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1章
山吹色
しおりを挟む(うわ。綺麗な瞳…ハーフかな)
志摩がじっと見つめると、不安そうに下を向いた。
前髪は目の下まであり、肩下まである後ろ髪は、変な段差が付いている。
長袖のTシャツはよれよれで、少し黄ばんでいる。
ズボンもくるぶしどころか脛が見えていて、明らかにサイズが合っていない。
爪が伸び、手がかさついて、あかぎれになっている。
(これは…もしかして…もしかしなくても…)
志摩は思わずため息が出た。
(児童虐待…ネグレクトってやつだよなぁ)
ため息で何かを感じ取ったのか、女の子は階段から腰を上げ、小さな声でごめんなさいと言った。
自分が邪魔だと思ったのだろう。
「あ、いや。ごめん。そうじゃなくて」
階段から離れた少女は屋根を失い、頭に雪が積もっていく。
「お母さんは?」
「……」
「じゃあお父さんは?」
「……」
白くなった唇をキュッと結んで、答える気はないようだ。
「…寒いよね?」
少し間があった後、首を横に振った。
(いや寒いでしょ)
19時半は過ぎている。氷点下にはなっていなさそうだが、コートを着ていても寒い。
志摩は自分の指が悴んできたのを感じ、荷物を手に取って立ち上がった。
「お母さんたち帰ってくるまで、私のとこにおいで」
不安そうな目で志摩を見上げ、また目線を落として首を振った。
(近所かな…誰かに助けてもらうと怒られると思ってるのか…でもこのまま放置はなぁ)
「…大丈夫、怒られないよ。私がお母さん来たら話してあげるから。お菓子食べて待ってよう
?」
誘拐犯がよくお菓子で釣るのが分かった気がする。
子供相手に困ったら、お菓子と言ってしまうのが大人なのだ。
…子供の対処が分からない大人だけかも知れないが。
「…でも、外にいないとね、きみがいなくなっちゃったらね、…」
「きみちゃん迷子なの?」
「ちがう」
「お家近いの?」
「すごく遠いとこ」
(置きざり…?これはまた事件性が…というか、寒い!もう私が限界!)
「そっか、じゃあとりあえずあったまったら、お姉さんが探してあげるから、とりあえず…とりあえず中に入ろう?鼻水出てきちゃった」
ニカっと鼻水を垂らして笑うだらしない志摩に、きみは初めてぎこちなく笑った。
部屋に入るなり、買い物袋をキッチンに投げるように置くと、お風呂にお湯をはった。
暖房をつけ、洗濯物からバスタオル2枚を引き抜き、1番小さいTシャツを探した。
その間きみは、バタバタと動く志摩を目で追って、所在なさげに玄関に立っていた。
「…よし!おいで!」
そんなきみを、スーツの下を脱いで半裸状態の志摩は勢いよく持ち上げると、浴室に向かった。
「わぁ…」
きみがバスタブを見て、感嘆の声を上げた。
「どうしたの?」
頭の先から爪先まで汚れていたので、そのまま連れてきていた志摩は、バンザイして、と言いながら興味の先を見る。
山吹色の入浴剤。
浴室いっぱいに広がるその香りは、志摩が小さい頃からある大手メーカーの金木犀の香りの入浴剤である。
「きれいなおふろ…」
「オレンジ色好きなの?」
きみは首を傾げた。
「体洗って早く入ろ!風邪引いちゃう」
志摩は慣れないながらもきみの服を脱がしていく。
そして、やはり、と顔を顰めた。
きみの腕やお腹、太ももに、無数のあざがあった。
(本当に…こんなことって…あるんだな)
志摩は、親に怒られたり叩かれた経験こそあれど、あざになるような‘’虐待‘’は受けたことがない。
‘’ありふれた‘’家庭だった。
‘’ニュースで見るような‘’この子は、志摩にとって衝撃だった。
きみは湯船に気を取られていたが、自分のあざを見られ、志摩が顔を顰めたのを感じ取った。
咄嗟に手で隠し、俯く。
「…きみちゃん」
(こういう時、なんて言ったらいいんだろう…)
少しの間、沈黙が流れる。
(痛い?…じゃない…大丈夫?でもない…多分ちがう…)
志摩は無言で、洗面器にお湯を入れ、ボディーソープを勢いよくプッシュした。
「きみちゃん、見てみて!」
洗面器に泡立てネットを入れ、これでもかというほど高速で手を動かす。
もくもくと泡が溢れ、志摩の体に飛び散った。
ずぶ濡れになったワイシャツと下着を脱ぎ捨て、ドアから脱衣所に投げ捨てると、全裸で仁王立ちになる。
洗面器の泡を体に塗りたくり、自分でも何をやっているのか分からないが、志摩は必死で笑ってみせた。
「あわあわの洋服~!どう?」
「っっ!」
見開かれた大きな瞳からの視線が、志摩に突き刺さる。
(……何やってるんだ私)
「…きみも」
「ん?」
「きみも…していい?」
「…!一緒にあわあわだーーー!」
一通り泡で遊び、洗って、あざ以外に気づいたことがあった。
あざができている割に、細身ではあるがあばらが浮き出るような痩せ方はしていない。
そして、ハーフのようなブルーグレーの瞳。お風呂で血色が良くなって分かったが、相当な美人であった。
いや、美少女か。しかし、何か大人びたような雰囲気があった。
「こっちにも泡、入れちゃおっか」
湯船にも泡を浮かべ、あざが気にならないようにした。
遊べて、笑顔も見れて、一石二鳥でもあった。
「いいにおい…」
ほう、と小さく息をつき、きみは目を閉じた。
「金木犀って言うんだよ」
「きんもくせー…」
「そう、うちの実家にも金木犀の木があるから、懐かしくてつい買っちゃうんだよね~」
「はっぱ?」
志摩は、木、と言われると葉が生い茂った緑のイメージなのだろうと思った。
「お花。木に咲くお花。こういう山吹色っていうか、金木犀色?あんまり聞かないなあ…うーん、オレンジ色?」
「きみ、この色すき」
「そか。よかったよかった」
志摩は、これからどうしよう、と思いながらも、とりあえずきみが笑ってくれた安心感と温まった体に身を任せているうち、睡魔が襲ってきていた。
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