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涙がこぼれた

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 昨日は早めに寝たから九時間寝ても、まだ朝の六時なのに気分良く目が覚めた。
いつも通りの日課をこなそうと、”ライト”の魔法を手の平に掛けて身を起こしかけたところで、突然手首を掴まれて心臓が飛び出るんじゃないかってくらいビックリした。

「おはよ、アイラ」
「お、おひゃよ」

 半分寝ぼけた表情で幸せそうにレイちゃんは微笑む。こっそりといた、ファンの子が見たら卒倒しそうな甘ったるい表情に心臓が跳ねる。咄嗟に返した「おはよう」の返事はビックリしすぎてて、ちょっと舌を噛んでしまった。

「六時かぁ……私も起きよ……」
「え? もうちょっと寝てた方がいいんじゃないの?」

 起き上がって軽く伸びをすると、レイちゃんは大きな欠伸をしながら頷く。
レイちゃん夜の間にも暖房用の魔法を掛けてくれているから、まとまって眠れる時間が短い。そのくせ、夜遅くまで作業してたりするもんだから、起きてくるのが遅いんだよね。
この時間はいつもならまだ寝てる時間なのに……

「昨日の夜ね、”火魔法”のレベルが上って新しい魔法が使えるようになったからへーき」
「新しい魔法?」
「”ヒート”って言うやつで、床暖房が可能になりました。しかも、持続時間が長いエコ仕様!」

 いつも、どっちかというとぼんやりしてるのに、珍しくレイちゃんの鼻息が荒い。
でもまあ、持続時間が長い暖房魔法が手に入ったんだったら、その気持もわからなくもない。平気そうな顔はしてたけど、やっぱり疲れてたんだなぁ……

「あたし、今から少しお風呂に入ったあとで畑仕事してくるけど、レイちゃんは何するの?」
「それじゃ、戻ってくるまでの間にご飯を用意しとく。――ああ、明かりと床暖房を先にかけて歩かないとね」

 寝室から這い出して魔法をかけて歩きはじめるレイちゃんは、いつも以上に上機嫌。何でだろうと首を傾げてから、ポンと手を打つ。
小松菜! 朝一で収穫できるって話してあったわ。
チョッパヤで畑仕事を終わらせて、収穫品を渡してあげないと。
あたしは、回復しきっていない魔力を補うために大急ぎでお風呂に入ってから、すぐに畑に向かう。それにしても、”水魔法”がレベル3になって覚えた”ドライ”は本当に便利。濡れた体も髪も、洗濯物だったあっという間に乾くんだもの。
ちょっとだけ、朝の畑仕事は憂鬱だったのよね。風邪をひいてしまいそうだから、頭を洗えなかったから。

「おおお?」

 昨日はまだ小さすぎると思っていた小松菜が、野菜売り場に並んでる小さめなものと同じくらいまで育ってる。自分で育てた野菜が食べれる状態になってるとか、めちゃくちゃ嬉しい。
ちなみに、収穫の時にもスキルを意識すると手に入る収穫物が何故か増える。増食料はレベル倍だから、今も引き抜いた小松菜が二株に増殖した。
”ファーム”スキル、真面目にすごい!
レイちゃんの”錬金術”も大概チートだと思ってたけど、”ファーム”もいい勝負ね。
ふふふん♪ レイちゃんは、感激に咽び泣くといいわ。
……って、本当に泣かれたら困るんだけど。

 パパっと作物の世話をしてから、収穫して空いた場所に改めて同じ小松菜の種を、別の場所には白菜とカブ、春菊の種を撒く。
新しく植えた種類を”検索”して収穫時期を確認してみると、スキルや魔法を併用して育てれば四日後には小松菜や白菜は収穫できるらしい。
本来は三十日後なのね。本来の収穫期間を”記録”に残しておこう。そうしておけば、スキルや魔法のレベルが上っても、収穫に何日掛かるかすぐに分かる。最初に思いつけばよかったんだけど、気付いたのって最近なのよね……
まあ、気付いたから良しとしとくけど。

 それにしても、”ファーム”のレベル2で作れるようになった苗。あれには参ったわよね。種から育てるよりも、苗からの方が採れるまでの時間が短いのは納得できる。だけど、後から植えたヤツの方が先に採れるのは、なんだか釈然としない。
砂糖の元になるテンサイなんて、三十日も時間差があるのよ?
もちろん、先に植えたのが採れるのが遅い方。甘いものが食べたいから、早く採れるのは嬉しいんだけど、やっぱりため息が出ちゃう。
なにはともあれ畑の世話も終わったし、さっさと暖かい居間に戻るとしますか。
小松菜、レイちゃん喜ぶだろうなぁ……



「うわぁ、すごくいい小松菜だね!」

 思った通り、レイちゃんは採れたての小松菜を受け取って満面の笑顔。
早速キッチンに持ち込んで……あれ? 刻まなくっていいの??
そのまま、ゲイルベリーの種と水を一緒に入れてかき混ぜ始めた。何でか知らないけど、錬金料理にするみたい。

「今日の朝ごはんは、生姜焼き定食だよ」

 そう言いながらレイちゃんが並べたのは、豚の生姜焼きと小松菜と玉ねぎのお味噌汁。それから白飯だ。
まあ、白飯は花粉米だから実際には黄色いし、生姜焼きも豚じゃないだろう。それでも、家でよく食べたメニューが揃ったことに、なんだか胸が一杯になる。

「えう!? もしかして、アイラ、生姜焼きは嫌いだった??」

 堪えきれずにこぼれた涙に、レイちゃんが慌てた声を上げた。レイちゃんって、慌てた時に「えう!?」って言っちゃうんだって、この世界に来てから知ったんだけど……ちょっと泣き出したくらいで、慌てすぎ。
久しぶりに食べた生姜焼きとお味噌汁は、少しだけしょっぱかった。
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