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参
72.悩ましい
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『レベッカ』の盛大な葬儀が行われている頃、コンタ達は既にアーガイルを出発しており、街道をソドー目指して進んでいた。
突然のレベッカの死という情報は一時の混乱をもたらし、あまつさえ『別人カフス』で少年の姿になっているレベッカ改めベックの事など気に留める者もいない。コンタ達の作戦は大成功という訳だ。
「あとは、後任の領主が良い方だといいんだけどなぁ……」
口調まで少年らしくなっているベックが心配そうにそう呟く。こればかりは王家の匙加減なので何とも言えないが、ギャリソンに話を聞く限りは王様とやらも完全な悪ではなさそうだ。なのでコンタと杏子はそれほど心配はしていない。それに、今思えばソドーの前領主の事件の際も、中央の動きは迅速だった。
「まあ、心配しても仕方ねえよ。それよりベックはこれからが大変なんだ。自分の心配しとけ」
「あうぅ……」
まずはベックをハンターとして登録しなければならない。だがそこで問題がある。本来は少女であるベックをこのまま男として登録した場合、後々問題にならないか、という事だ。
登録自体は問題はない。地上世界のように戸籍や住民票といったものがないので出自を問われる事がないからだ。むしろハンター登録自体が身分証明になる。
それよりも、この先の長い人生を男として生きていけるのか、という事の方が心配だった。
「まあ、そのあたりはソドーに着いてから考えるか」
「ん」
今ここで性急に決められる問題でもなさそうだし、ソドーに行けばマーリ達もいる。それに最悪の場合、ソドーの領主代行をしているマーリの兄貴、ガークに庇護を求める事も出来るかもしれない。そう考えたコンタ達は、とりあえず問題を先延ばしにした。
「あのう、俺達は?」
コンタと同行しているのは杏子の他にベック、そしていつも車椅子を押していた侍女。名前はヴァージニアというらしい。そして護衛という名目で連れてきた、ガイア、オルテガ、マッシュの三人である。
「魔物が襲ってきた時の、肉の盾」
「「「ええ……」」」
真顔でそう言う杏子に、ガイア達三人は分かりやすく落胆した。杏子の表情からは、本気か冗談か読み取れないのだ。
「お前ら、そういう反応するからコイツが喜ぶんだよ」
「んふ」
「なんでお前は嬉しそうなんだよ」
そんなコンタと杏子のいつものやり取りは、ベックのこの先の漠然とした不安を消し去っていることを彼らは気付いていない。クスクスと笑うベックとそれを温かく見守るヴァージニア。
実際のところ、大勢の賊や魔物に遭遇した場合、戦えないベックやヴァージニアを守る存在としては存在意義がある三人だ。杏子の『肉の盾』というのもあながち間違ってはいないところが質が悪い。
そうして歩いているうちに、中空に輝く疑似太陽はその色をオレンジ色に染めていく。それが徐々に光を弱め、月明かりとなるのがこの地底世界。
「旦那、そろそろ野営する場所を決めましょうや」
ガイアがそう提案してくる。ここから急いでも、明るいうちにソドーに着くのは無理だし、付近に宿がありそうな集落もない。
「すみません……ボクの足に合わせてもらったから、ですよね?」
ベックが申し訳なさそうにそう言う。
「まあ、つい数日前まで車椅子だったんだし、ここまで弱音を吐かずに歩いてきただけでも大したもんだって」
「そうそう」
コンタがそんなベックを気遣う言葉をかけ、杏子は自分よりやや低い身長のベックの頭をぽふぽふと優しくたたいた。
「あっ……うふふ。キョーコ姉さん、ありがとう」
「キョーコ姉さん……うむ。よいなそれ」
そんなベックが頬を染めながら杏子を上目遣いで見た。見た目は活発そうな美少年だが、見ようによってはボーイッシュな美少女にも見える。その中性的な魅力は、男女問わず様々な方面の嗜好の人間が寄って来そうな危険な魅力を孕んでいるように思えた。
「おい……」
「ああ……」
その様子を見ていたオルテガとマッシュがなにやらヒソヒソ話をしているかと思えば、そこに加わっていたガイアがコンタに向かってやってくる。
「旦那……」
「ああ、こりゃちょっと野放しにはできねえな」
ガイアが皆まで言わずともコンタも分かっていた。紅顔の美少年として見るか、羞恥に頬を染める美少女と見るか。いずれにしても、周囲が放っておかないのは間違いない。
多くの人間と接触するという事は、『別人カフス』で変身しているベックの不自然さに気付かれる危険性も多くなる。
キョーコ姉さんキョーコ姉さんと、まるで本当の姉に懐いているかのようなベックを見ながら、コンタは頭を悩ませていた。
突然のレベッカの死という情報は一時の混乱をもたらし、あまつさえ『別人カフス』で少年の姿になっているレベッカ改めベックの事など気に留める者もいない。コンタ達の作戦は大成功という訳だ。
「あとは、後任の領主が良い方だといいんだけどなぁ……」
口調まで少年らしくなっているベックが心配そうにそう呟く。こればかりは王家の匙加減なので何とも言えないが、ギャリソンに話を聞く限りは王様とやらも完全な悪ではなさそうだ。なのでコンタと杏子はそれほど心配はしていない。それに、今思えばソドーの前領主の事件の際も、中央の動きは迅速だった。
「まあ、心配しても仕方ねえよ。それよりベックはこれからが大変なんだ。自分の心配しとけ」
「あうぅ……」
まずはベックをハンターとして登録しなければならない。だがそこで問題がある。本来は少女であるベックをこのまま男として登録した場合、後々問題にならないか、という事だ。
登録自体は問題はない。地上世界のように戸籍や住民票といったものがないので出自を問われる事がないからだ。むしろハンター登録自体が身分証明になる。
それよりも、この先の長い人生を男として生きていけるのか、という事の方が心配だった。
「まあ、そのあたりはソドーに着いてから考えるか」
「ん」
今ここで性急に決められる問題でもなさそうだし、ソドーに行けばマーリ達もいる。それに最悪の場合、ソドーの領主代行をしているマーリの兄貴、ガークに庇護を求める事も出来るかもしれない。そう考えたコンタ達は、とりあえず問題を先延ばしにした。
「あのう、俺達は?」
コンタと同行しているのは杏子の他にベック、そしていつも車椅子を押していた侍女。名前はヴァージニアというらしい。そして護衛という名目で連れてきた、ガイア、オルテガ、マッシュの三人である。
「魔物が襲ってきた時の、肉の盾」
「「「ええ……」」」
真顔でそう言う杏子に、ガイア達三人は分かりやすく落胆した。杏子の表情からは、本気か冗談か読み取れないのだ。
「お前ら、そういう反応するからコイツが喜ぶんだよ」
「んふ」
「なんでお前は嬉しそうなんだよ」
そんなコンタと杏子のいつものやり取りは、ベックのこの先の漠然とした不安を消し去っていることを彼らは気付いていない。クスクスと笑うベックとそれを温かく見守るヴァージニア。
実際のところ、大勢の賊や魔物に遭遇した場合、戦えないベックやヴァージニアを守る存在としては存在意義がある三人だ。杏子の『肉の盾』というのもあながち間違ってはいないところが質が悪い。
そうして歩いているうちに、中空に輝く疑似太陽はその色をオレンジ色に染めていく。それが徐々に光を弱め、月明かりとなるのがこの地底世界。
「旦那、そろそろ野営する場所を決めましょうや」
ガイアがそう提案してくる。ここから急いでも、明るいうちにソドーに着くのは無理だし、付近に宿がありそうな集落もない。
「すみません……ボクの足に合わせてもらったから、ですよね?」
ベックが申し訳なさそうにそう言う。
「まあ、つい数日前まで車椅子だったんだし、ここまで弱音を吐かずに歩いてきただけでも大したもんだって」
「そうそう」
コンタがそんなベックを気遣う言葉をかけ、杏子は自分よりやや低い身長のベックの頭をぽふぽふと優しくたたいた。
「あっ……うふふ。キョーコ姉さん、ありがとう」
「キョーコ姉さん……うむ。よいなそれ」
そんなベックが頬を染めながら杏子を上目遣いで見た。見た目は活発そうな美少年だが、見ようによってはボーイッシュな美少女にも見える。その中性的な魅力は、男女問わず様々な方面の嗜好の人間が寄って来そうな危険な魅力を孕んでいるように思えた。
「おい……」
「ああ……」
その様子を見ていたオルテガとマッシュがなにやらヒソヒソ話をしているかと思えば、そこに加わっていたガイアがコンタに向かってやってくる。
「旦那……」
「ああ、こりゃちょっと野放しにはできねえな」
ガイアが皆まで言わずともコンタも分かっていた。紅顔の美少年として見るか、羞恥に頬を染める美少女と見るか。いずれにしても、周囲が放っておかないのは間違いない。
多くの人間と接触するという事は、『別人カフス』で変身しているベックの不自然さに気付かれる危険性も多くなる。
キョーコ姉さんキョーコ姉さんと、まるで本当の姉に懐いているかのようなベックを見ながら、コンタは頭を悩ませていた。
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