3 / 3
市倉 聖晴
2.
しおりを挟む
愛子の甲高い悲鳴がスタジオ内に響き渡って、周りの人間達の耳へ突き刺さった。これを聞いたスタッフ達は今になってやっと、まるで幻想を見せられている気分でいたのが、目の前で繰り広げられているものが現実だと知る。
「救急車を呼べ!」
「ここにお医者さんは居ますか!?」
ざわつく観客達、慌てるアナウンサーと司会者の二人、悲鳴を上げながら謝罪を繰り返す愛子──それを黙らせたのは、
「──皆さん、お騒がせしました」
ハスキーボイスの掠れた声をマイクが拾い、その声がスタジオ内で響いた。そして、耳にイヤホンを差す司会者二人の耳に直で届き、声に酔いしれてしまって同時に二人して吐息を漏らす。
蹲っていた聖晴が、何事もなかったかのように立ち上がる。スーツの衿を正し、ズレたネクタイを戻し、乱れた前髪を後ろに撫でつける。そのシーンが、一枚の絵画のようだ。
「霊に身体を貸したら身体に負担がかかってしまうんです。もう何ともないですから、皆さんお騒がせしてしまい申し訳ありませんでした」
調子を取り戻したのか、聖晴の声は穏やかな声音に戻っていた。それでも、声が良いのには変わりなく耳にイヤホンを差したスタッフ達は聖晴の魅力がある声を聞く度に、ほぅ、と息を吐いてしまうのだ。
「愛子さん、驚かせてしまってすみませんでした」
ポカンと口を開けたまま、聖晴を見上げ腰を抜かしてしまった愛子に聖晴は手を差し伸べる。
愛子は戸惑いながらも聖晴の手を取って、フラフラと立ち上がった。
「もしかして、お祖父様は……?」
聖晴は深い息を吐いて、胸を押さえながら愛子を見た。
「そうです、心筋梗塞で亡くなりました」
「道理で、胸が苦しくなったんですね。合点がいきました」
そう言って、納得したように頷くと聖晴は笑った。
愛子がそれを見つめたまま、生気がない顔色で、
「おじいちゃんは、私を恨んでますよね」
それを聞いた聖晴の表情が強張る。そして、ゆっくりと首を振って愛子の言葉を否定した。
「愛子さん。さっき彼が言った言葉は全て真実です。彼が私の身体に入っている時に全て聞いていましたが、彼は貴女を恨んでなんていない。むしろ貴女が素敵な男性と出会って結婚をして、お子さんもできて幸せに暮らしている事を喜んでいらっしゃいます」
「ど、どうしてそれを……」
聖晴が知るはずもない情報が彼の口から出て、愛子は震えた──彼は、やっぱり本物だ。
「愛子さん」
「はい」
愛子が聖晴を見つめるその目は、彼に心酔しきっていた。熱が籠った目はまるで、愛しい恋人を見るかのようだった。
視線が絡み合っている、聖晴は後光が差したかのように眩しい。それは本当のところ天井にぶら下がった照明の効果がそうさせてしまっているのである。しかし愛子の近くに座る観客達は後に語る。
『まるで神様のようだった』──と。
聖晴が愛子の両手を包み込んだ。
「私に届いた声を貴女に届けます。聞いて下さりますか?」
「勿論です」
聖晴は愛子の耳元に近付いた。誰にも聞こえないようにマイクの電源をこっそりオフにする。愛子のマイクも本人に気付かれないようにオフにした。
そして、聖晴は愛子にだけ聞こえる声量で囁いた。それを聞いた愛子の目が大きく見開いていく。
聖晴は愛子の耳元から離れ、瞠目したまま、胸の前で祈るように両手を結ぶ愛子を見る。
愛子は深呼吸を繰り返してから、震える声で聖晴に問うた。
「もしや、聖晴様は神様なのでしょうか?」
そう言った愛子の目を見て、聖晴は笑った。
淫靡で、妖艶で……でも、どこか影のある寂しさが見え隠れするような──綺麗な顔だった。
「私は神様ではありません。ただ神へ近付きたいと思っている──私は神様になりたい、本気でそう思っている、憐れな男なのです」
「救急車を呼べ!」
「ここにお医者さんは居ますか!?」
ざわつく観客達、慌てるアナウンサーと司会者の二人、悲鳴を上げながら謝罪を繰り返す愛子──それを黙らせたのは、
「──皆さん、お騒がせしました」
ハスキーボイスの掠れた声をマイクが拾い、その声がスタジオ内で響いた。そして、耳にイヤホンを差す司会者二人の耳に直で届き、声に酔いしれてしまって同時に二人して吐息を漏らす。
蹲っていた聖晴が、何事もなかったかのように立ち上がる。スーツの衿を正し、ズレたネクタイを戻し、乱れた前髪を後ろに撫でつける。そのシーンが、一枚の絵画のようだ。
「霊に身体を貸したら身体に負担がかかってしまうんです。もう何ともないですから、皆さんお騒がせしてしまい申し訳ありませんでした」
調子を取り戻したのか、聖晴の声は穏やかな声音に戻っていた。それでも、声が良いのには変わりなく耳にイヤホンを差したスタッフ達は聖晴の魅力がある声を聞く度に、ほぅ、と息を吐いてしまうのだ。
「愛子さん、驚かせてしまってすみませんでした」
ポカンと口を開けたまま、聖晴を見上げ腰を抜かしてしまった愛子に聖晴は手を差し伸べる。
愛子は戸惑いながらも聖晴の手を取って、フラフラと立ち上がった。
「もしかして、お祖父様は……?」
聖晴は深い息を吐いて、胸を押さえながら愛子を見た。
「そうです、心筋梗塞で亡くなりました」
「道理で、胸が苦しくなったんですね。合点がいきました」
そう言って、納得したように頷くと聖晴は笑った。
愛子がそれを見つめたまま、生気がない顔色で、
「おじいちゃんは、私を恨んでますよね」
それを聞いた聖晴の表情が強張る。そして、ゆっくりと首を振って愛子の言葉を否定した。
「愛子さん。さっき彼が言った言葉は全て真実です。彼が私の身体に入っている時に全て聞いていましたが、彼は貴女を恨んでなんていない。むしろ貴女が素敵な男性と出会って結婚をして、お子さんもできて幸せに暮らしている事を喜んでいらっしゃいます」
「ど、どうしてそれを……」
聖晴が知るはずもない情報が彼の口から出て、愛子は震えた──彼は、やっぱり本物だ。
「愛子さん」
「はい」
愛子が聖晴を見つめるその目は、彼に心酔しきっていた。熱が籠った目はまるで、愛しい恋人を見るかのようだった。
視線が絡み合っている、聖晴は後光が差したかのように眩しい。それは本当のところ天井にぶら下がった照明の効果がそうさせてしまっているのである。しかし愛子の近くに座る観客達は後に語る。
『まるで神様のようだった』──と。
聖晴が愛子の両手を包み込んだ。
「私に届いた声を貴女に届けます。聞いて下さりますか?」
「勿論です」
聖晴は愛子の耳元に近付いた。誰にも聞こえないようにマイクの電源をこっそりオフにする。愛子のマイクも本人に気付かれないようにオフにした。
そして、聖晴は愛子にだけ聞こえる声量で囁いた。それを聞いた愛子の目が大きく見開いていく。
聖晴は愛子の耳元から離れ、瞠目したまま、胸の前で祈るように両手を結ぶ愛子を見る。
愛子は深呼吸を繰り返してから、震える声で聖晴に問うた。
「もしや、聖晴様は神様なのでしょうか?」
そう言った愛子の目を見て、聖晴は笑った。
淫靡で、妖艶で……でも、どこか影のある寂しさが見え隠れするような──綺麗な顔だった。
「私は神様ではありません。ただ神へ近付きたいと思っている──私は神様になりたい、本気でそう思っている、憐れな男なのです」
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる