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煮込みうどん

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 今日は珍しく、レイちゃんも一緒に畑に向かう。
移動しながら説明してくれたところによると、夜の間に、予定してあった場所の全てに扉をつけたらしい。たしか居間に三枚、お風呂に一枚、食料貯蔵庫と畑の境に一枚の、全部で五枚よね?
内心「ありえない」と思いつつ、この世界なら「ありえるのかも?」とも考えてしまう。地球と違って”浮遊諸島”には、スキルなんてものがある。ソレがあれば、おかしな速度で物が出来上がっていくんだもの。
実際に取り付けられた扉を見れば、『そう言うもの』なんだと思わざるを得ない。

 レイちゃんに畑の拡張を任せたら、あたしは一旦お風呂へ移動。お風呂のお湯を”ウォーター”で足しながらのんびりさせてもらう。
そういえば、後でレイちゃんにじょうろを作ってもらわなきゃ。お風呂のお湯には”ウォーター”で作った魔力水を使っている。ただし、ずーっと使いまわし。
魔力の回復を促進させてくれる効果が落ちないのは助かってるんだけど、やっぱり、同じお湯を使っているっていうのは気になってたのよね。実際には、体を洗ったり洗濯をしたりしてるから、少しづつでも入れ替わって入るんだろうけど……
お湯に汚れが残ってないのは、レイちゃんの”データストレージ”のお陰よね。あたしの”データストレージ”だと、お湯も食器も、汚れは分離してくれない。

 そこで考えたのが、『お風呂のお湯をファームで使っちゃおう作戦』。
これは、あと少しで収穫できそうな野菜には、残り湯をあげてしまおうというモノ。
植えたばかりの雪原草で試してみたら、上手くいったみたい。だから、このまま継続しようと思うんだけど、残り湯はちょっと熱め。植物にあげるのには難がある。
青土は触れてるものの温度を奪うみたいだから、残り湯を入れながら撒いてやれば丁度いい温度になるはず。

 お風呂を上がって、畑のお世話をしている間に”植物魔法”のレベルが上った。覚えた魔法は”バインド”。”検索”してみると、植物の蔓を伸ばして対象の自由を奪う魔法らしい。……使い所がないわね。
残念な気持ちになりつつ畑の世話を終わらせて、収穫の時期を確認するために”検索”を使いつつもう一巡り。
大根に白菜、それからハーブも四種類とも、お昼前には沢山収穫ができそう。思わず口元がにやけてしまう。
しかも、ハーブ類はそのまま植えておけば、毎日少しづつ収穫ができるらしい。
……なんてお得なの!
カモミールとマリーゴールドはお花。バジルとオレガノは、葉っぱを採るのね。オーケーオーケー、任せておいて!
雪原草にまで普通に”ウォーター”を使っちゃったせいで、”データストレージ”内に入れてあったレベル三の魔力水を使ってしまったのはうっかりが過ぎたわ……
現地産の植物には残り湯をあげるのを、忘れないようにしなくっちゃ。



 居間に戻るためにちょっぴりショートカットするために、食料貯蔵庫を通り抜けるルートを選択。レイちゃんの意図としては、畑から直接収穫物を置けるようにってことみたいなんだけど、近道としても便利よね。
食料貯蔵庫の中は”エリアライト”のお陰で明るいけれど、”ヒート”を掛けていないから、畑と比べてもひんやりとしてる。
いつの間にか棚が三列、きれいに並べられていて、一部には既に箱が積まれてた。アレって、もしかして中身はお肉?
だとしたら、まだまだ結構な量が残っているみたい。むしろ、痛む前に消費しきれるのかが心配ね。……まあ、レイちゃんなら傷ませる前に”データストレージ”に突っ込むか。あたしは、余計な心配をしない方向で任せてしまおう。
えーっと、畑寄りのこの棚に採ってきたものを置けばいいのかしら?
特に入れ物が用意されているわけではないから、種類ごとに仕舞えるようにワラでかごを編むことにしよう。……収穫用にも必要だわ。
二度寝から起きたら、午前中は籠作りをする……と。

 朝ごはんの後の予定を考えながら居間へと扉を開くと、暖かい空気が食料貯蔵庫に流れ込んできた。
……そっか。”ヒート”は床や壁を温かくする魔法だっていってたっけ。
となると、部屋の中が暖かくなるのは副次的な効果。扉が開きっぱなしだと、せっかく温まった空気が外に流れていっちゃうのね。
”ヒート”は廊下にも掛けてくれてるけど、畑には掛かってない。となると、扉が付くまでは畑からジワジワと冷やされてたってことか。盲点だったわ。

「お疲れ様、アイラ」
「ただいまー。扉があると、随分と部屋が暖かくなるのね」
「私もビックリ。もっと早くつければ良かった」

 どうやら、レイちゃんも”ホット”の時と同じで、空間の温度を上げると思っていたみたい。二人して、「もっと早く気付けばよかった」と笑い合いながら土鍋を運ぶ。
今日の朝ごはんは、白菜とスーフェットの煮込みうどん。肉うどんと違うのは、ふんだんに白菜が入っていることだけど……味付けも違うのかしら?
食卓には既にサラダが用意されていたから、早速、朝ごはんに取り掛かる。

「今日はお昼前に、大根と白菜、それからハーブ類が採れるわ」
「大根かぁ……。スービットと一緒に煮物にしようかな。白菜もあと一つになっちゃってたから嬉しい」

 フーフーと煮込みうどんを冷ましながら報告すると、レイちゃんは嬉しそうに顔を綻ばせた。コレは、美味しいものを想像してる表情ね。分かっていますとも。

「ハーブも採れたら石鹸を作らないとね」
「期待しています。あ、でも、もしハーブの量が足りないようなら、明日からも毎日取れるみたいよ」
「そっか。じゃあ、量を確保してからの方がいいかな?」
「採れたのを見て判断してもらった方がいいかも」
「だね」

 いい感じに冷めてきたうどんを啜ると、肉うどんの時とはまた違う味わいで驚かされた。肉うどんの時ってお肉の甘辛さの主張が強かったけど、こっちはお肉に味をつけているわけじゃないせいか、少しあっさりめ。……ううん。白菜が入ってるのが大きいのかも。おつゆは少し甘めだけど、白菜が入っていることによってスッキリと食べられる感じ。

「……お店の味!」
「今日のはいい感じに出来たねぇ」

 レイちゃん自身も、満足できる味だったみたい。ニコニコしながらスイスイ食べてく。……毎度のことながら、下品に啜っているように見えないのが不思議。
レイちゃんって食べ方がやっぱり、キレイよねぇ……
ルッコラの蒸し鶏サラダも、とても美味しかった。もう、これでルッコラは無くなっちゃったみたいだからまた育てないと。
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