脅迫者は優しいご主人様

鳴神楓

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本編

3 ホテル

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もはや男の言うことを聞くしかない俺は、言われるままに男と無料通話アプリのIDを交換した。
男の登録名は『マスター』となっている。
確かに目の前の男はきちんとした服に着替えれば、静かなバーや喫茶店のマスターでもやっているのが似合いそうな雰囲気ではあるが、もしそうだったら肩書きだけではなく店名も入っていそうなものだから、単なるニックネームなのかもしれない。

「それでは、また連絡します。
 それとも駅まで送りましょうか?」
「いい。1人で帰れる」

内心、脅迫者に送ってもらうバカがどこにいるんだ!と毒づきながら、そっけなく答えると、男は「では、気をつけて」と言ってトイレの個室を出ていった。
このままここにいて、別の変なやつに絡まれてはたまらないと、俺も慌てて外に出て、さっきの男や他のやつにつけられていないか気をつけながら、最寄りの駅に向かった。

——————————————

数日後、『マスター』から呼び出しがあった。
平日の午後、この前の公園からは離れた駅を指定されたので、しぶしぶ時間丁度につくように待ち合わせ場所に行くと、男はすでに待っていた。

俺の姿を見つけた男は、爽やかな笑顔で軽く手を挙げる。
その様子は、とても脅迫者だとは思えないほどのイケメンっぷりだ。
この前は夜だったし気が動転していたから、男のことをしっかり見ていなかったけれど、こうして改めて見ると、高い身長も整った上品な顔立ちもシンプルだが上質そうな服も、どれをとっても嫌味なくらいにイイ男だ。
全くこいつは、金にも女にも(男にも)不自由しそうもないのに、なんで俺みたいな高校生相手に脅迫なんかやるのかと不思議で仕方がない。

「行きましょうか」

男の言葉に黙ってうなづくと、俺は男の後について行った。
この辺りにはほとんど来たことがないが、どうやらオフィス街らしい。
しばらく歩いて、少し古い小さめの雑居ビルが増えてきた辺りで、男はその中のビルの1つに入って行った。

あれ? ここ普通のビルだよな?

男が入って行ったビルは、1階は不動産屋になっていて、それより上の階も入り口のプレートを見たところ、会社っぽい名前が並んでいるだけだ。

てっきり男の自宅かホテルにでも連れ込まれるとばかり思っていたのに、いったいこんなところでどうするつもりなんだろうと不思議に思っていると、男は廊下を進んだ奥の「関係者以外立入禁止」と書かれたドアの横の機械にカードを通してドアを開けた。

「さあ、入って」

男に背中を押されて中に入ると、驚いたことに、中にはホテルの入り口にあるようなカウンターがあって、きちんとスーツを着た男性が立っていた。

「いらっしゃいませ」

出迎えたスーツの男性に、男はさっきドアを開けるのに使ったカードを渡した。

「本日は601号室になります。
 それと、こちらも出来上がっておりますので」
「うん、ありがとう」

男は受付の男性からカードと封筒を受け取ると、俺をうながしてエレベーターに乗った。

「ここ、ホテルなのか?」

エレベーターの中で尋ねてみると、男は「そうですよ」と答えた。

「会員制だから色々と便利なんですよ。
 入り口がああだから、君みたいな未成年と一緒に入っても差し支えないし」

確かに大人と高校生が普通のラブホに入るところを見られたら淫行で捕まりかねないが、こんなビルなら2人で入ったところを見られても何とでも言い訳できるだろう。

て言うかこいつ、こんなホテルの会員になるくらい未成年とヤりまくってんのかよ。
どんな変態だよ。

俺が呆れているうちに、エレベーターは6階についた。
男はカードキーでドアを開けると、俺に先に入るようにうながす。
部屋の中に入った俺は、奥に続く部屋を見て固まってしまった。

「なんだよ、これ……」

広めの部屋の中央には、天井から丈夫そうな鎖が垂れ下がっている。
壁にかかっているのは、様々な形の鞭だ。
ラブホサイズの大きなベッドにも、鎖のついた手枷足枷がついている。
その他にも、どうやって使うのか想像もしたくないような変な形のイスや台まで置いてある。

部屋の様子の異様さに思わず後ずさりすると、後ろに立っていた男にぶつかった。
思わず振り返ると、男は楽しそうに笑っていた。

……『マスター』って、そういう意味かよ!

この部屋を見て、俺は男の通話アプリの登録名の意味をようやく理解する。
『マスター』というのは店の主人という意味ではなく、奴隷とか犬とか呼ばれて喜ぶような、M趣味の人間の『主人』という意味だったのだ。
このホテルが会員制で入り口をカムフラージュしてあるのも、こんな特殊な趣味の人間向けのホテルだからだろう。


「さあ、こんなところで突っ立ってないで入って」

楽しそうな様子の男に背中を押され、部屋の中に入る。
男は異様なものであふれている部屋の中ではまともな家具である、ホテルによくあるような肘掛のある1人用の椅子に座り、俺にもその90度横に配置された椅子を勧めた。

「SMは初めてですか?」
「初めてに決まってんだろ」

だいたい、セックス自体、この前こいつに公園で犯されたのが初めてだったのだ。
当然、SMなんてアブノーマルなことの経験があるはずもない。

「そうでしょうね。
 それじゃあ、最初に幾つか説明させてもらいますね」

SMなんてやりたくないが、俺に拒否権はない。
仕方がないので、俺はおとなしくうなづいておく。

「まず、お互いの役割だけれど、私がSで君がMです。
 これはわかりますね?」

まあ、通話アプリの名前からしても、それは当然だろう。

「プレイの最中は、君は私のことを『ご主人様』と呼ぶこと。
 そして当然のことだけれど、私のことを自分のご主人様として扱うこと。
 具体的には、命令には服従するとか、敬語を使うとかいったことですね。
 あとは、プレイの間だけでいいですから、自分のことは『僕』と言うこと」
「は? 僕? なんで?」
「君にはその方が似合うから」
「……似合わねーよ」

俺がぶすっとしてそう言うと、男は少し笑った。

「そうですか?
 では、その方が私の趣味に合うから、ということにしておきましょうか。
 あとは……、ああ、そうだ。セーフワードを決めておかないといけませんね。
 セーフワードというのは、もしもプレイの最中にどうしても無理だと思った時に、それを相手に伝えるための合言葉のようなものなんです。
 ……そうですね、『ストップ』というのをセーフワードにしましょうか。
 これは、肉体的に無理だと思った時でも、精神的に無理だと思った時でも使ってくれてかまいません」
「そんなもん、必要あるのかよ。
 脅迫してんだから、好き勝手にやればいいだろ」
「まあ、それはそうなのですけれどね。
 けれども、私は君にプレイに付き合うことを強要はするけれども、プレイそれ自体はルールを守って行うつもりでいますので」
「は? 意味わかんねーよ。
 相手を痛めつけて喜ぶようなセックスにルールもくそもないだろ」

「ああ、まあSMをよく知らない人からしたら、そういう認識なのかもしれませんね。
 けれどね、ただ痛めつけているだけのように見えても、私達には私達なりの美学があるのです。
 まあ、そのあたりはプレイの中でおいおい教えていきますから、とりあえず今のところはセーフワードのことだけ覚えておいてくれればいいです」
「……わかった」
「ああ、それと、もし気になっても、SMのことについてネットで調べたりしないでくださいね。
 中途半端に間違った知識を仕入れて変な癖をつけて欲しくありませんので。
 もし気になることがあったら、私に直接聞くようにしてください」
「心配しなくても、わざわざ調べたりしねーよ。
 好きでSMなんてやるわけじゃないんだから」

俺がふてくされながらそう言うと、男はちょっと笑った。

「そうでしたね。
 ではそろそろ、その好きでもないSMに付き合ってもらうことにしましょうか」
 
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