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輝影の支配者

820日目 縛り旅

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 アスラーダさんの精神力を極限まで疲弊させてしまった後、簀巻きになった盗賊さん達を適当にその場で作った荷車に載せて近くの町まで運んで行った。
ウサギは荷車を引くのに向かないから、仕方なく私の素材回収所から牛さんを引っ張り出して、その子に引いてもらう。
大急ぎではないものの、時間の制限のある旅だ。
積荷の人達の乗り心地は無視して全力で進ませたので町につく頃、彼等の体にはあちこちに打ち身を大量生産していたけれど、まぁ、生きてるだけでめっけもんだと思って欲しい。
町の警備隊に事情を説明して引き渡すと、感謝の言葉と共にそこそこの金額の賞金が渡された。

「この金額で、グラムナードまでの食事は賄えるね。」
「宿をとると少し足が出るな。」
「足りない分は、野宿で!」
「まぁ、この時期だからまだ問題ないか。」

 入った食堂で賞金の中身を確認しながら、その使い道を相談する。
今回、お金は道中手に入ったモノだけを使うという『縛り旅』という計画だ。
貧乏旅行も、楽しいかなと。
あと、1度だけ『水と森の迷宮』でやった野営。
アレをもう一回くらいやってみたいんだよね。
多分、今回を逃したら出来ないんじゃないかと思うから。
季節が秋の初めで、まだ冷え込みがきつくない時期だからやれる事でもあるし。
この貧乏旅行で、行った事のない『ラブカ』という町に行く予定。
鱗人族の多い町だと言う話だけど、どんなかなぁと楽しみだ。

 やっと運ばれてきた、一番安い定食に手をつけながらアスラーダさんが楽しげに呟く。
鼻が利く炎麗ちゃんが選んでくれたのもあってか、安い定食の割に結構美味しい。
プロの料理と言うより、家庭料理的な感じだけどソレがまた良いなと思いながら丼飯を口いっぱいに頬張る。ラブカの周辺では、麦よりも米を中心に育てているそうで、パンよりもご飯を主食にしてる。
主街道を逸れて、ラブカの近辺を少し回っていく予定で東に寄って行っているのもあってか、この辺りはお米が結構流通しているらしく、安い食堂ではご飯の上におかずを乗っけた『丼飯』が主力商品らしい。
オシャレ感は無いけど、ガッツリお腹が一杯になって、私は割と好きかも。


お米って言うのも、結構美味しいもんなんだなぁ……。


「それにしても、貧乏旅行をねだられるとは思わなかった。」
「ディー達がいるから、本物の貧乏旅行とはいえないけど。」
「言えてる。」

 クスクスと2人で笑ってると、いち早く食べ終わった炎麗ちゃんがふと思いついた様に口を開く。

「……なー?」
「ん?」
「俺さ、先にグラムナード行っててもいい? そうすりゃ、2人で旅行できるだろ?」

 いい事考えた!
とばかりに嬉しそうな笑みを浮かべた炎麗ちゃんとは対照的に、アスラーダさんはショックを受けた様子で黙り込む。

「お前を遠ざけたいと思ったりは……」

 気まずそうに彼がそう口にすると、炎麗ちゃんは驚いた様に目を瞬く。

「……あー。そういうんじゃなくてさ……。」
「トールちゃんと、少しでも沢山遊びたいんだよね?」

 2人の様子から、放っておくと長々と揉める事になりそうだと判断して口を挟む。
炎麗ちゃんの意図は、もう一つ。
アスラーダさんに、私との旅行を自分を気にせずにして欲しいって言うのもあるだろうけど。
それを口にしてしまうと、逆に頑なに『一緒に行く』と主張しかねないので黙っておく。
炎麗ちゃんが自立するまで、最低でもあと5年近くある。
あの子なりに気を使ってはくれるだろうけど、折角2人きりになるチャンスをくれると言うんだからソレは有難くうけておきたいところだ。
一応、新婚さんでもある事だし……1週間位の自由時間があってもいいよね?

「そうなのか?」
「まぁ、そう。」
「だが、1人だと……。」
「飛んで行けばすぐだし、俺を襲う様なのはいないって。」

 2人は暫く揉めたものの、何とか強引に炎麗ちゃんはグラムナードに先行する権利を獲得して、町を出て少し歩いたところで飛び立って行った。





「……何で一緒に引きとめてくれなかったんだ?」

 飛び去って行くその姿を見送った後、若干拗ねた表情を浮かべて彼はの事を軽く睨みつけてくる。

「だって炎麗ちゃんも、私達がイチャイチャしてるのを見るのは居たたまれないじゃないですか。」
「でも、あいつはまだ子供だし……。」
「アスラーダさんが思い込みたい程、彼は子供じゃないですよ?」

 実際、年齢こそまだ6歳ではあるけれど精神的には随分と大人になって来ている感じがする。
男親の筈の麗臥さんよりもずっと大人びた面もあるけど、比べる相手が間違ってるか……。
アスラーダさんも、私の言葉に少し思い当たる節があるのか、ポツンと寂しそうに呟いて炎麗ちゃんが消えて行った空をぼんやりと眺めた。
 彼の心配性のお父さん気質は、やっぱり今も健在なんだなと思うと少し可笑しくなる。
炎麗ちゃん相手でこれなんだから、もし新婚早々に子供が生まれたりしたら私なんかほったらかしにされちゃいそうだ。
我が家のにゃんこには、少しゆっくり目に来て欲しいなとこっそり願掛けをしておこう。
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