花日

うさぎかめぞう

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花日

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 花日
 
 周りには色鮮やかなネオンテトラが優雅に泳ぐ。水槽に刺す観賞用のライトの光が彼らの美しさを、より一層、引き出している。
 彼らは僕の仲間たち。
 他にも多種多様で美しい熱帯魚たちと暮らしている。僕は彼らの一員だった。彼らは優しく、とても気のいい奴らだ。水槽の中にはポンプの音と共に酸素を含んだ水が巡回し、文字通り悠久の日々が流れた。
 一生、彼らと共に生活していたい、と心から懇願したのは、彼らとの何気ない当たり前の生活が、当たり前ではなくなった時だった。
 
 仲間達の数は次第に減っていき、ついには僕を残して、一匹たりとも残っていなかった。
 僕は独りになった。
 それでも水はいつもと同じように、流れ続け、水面には不揃いに泡が弾けていた。
 
 間もなくして仲間たちと同じ色をした魚がたくさん水槽の中に入ってきた。
 だが、それは彼らと同じ色をしているだけであって彼らではない事は知っている。
以前よりも水槽の中は賑やかなものになった。

だけれど、不思議な事に、数が増えていけば増えていくほど、僕は独りになっていった。
 そして、ついに最近知った事がある。
 どうやら、僕はネオンテトラでもなければ熱帯魚ですらない様だ。
 どうしてかって、僕の体は明らかに他とは違う成長を遂げている。

 大きくなり過ぎた僕は川へと流された。
 
 川の中は少し濁っていて、色は地味だが、水槽の中よりもたくさんの種類の魚がいて、彼らは群れになり、それぞれの生活をしていた。僕はその光景に少しだけ憧れた。

 川には僕と同じくらいの体の大きさで、似た容貌をしている魚達が住んでいた。僕は密かに、彼らに対し仲間意識を感じた。彼らとなら仲間になり、一緒に生活できるかもしれないと密かに期待した。
 僕はそれから毎日、彼らについてまわり、同じ木陰で休憩して、同じものを食べて、毎日釣りに来る少年からも一緒に逃げた。僕は目の前の、幸せの期待に必死に食らいついた。
 だが、彼らは僕を避けた。
 色が違うからだそうだ。
 
 何故なら、毎日釣りに来る少年は色の違う僕を釣ろうとしているからだ。僕がいなければ、釣られる危険性も低くなるだろう。
 巻き添えにはなりたくないのだ。
 そら、そうだ。

 この川は住宅街を割るように流れているこじんまりとした川で近所の人達が川に沿って散歩したりする。
夕焼けの綺麗な日には何人かの人が立ち止まって、水面に映る夕日を眺めたり、写真を撮ったりしている。
そんな光景を見て僕は時折り思うのだ。

彼らは知らないのではないか。と
水面に映る夕日は偽物であるという事を。
水面がどれだけ現実を鮮明に映し出す事ができたとしても、それはただの水面に映った偽物でしかない。川は流れ続けているのだから。
1秒前に映された景色でさえもう流れて無くなったものなのだ。
つまりなにが言いたいか。
同じように昨日と変わり映えなく感じる今日だって、流れてしまえばそれはもう戻らない時間になる。そういう事を彼らは知らない。だから水面に映る偽物に翻弄され心動かされるのだ。
それは


 熱帯魚と同じ水槽で育ったから、ここまで気づかなかったが、僕の体の色は目立つみたいだ。
 だってあんなにキラキラした美しい目で僕を釣ろうとするのだから。きっと、その目に見合うくらい美しいのだろう。
 そして今日も少年がいつものように釣りに来ると、周りの魚達はさっと逃げていく。囮になれよと言わんばかりの濁った目をこちらに向けて。
 もう、僕は逃げない。
 腹が立ったから少年が垂らす釣り針に食らい付いてやった。
 そして僕は釣り上げられた。
 
 僕はバケツに入れられ、家の庭にある小池の中に入れられた。着水する時に水面に反射して映った、僕の姿は自分が思っているよりも、大きく、派手で、美しかった。
 この家にはら少年とその両親、そしておじいさんとおばあさんが住んでいる。
 いつもおじいさんが僕に餌をやりにくる。とても優しそうな人だ。
 そんな変わらない日々が続いていた。
 ある日、一匹の蛙が僕の住む小池を訪ねてきた。かといって、当然僕に用があるわけではない。蛙は小池に入水した。どうやら産卵をするようだ。僕はその蛙の産卵を一瞬たりとも目を離さず、密かに応援していた。しばらくして、産卵を終えた蛙は卵を置いて池から出る前に、疲弊した様子で僕に告げた。
「見守ってくれてありがとう。私はもういくけど、きっとまた会えるよ。優しい鯉さん。子供達をよろしくお願いします。」
 僕はその言葉を受け取った印に、尾びれをはためかせて見せた。
 
 数日もすると卵は孵って中からは、可愛らしいオタマジャクシがたくさん出てきた。
 僕はその光景に大きく感動を受けた。
 これで池の中は僕以外にも魚が増えた。だが、当然仲間にはなれない。そんな事は知っている。
 僕は毎日オタマジャクシの成長を微笑ましく見ていた。ある日には足が生え、だんだんと尻尾も無くなっていった。
 ある夏の日の夜、庭には家族全員が集まっていた。そして空から大きな音が聞こえて、上を向くと空には大きな花火が上がっていた。ほとんど原型のなくなったオタマジャクシも音にビックリして上を向いていた。そして僕と同じように、大きくて真っ暗な夜空に咲き乱れる一輪の花に見惚れていた。
花火は暗い夜の空で花開き、星達と共に街を明るく照らす役目を担っていた。

でも花火はすぐに消えていく。
何度上がっていてもそれは同じ様に開花と同時に散っていく。
まるで星に突き返されたかの様に地上に帰る。
お前はもともと空には居なかっただろう。と


 こんなふうに、大きくて、派手で美しく、そして儚い花火を見て僕は、これだけをただただ思う。
 
 もう、誰もどこにも行かないで
 
 ただそれだけを思うだけ。
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