秘密の異世界交流

霧ちゃん→霧聖羅

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動き出す運命

★消失

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 それは、今まで私が敢えて考えないようにしていた選択肢。

―それを提示された時、衝撃の余り息が止まるかと思った。

 リリンが指摘した通り、私が地球世界に固執する理由は既に彼女だけが原因ではなくなっている。
筆頭が彼女である事には依然として変わりはないが、イカ下足君やハニーちゃん。サイやまりあ。ゲーム内で出来た様々な友人達の元に行きたいと言うのが、今となっては彼の世界に焦がれる理由になっていた。

―だが、そこに万が一彼女が居なかったら?
 私はそれでも、彼の世界に行きたいのだろうか?

 今思うと、あの時既に彼女には何かの予感があったのではないかと思えてならない。
実際に、そんな万が一が起こるなどと思いもしなかった。
考えたくも無かったのに、それは、起きたのだ。




「リアルでサイ達と会うのかね?」
「うんうん。」

 それは、兄とリエラが婚姻を正式に結んでから2日目の夜の事。
リリンが翌日の昼過ぎに、私も親しくしている2人の友人と会う事になったのだと報告してきた。
何かのイベントに出る2人を訪ねて行くのだそうで、随分と楽しみにしているらしい。

「それは……羨ましい。」
「リアルでどんな風に違ってたか、帰ってきたら報告するね♪」
「うむ。楽しみにしている。」

 私の言葉に少し申し訳なさそうにしながらも、彼女自身も楽しみにしているのだろう。
そんな答えが返って来て、どんな報告をしてくれるのかを楽しみに待つ事にした。
彼女の許可を得て、未だそのままにさせて貰っている『窓』から少し彼等の姿を見せて貰うのも良いかもしれない。


私も、早く実際に会いたいものだ。


 その時は、そんなのんきな事を考えていた。
『異世界の窓』の件から既に3カ月が経っており、目標地点の選出も終っていたので、後は『異世界の穴』を人が1人通り抜けることが出来る大きさに広げればいい。
だから、きっともうすぐ親しい人達と実際に顔を合わせるのは近い未来の出来事になる筈だと、そう思っていたのだ。

 その日は兄夫婦と親族のみでの食事会が予定されていて、私もそれなりに忙しくしていた。
私の住む地での婚姻は、『輝影の支配者』の元で誓いを交わした後、町中の者が集まる宴を行い、新郎新婦はその宴を中座して3日の間他の者とは会う事もなく2人で過ごすという習慣がある。
2人で3日間過ごした後、親族達だけとの小さな宴を昼に開いてそうしてやっと婚姻の儀が終る。
その日と、リリンがリアルで友人達と会う日が重なったのはただの偶然の筈だ。
多分。

 宴は和やかに進み、滞りなく終える事が出来、やっと肩の荷が下りた気分だ。
今回は、私が『輝影の支配者』を継いでから初めての正式な婚姻の儀でもあり、その主役である2人が自分の兄と愛弟子の2人だった事もあり、思ったよりも気を張っていたらしい。
時計草の鉢に目をやると、リリンがサイやまりあに会うと言っていた時間にはまだなっていない事を確認して、部屋に引き取る事にした。

「アスタール。」
「どうしたのかね、兄上?」
「俺も、実際に『異世界の窓』とやらを見てみたい。」

 声は潜められていたが、兄が私に何を話しかけるのかと気にしていた様子の父が私達の従兄殿国王陛下を置き去りにして「私も見たい。」と言ってくる。
何年か前に、リリンの話をした折に兄以上に動揺したこの人がそんな事を言ってきたのは、正直面倒だなと思う。
結局、兄夫婦と両親に『異世界の窓』を見せる事になったのは、何となく嫌な予感がして気が急いていたからだ。

 『嫌な予感は当たるモノ』。
そう私に言ったのは、愛弟子リエラだったか。
先に立って『賢者の石』にその殆どを占められた部屋の戸をくぐると、酷く具合の悪そうな様子で白く塗られた案内板の様なものの柱にしがみついている彼女の姿が『異世界の窓』に映し出されている。


朝は、普通に元気だったのに?
何か妙なものでも口にしたのだろうか??


 後ろについて来ていた兄や父母の事は、その時点ですでに頭の中から消えていた。
『何故?』と、疑問だけが頭に浮かぶ。
彼女の世界はとても平和で、毒物などを口にする機会はそうそうないはずだし、高貴な身分と言う訳でもない彼女がそんなものを盛られる様な事などある訳がない。

「リリン……?」

 まるで私の声が聞こえたかのように、一瞬彼女の目がこちらに向いた。
心配するなと言いたげな笑みが、微かに口の端に浮かぶ。
そんな表情を作るだけでも辛いだろうに。
顔色が真っ青だ。
彼女は来た道を戻る事にしたらしい。
ハラハラしながら、覚束ないその足取りを見守る。

「随分と体調が悪そうだが……」
「朝は元気だったのだ」

 すぐそばで兄の声が上がったのに無意識に返す。
彼女が、『エレベーター』と言う箱に乗りそこない、代わりに動く階段エスカレーターを選ぶ。

「戻ってくるのを待てば……」

 足元も覚束ない様な状態で、そんなものに乗るなんて自殺行為だと、そう口にしかけた時に『窓』に映るリリンの体が大きく揺れた。
ついさっきまで動いていた階段が突然止まり、彼女の体が前方に投げ出される。
宙に投げ出された彼女の体がフワリとこちらを向く。
驚いた様に目を見開いてから、彼女は微かに笑みを浮かべて私の方に手を伸ばす。

 誰かが、彼女の名を叫んだ。
やけに遠くに聞こえるその声を聞きながら、彼女に手を伸ばす。


違う。
アレじゃない。
アレの中に、既に彼女は居ない。


 床を構成する賢者の石に手を突き、意識を必死に飛ばす。
その瞬間、この世界キトゥンガーデンから光が失われたが、そんなことはどうでも良かった。
彼女の心魂の行方を必死に探して探して探して探して探して探して。
見付けたソレは今にも消えようとしているところで、私は悲鳴を上げながらソレを腕の中に抱き込んでその場から逃げだした。

 腕の中で私を驚いた様に見上げるリリンの姿を確認すると、私は意識を手放した。
ソレが、新たな始まりだったのだなんて、思いもしないで。
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