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7話 今更だって、思うでしょ?
「……げ」
反射的に間抜けな声が出てしまったが、仕方がない。
そこに立っていたのは、よりによって『辺境伯様』だったのだから。
きれいな二度見をして、視線を逸らす。
僕は営業中の札を掲げながら、そっと見なかったことにしようとドアを閉めようとした。
その隙間にガッと足をねじ込まれる。
ものすごい反射神経。
さすがは現役の騎士。反応速度が恐ろしいほど速い。
隙間に手を入れこじ開けようとしてくる。
ドアを開けようとする彼。閉めようとする僕。
小さな店先で、静かで必死な攻防が始まる。
「すまない。少し話ができないだろうか」
「話すことなど何もございません。錬金術師に御用があるなら協会へどうぞ」
「錬金術師ではなく、君自身に話があるのだ」
「僕はありませんね」
ドアは一定の距離からピクリとも動かない。
確かに体格は向こうがいい。だが、あいにく僕は肉体強化魔法が使える!
向こうの筋肉が木を軋ませ、僕が肉体強化で引っ張っているドアノブが悲鳴を上げる。
お互い一歩も引かぬ攻防に汗が額に滲む。
だが、僕はまだ力の半分も出していない。この勝負、負ける気がしない!
さらに体を魔法で強化しようとしたその時。
後ろから頭を軽くはたかれた。
「こら、ボウズ。何やってんだ。ドアが壊れる」
「トムさん痛い!」
「外に客がいるんだろう? 何やってる」
「招かざるお客さんなの!」
「客に招くも招かんもあるか。ほら、開けなさい」
「はぁい……」
渋々力を緩めると、外でホッと息をつく気配がした。
それだけで、苛立ちが胸に溜まる。
「店主、すまない」
「りょ、領主様!?」
入ってきた男の顔を見て、トムさんが腰を抜かしそうになる。
慌てて支えながら、僕は心の中で毒づいた。
おのれ、トムさんを驚かすとは罪深い。
「……そう睨むな。いや、俺が全部悪いんだが」
少し影を落とした申し訳なさそうな顔。昨日も見たけれど、今はまた違う。
新しい表情をみるたび、顔を上げることもなかったあの時を思い出し胸がチクチクと痛む。
「ボウズとお知り合いで?」
「ああ、少しな。すまない、少し話をさせてもらえないだろうか」
「僕は話すことなんてありません」
顔を背ける。
けれどトムさんがにこやかに、「まあまあ、どうぞ中へ」と奥へ連れて行ってしまった。
裏切り者め。
座っていなさいとリビングのテーブルを示され渋々座ると、辺境伯様に向かい側を勧める。
そうして席に着いたのを確認したトムさんはそれぞれの前にお茶を置く。
一緒にいて欲しいと小声でお願いしたのに、しっかり話せと頭を撫でて出ていってしまった。
裏切り者!
テーブルを挟んでの沈黙。
朝陽の差す生活感丸出しの部屋に、煌びやかなお貴族様はあまりにも場違いだ。
無言の時間。
正直僕には話すことなどない。
要件があるならさっさと言って帰って欲しい。
そんな気持ちを隠さずテーブルを見つめ、暇つぶしに木目を数え始めた。
「あのご老人の言うことは素直に聞くのだな」
217まで数えた頃、声がかかって顔を上げる。
当たり前だ。あんたとトムさんでは信用の度合いが違うからな。
「あの人は、行く当てもなかった僕を拾ってくれた恩人ですから」
「……そうか」
「そうか」という小さな呟きが響きが妙に優しくて、胸の奥を掻きむしられるようだった。
こんな声じゃ、なかったのに。
あの時の彼の声は、まるで冬の刃みたいに冷たかった。
せっかくトムさんがいれてくれた薬草茶が冷めるのがもったいなくて、カップを手に取る。
それを見て彼も真似するように同じ動作をした。
「……うまいな」
「でしょう? この領地の薬草は最高です」
それは偽らざる本音。
「そうか、それは嬉しいな」
その柔らかい笑みがまた、厄介だ。
僕を見つめる柔らかい表情。昨日も見たけれど、今はまた違う。
その穏やかな表情を見ていると、初めて会ったあの日の冷たい態度が蘇り、苛立ちが蘇る。
どうして今さら、そんな顔をするんだって余計に腹が立つ。
最初にいらないって判断したならその態度を貫け。
有用になったから手の平を返すってことか? これだから貴族様は!
自分も貴族だがそれは棚に上げておく。
なにせ僕は根っからの庶民だからね。
「それで? お付きの方も連れずに、朝早くから人の家に押しかけて、何のご用ですか?」
本来なら不敬罪まっしぐらの発言。でも構わない。
どうせ正面から向き合う機会なんてこれが最後だ。
全部言ってやる!
「アッシュ・クロイツ男爵子息」
名前を呼ばれて、口元がわずかに動いた。
「僕をご存じだったんですね」
少し笑みを浮かべて皮肉を返す。
「すまなかった。昨日、側近のナイアに言われて思い出した。婚約者がいたことを、忘れていたんだ」
「でしょうねぇ」
苦笑すら出なかった。
しばらくの沈黙が落ちた。心の奥で何かがひとつ、音を立てて崩れた気がした。
結局その程度の存在だったのか、と。
やさぐれた気持ちが溢れて止まらない。
「それで、君に冷たく当たったことを謝罪したい」
「必要ありませんよ」
「……それでは!」
僕の言葉を勘違いしたのか、ぱっと顔を明るくした。
そんな都合のいい話があるかよ。
心の中で悪態をつき、その希望を打ち砕くべく口を開く。
「僕を領地にとって有用な錬金術師として認識してくださっているんですよね?」
「ああ、もちろんだ」
「でしたら、僕は錬金術師アッシュとしてこの領地に貢献します。……それだけです」
「……それは」
「あなたの婚約者だったアッシュ・クロイツは、あの日、屋敷を出てもう戻ってきませんでした」
「……」
「ここにいるのは、あなたにいらないと切り捨てられた男と同じ顔をした、ただの錬金術師です」
あなたの婚約者のアッシュ・クロイツはあの日いらないと捨てられて、もういないんだ。
そう言えば、辺境伯様は顔を青褪めさせた。
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