいうのも何だが、下手な塾や家庭教師よりも教えるのはずっと上手いと思うぞ。
 ちなみに、俺のテスト結果はこれだ」

そう言って吉泉さんが見せてくれたテスト結果は、90点代と100点がずらりと並ぶ見事なものだった。

「勉強は俺が教えてやるし、それに生徒会長をやれば内申点が稼げるぞ。
 いくら歴史と国語の成績がよくても、他がその成績では大学受験の時に内申点で落とされかねないから、生徒会活動でもやって、ちょっとでも内申点稼いでおいた方がいい」
「た、確かに……」
「まあ、とにかく今は再試をなんとかすることが先決だな。
 とりあえず再試までは、毎日放課後に勉強を教えてやる。
 生徒会長の件は、再試が終わったらまた改めて考えてくれればいいから」
「えっ、いいんですか?」
「ああ。
 その代わりに俺の方も、君が生徒会長を引き受けてくれるように、それなりのアピールはさせてもらうけどな。
 よかったら今日からでも教えられるがどうだ?」
「ぜひお願いします!」

生徒会長のことはとりあえず置いておいていいなら、あんなに成績のいい人に勉強を教えてもらえるのは非常にありがたい。
さっきまでは原田に数学だけでも教えてもらうつもりだったが、原田も部活が忙しいはずなので、この際遠慮なく吉泉さんに教えてもらおう。

そう考えた僕が元気よく返事をすると、吉泉さんは今日初めての笑顔を見せた。

わ、武士の笑顔って破壊力あるな。

さっきまで厳しい顔付きだった人が笑ったせいで印象ががらりと変わったというのもあるのだが、それ以上に整った顔立ちをしている吉泉さんの笑顔は魅力的で、同性だというのに僕は思わず見とれてしまった。

「よし、じゃあ生徒会室に行こうか」
「あ、はい。
 すぐ支度します」

そうして僕は大急ぎで帰る準備をすると、原田に声をかけた。

「じゃあ原田、また明日な」
「おう、勉強がんばれよ」
「うん」

原田に別れの挨拶をして再び吉泉さんの方を見ると、残念ながら吉泉さんの顔付きはまたさっきの厳しいものに戻っていた。
どうやら吉泉さんは怒っているわけではなく、この顔がデフォルトの状態らしい。

「行くぞ」

さっさと歩き出した吉泉さんに「はい」と答えて、僕は慌てて彼の後を追った。

ーーーーーーーー

吉泉さんに連れて来られた生徒会室は、生徒会役員が使うだけにしてはかなり広い部屋だった。
役員各自の机の他に冷蔵庫や水道、ソファーセットまであって、かなり居心地がよさそうだ。
奥にもドアがあるので、この部屋の他にも倉庫か何かあるらしい。

「あ、平井くん、会長引き受けてくれたの?」

僕たちが部屋に入るなり声をかけてきたのは、現在の会長だった。
隣に立っているがっちりとした体格の人は確か副会長だったはずだから、この人が今の会長を選んだということだろう。
会長はモデルみたいに手足が長くて顔も美形で、華があるとでもいうのか、立っているだけで人目を引くタイプだ。
どうせなら吉泉さんも僕みたいなちんちくりんじゃなくて、こういう人を会長に選んだらいいのにと思う。

「いえ、残念ながらまだ口説いている最中です」
「あ、そうなの?
 吉泉にしては随分のんびりしてるね」

いや、のんびりって、まだほんの10分前に声かけられたばかりだし。

そんなことを考えながら、とりあえず僕は部屋にいた二人に挨拶する。

「あの、部外者なのにおじゃましてすみません。
 僕、生徒会長受けるかどうか決めたわけじゃないんですけど、とりあえず吉泉さんに勉強教えてもらうことになったので、ここに連れてきてもらって」
「ああ、いいよ、気にしなくて。
 別にここは役員以外出入り禁止ってわけでもないから、他のやつらも友達連れてきてコーヒー飲んでいったりするしね。
 それよりも平井くん、生徒会長やるの迷ってるの?」
「あ、はい。
 っていうか今さっき言われたばかりで、何がなんだかわかってなくて」
「ああ、そうなんだ。
 まあ詳しくは吉泉が説明するだろうけど、生徒会長って言ってもそんなに責任重くないし、色々と楽しいこともあるから、君もやるといいよ。
 生徒会長やってると、副会長が奴隷になってくれるしね」
「えっ、奴隷?」

綺麗な顔でさらりと恐ろしいことを告げた会長に思わず僕がぎょっとしていると、隣の副会長が会長の頭をぺちりと軽く叩いた。

「そんな会長はお前くらいだ。
 平井、こいつの言うことは気にするなよ。
 俺たちはそろそろ帰るから、ゆっくりしていってくれ。
 それと吉泉、いちおう鍵を渡しておくから」
「ありがとうございます」

そう言って副会長は吉泉さんに鍵を渡すと、まだ僕と話したそうにしている会長を引っ張って部屋を出て行った。

「……なんか会長さんってすごい人ですね」
「まあな。
 ああいう人の下にいると、次の会長は普通のやつがいいって考えたくなる俺の気持ちもわかるだろ?」
「い、いえ、それはよくわかりませんけど……」
「そっか。ま、それはおいおいな。
 さて、俺はコーヒー入れるから、君は今日返ってきたテストと教科書を出しておけ。
 そこが俺の机だから」
「あ、はい。すいません」

僕が吉泉さんの席に座って準備をしている間に、吉泉さんはコーヒーを入れてきてくれた。

「お待たせ。
 ああそうだ、これも食うか?」
「あっ、それ、CMやってた新発売のチョコ!
 食べてみたいと思ってたんです!」

吉泉さんがカバンから出してきたのは、ちょうど僕が今日の帰りにでもコンビニで探そうと思っていた新発売のチョコだった。

「それはよかった。
 君はこういう甘いのが好きそうだと思って、朝買っておいたんだ。
 俺は甘いものはそんなに好きじゃないから、全部食べていいぞ」
「わ、ありがとうございます!」

吉泉さん、顔は怖いけどいい人だな。
いや、別に食べ物に釣られたとかじゃなく、自分は好きじゃないのに、わざわざ僕のためにお菓子を買っておいてくれるあたりがね?
……っていうか、あれ? 吉泉さん、今は顔怖くない?

隣の席に座ってコーヒーを飲みながら僕の答案をチェックしている吉泉さんの表情は、教室に僕を訪ねてきた時よりもずっと穏やかで優しいものになっている。

自分のテリトリー内だと、吉泉さん、こんな優しい顔するんだ。
もし僕が生徒会長引き受けたら、こんな顔が毎日見られるのかな。

一瞬そんなことを考えてしまい、僕は慌ててぶんぶんと首を振った。
本物の武士ならまだしも、武士っぽい男子高校生の顔を毎日見たいがために生徒会長を引き受けるとかありえない。

「どうかしたか?」
「いえ! 何でもありません!」

一人で首を振っている僕を見て不思議そうに首をかしげた吉泉さんに、僕は反射的に力一杯答える。

「そうか? まあいい。
 とりあえず、暗記科目は再試直前にやった方がいいから、今日は数学をやろうか」
「あ、はい」
「数学の再試は、テストとほとんど同じ問題が出ると聞いているから、テストで間違ったところをきちんと復習しておけば合格できるはずだ。
 君は社会と国語はあれだけの点が取れるんだから、頭が悪いわけじゃないはずだ。
 数学も計算は間違っていないから、解き方さえ頭に入れば、すぐに点が取れるようになれるから安心しろ」
「はい、がんばります」

僕がそう言うと、吉泉さんはまたあの破壊力がある笑顔を見せて僕の頭を軽く撫でた。

「よし、やる気があっていいぞ。
 それではまず、この問題だが……」

そうして吉泉さんは中間テストで僕が間違ったところを順番に教えてくれたのだが、自分でいうだけあってその教え方は本当にわかりやすかった。
僕が授業でわからないまま曖昧にしてたところを見つけて、それをかみ砕いて説明してくれたおかげで、僕はテストでは間違っていた問題を自力で解けるようになった。

「よし、ちゃんと出来てるな。
 がんばったから一回休憩にしようか。
 コーヒーおかわり入れるから」
「あ、僕やります」
「いいよ、慣れてるから。
 それに俺としてはちょっとでも点数稼いでおきたいしな」

吉泉さんはそう言ってちょっと笑うと、コーヒーを入れるために席を立った。

点数なんて、さっきからずっと稼ぎっぱなしなのにな。

優しくて、勉強の教え方が上手くて、笑顔が素敵な吉泉さん。
吉泉さんは僕が会長になったらずっと勉強を教えてくれるというし、それにこの人が支えてくれるのなら、僕にとっては無謀な生徒会長という役割もなんとかこなせそうな気がする。
他の生徒会役員や生徒会長の仕事のことはまだわからないけど、正直もう、吉泉さんが副会長というだけで生徒会長を受けてもいいんじゃないかという気になりつつある。

……あ、いや、っていうか笑顔は関係ないし。

コーヒーを入れて戻って来た吉泉さんが僕の顔を見て微笑んだのを見て、僕は自分が無意識のうちに吉泉さんの笑顔を理由の一つに入れていたことに気付き、なんだか無性に恥ずかしくなった。
ぼそぼそと礼を言って吉泉さんからコーヒーを受け取って、ちびちびと飲み始めたが、なぜだか吉泉さんはそんな僕をじっと見つめていて、僕はだんだん落ち着かなくなってきた。

「あ、あの吉泉さん、なんでそんなにじっと見て……」
「ん? ああ、いや。
 こんなふうに君がいつも生徒会室にいてくれたら、毎日が楽しいだろうなと思ってね」
「えっ……」

そ、その口説き方ってなんかおかしくないですか?!
それって副会長が生徒会長候補を口説くセリフというよりは、ドラマや映画でよく見る男が女を口説くセリフのような……。

セリフだけじゃなく、吉泉さんの顔つきも何だかおかしい。
さっきの笑顔でも優しい顔でも、厳しい顔つきでもなく、例えて言うならまるでライオンが獲物を狙っているような顔。

そんなことを考えてしまった途端、僕は自分のあまりの自意識過剰さに恥ずかしくなって、体がかっと熱くなるのを感じた。

いや、おかしいから!
僕は男なんだから、女みたいに吉泉さんに口説かれるとかないから!
獲物的な意味で狙われるとかないから!

自分のばかげた考えを追い出し、熱くなった体を冷ましてしまおうと、僕はぬるくなった残りのコーヒーを一気に飲んだ。
そうするとどうしたわけか、僕の体はなおいっそう熱くなり、心臓がドキドキしてクラクラめまいがしてきてしまった。

「平井、どうした。
 顔が赤いぞ」
「なんか熱くて……」

僕がそう言うと、吉泉さんは僕の額に手のひらを当てた。
その大きな手はひんやりと冷たかったのに、なぜかその途端にまた体温が上がった気がする。

「これは大変だ。熱があるぞ。
 この奥が仮眠室になっているから、ちょっと横になった方がいい」

そう言った吉泉さんの口調は、慌てているわけでも心配そうでもなく、なぜか奇妙に棒読みだった。
なぜ、とその顔を見ると、吉泉さんはさっきと同じ、獲物を狙うライオンのような顔つきをしていた。

やばい。

わけもわからず、本能的にそう感じた。

「すいません、今日はもう帰ります」

なんとかこの場を離れた方がいいと、そう言って慌てて立ち上がったが、足元がふらついて、あろうことか僕は吉泉さんの方に倒れ込んでしまった。

「おっと」

僕を易々と受け止めてくれた吉泉さんの腕は、見た目からはわからなかったが意外とたくましかった。
そのことに一瞬気を取られたことが命取りになって、気付けば僕は吉泉さんの肩にかつぎ上げられていた。

「お、下ろしてください!」
「そんなにふらついているのに、何を言っているんだ。
 いいからちゃんとつかまってろ」

そう言いながら吉泉さんは奥に見えたドアへと向かってずんずん歩いていった。
そして僕をかついだまま、ポケットから器用に取り出した鍵でドアを開けた。

「何、この部屋!」
「仮眠室だ」

吉泉さんは淡々とそう言ったが、吉泉さんの肩にかつがれて入った部屋は、とてもじゃないが仮眠室には見えない。
だいたい仮眠室なのに、置いてあるベッドが豪華なダブルベッド一つってどういうことなんだ!

なんだかわからないが、この部屋は絶対まずいと、僕はバタバタと暴れたが、吉泉さんは構わずに部屋のドアと鍵を閉め、暴れる僕をダブルベッドの上に放り出した。

「熱いだろ。
 今、服脱がせてやるから」

吉泉さんは真顔でそう言うと、僕のカッターシャツのボタンに手を伸ばした。
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