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二章 立志

閑話

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「へえ、ピットアインでギルド設立ねえ……」

 シンディは折り畳まれていた手紙を開き、一通り読み終えるとフッと鼻で笑った。
 言うまでもなく、ジルからの近況報告である。

「個性が強い連中だからねぇ、組合でうまくやって行けるか心配だったんだが……まさか組合の商売敵になっちまうとは。ははは!」

 チューヤ達がミナルディへと旅立ってから、心の底から笑えたのは初めてだったかも知れない。
 彼等が国外へ脱出する原因となったあの事件の後、シンディ自ら禍根となる伯爵家を潰した。
 チューヤ達に非がないにもかかわらず、私兵や盗賊を動かして暗殺紛いの事をする。決して許される事ではないが、国に裁きを任せておくと、軽いお咎め程度で済んでしまうのが貴族というものだ。
 それでは例え国外に脱出したとしても、彼等に危害が及ぶ危険はあるし、何よりも国内に残っているカール、スージィ、マリアンヌの家族が危ない。
 それを事前に食い止めるために、シンディはデヴィッド教官諸共、彼の伯爵家を潰したのだ。勿論、デヴィッドの悪行の数々の証拠は揃えており、国を相手に喧嘩する覚悟は出来ている。それでもまだグダグダと言ってくるようであれば。

「そうですか。仕方ありませんね。出奔します」

 シンディの行為はやりすぎだの、裁定は国の然るべき機関に任せるべきだなどとねちっこく小言を言われた挙句にシンディの事まで罪に問おうとした、事情聴取を行っていた高位の役人に向かって言い放った言葉である。
 その一言で役人は顔色を失った。何しろスクーデリア王国最強と言われる『殲滅』が、他国へ流出するというのだ。中立国ならまだしも、敵国へ出奔されでもしたら……
 それに、このシンディという人間はやると言ったらやる。実際にやらかした上級貴族を一家丸ごと消し炭にしたが故に、こうして事情聴取しているのだ。

 結局、その場は役人が折れて、シンディもチューヤ達も無罪という事になった。役人が自分の判断で最強戦力を流出させるという責任を負いたくなかったが故だ。
 しかし、そういった面子やプライドを潰された者の恨みが消え去る訳でもなく、報復の機会を窺っている。
 シンディもそれが分かっているから、国内に残る家族達を守る為に尽力していた。しかし、最近になってきな臭い噂が流れ始めていた。

「教官、ちらっと小耳に挟んだんすけど……」

 養成学校での休み時間、そう言って話しかけてきたのは『脳筋クラス』の生徒だった。

「ウチの親父、街で酒場をやってるんすよ。そこで酔っぱらった憲兵達が……」

 その生徒の話を要約すると、養成学校を退学になった生徒の家族を近いうちに拘束する作戦が計画されているらしい。向こうとしてもシンディの息が掛かっているのが承知している為、念入りに作戦を練っているようだ。
 誰の差し金かまでは分からないが、そこまでする以上、カールの両親に対しても動きがあるはずだ。

「それってやっぱり、スージィやマリアンヌの事っすよね?」
「ん? さあな。まあ、お前は心配しないで訓練に励みな。午後も厳しくいくぞ?」

 表面上は明るくそう返したものの、シンディは次の一手に向けて行動を移そうとしていた。
 
(ま、遅かれ早かれ、こうなるのは仕方なかったからな)

 シンディはその夜、とある人物と接触を持った。


 
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