秘密の異世界交流

霧ちゃん→霧聖羅

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プロローグ

★プロローグ

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 今日の昼から、新作のゲームのサービスが始まった。
なんでも、地球という世界で初の体験型オンラインゲームとかいうものらしい。
今まで彼女と一緒に遊んだオンラインゲームの種類は多かったが、体験型と呼ぶのには色々なものが不足していたので、今回のこのゲームには私も大いに期待を寄せいていた。
今度のゲームは、五感の全てを再現するという触れ込みで、それは彼女の声を耳にして、彼女に触れる事が出来るのではないかと私に期待させた。
 全ての仕事を終らせて、他の者が立ち入らない自分の部屋に着くと微かに頬が緩む。


やっと、彼女に会いに行ける。


 逸る気持ちを落ち着けつつ身支度を整えると、今回の為に改造した寝椅子へと身を横たえる。
目を閉じると、眠りに落ちるのとはまた違う浮遊感を感じた。

「ようこそ、セカンド・ワールドへ。」

 見知らぬ声に目を開けると、真っ暗な空間に白いフード付きのローブが浮かんでいる。
ローブの中身は何も無く、ただ中空に漂っているだけで声はそこからした訳ではないらしい。

「今から貴方の分身を作成します。ファースト・ワールドから転写いたします。」

 先程の声が再度空間を震わせた。
どうやら、空間そのものから音が発せられているようだ。


今までのゲームとは違って、文字を追いながらキャラクターの設定を行う訳ではないと言う事か。
アレは、翻訳を行いながらしなくてはいけないから、中々骨が折れる作業だった……。


 過去に彼女と交流する為にやってきたゲームの数々を思い浮かべ、今回はその作業が無い事にほっと肩の力を抜いたものの、初めての地球語での会話である事に少し緊張を感じる。
地球世界の『動画』とやらを見ながら、聞き取りや発音の練習をしたもののきちんと話せるものか不安がある。聞き取りは、この姿なき声を理解できている様に思えるから大丈夫そうだが、発音の方はどうだろうか?
少し不安を感じつつ、声の宣言と同時に目の前に浮かんだローブに中身が現れ始めるのを注視した。
どうやら、ローブの中身に転写した私の姿が現れるらしい。
 程なくして現れたのは、肩で切り揃えられた真っ直ぐな黒い髪に陶磁器の様に白い肌をした、金色の瞳の男性体。
少しつり上がり気味の目に、すっと通った鼻筋で唇は少し薄目。
ほっそりとしたシルエットは、良く見るものだ。
 双子の兄と類似したその姿は、自分の物なのだろうと簡単に納得できた。
姿見の良く出来た物は、自分の姿に特別興味が無いので持っておらず、こうやって全身くまなく見るというのは初めての経験だ。
……兄と少し違うのは、瞳の大きさだろうか?
目の前の自分を転写したその人物は、兄よりも瞳が二周り位小さく見える。
もう一つ違うと言えるのは、兄と違って武術をやっている訳ではない為、然程筋肉が発達していないところ位か。ひょろひょろしていて、少し頼りなく見えるその姿に、自分も少しは体を鍛えた方がいい様な気分になる。中々、実行に移す気になれない話ではあるが……。


あまり、親しみやすいイメージではないな。


 それが、自身の姿を客観的にみた私の感想だった。
周りの人間が口を揃えて『無表情』だと言う私の顔は、少し人を見下している様にも見える。
仲良くする様にと紹介された時、この人物にどうやって語り掛ければいいか、私にはちょっと想像が付かなくて途方に暮れる羽目になりそうだ。
それを考えると、周りの人達が親しみを持って自分に接してくれるのがとてもありがたく思えた。

「転写した姿をそのまま使用する事も出来ますが、ファースト・ワールドでの個人特定が容易になる為、多少の変更を行う事を推奨します。変更したい項目を口頭でお伝え下さい。また、自動補正を選択する事も出来ます。」
「自動補正するとどうなるのかね?」

 ファースト・ワールドと言うのがあちらの世界の事ならば、違う世界から接続している自分に個人特定する事は出来ないなと思いながらも、自動補正というのがどういったモノなのか気になって試しにソレを確認してみる事にした。

「自動補正は、ご希望のキーワードに沿って補正を行わせて頂きます。『優しげに』でしたら……このようになります。」

 声と共に、目の前の姿に変化が現れた。
冷たさを感じさせる瞳が二周りほど大きくなり、目尻が少し下がる。
口元も少し和らいだように見える。


兄上の方が、優しげに見える外見だと言う事か。


 自分の見た目を『優しげに』したら、兄にそっくりになってしまい思わず噴き出しそうになった。
自分にも他人にも、割と厳しくあろうとするところのある兄が、優しげに見える外見だというのはなんだか面白く思えたのだ。
それから暫くの間、興味本位で色々な補正を行って貰ったものの、最終的にやはり補正はなしにしたほうが自分の精神安定上良さそうだという判断に落ち着いた。


やはり、素のままの姿で彼女とは会いたい。


「元の姿で。」
「それでは、種族の決定をします。」

 種族は、尖った長い耳が特徴の種族を選択した。
少し考えてみたものの、自分の本来の姿からあまり遠いのは落ち着かないだろうと想像が付いたから。

「最後に、最初の職業を選択してください。」

 選択肢は、商売人・探索者・武芸者・魔法師の4種類。
いつでも転職が出来ると言う説明を聞いてから、迷わず探索者を選択する。
彼女はいつものパターンだと商人のはずで、彼女のサポートをするのならこれが最善に思われた。
名前の決定を促され、本名のまま登録する。
『アスタール・グラム』どうせ、地球世界には居ない人間だ。
わざわざ偽りの名にする必要もあるまい。

「それでは、最初の町イスブルクへお送りいたします。セカンド・ワールドでの生活をお楽しみください。」

 そして、私はセカンド・ワールドの世界へと旅立った。
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