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アスラーダ

父と母

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 俺が作った住居に引っ越せたのは、作り始めて半年後。
書類仕事や、弟に頼まれる素材の採集の合間にやっていたから思ったよりも時間が掛かってしまった。
内装は主に俺の趣味で、間取りは2人で決めた。
一応、出来上がった時点で20人位は住める予定だ。
弟の元にもっと調薬や魔法具作りを学びに来るヤツが増えてくれたらいいなと言う、俺の妄想による産物だけれど……。少なくとも、従姉弟達4人が最終的にはこっちに住み込む事に乗り気なので、5年後には最低でも6人で一緒に暮らす事が出来る。
俺と弟の2人きりだった時を考えれば、随分と賑やかになるんじゃないだろうか?
 中町を2人で散策した時は駄目だったが、外町を散策した時に、弟は人が話しているのを見るのが思いの外好きらしいと言う事が分かっている。本当は自分も話したいのかもしれないが……どのタイミングで話せばいいかが分かっていないんじゃないだろうか?
従姉弟達と暮らすうちに、きっと普通に出来る様になるに違いない。
まずは、人数が倍になるところからだから、悪くないスタートだと思う。



―アスラーダさんは、対人関係の改善から取り掛かる事にしたらしい。
最初にやって来たのはセリスさんとレイさんだ。
―セリスさんの態度は……今と変わりがない様に見える。
彼は、ちょっぴりセリスさんが苦手っぽかった。
彼女の独特なペースがイマイチ理解できないらしい。
ソコがいいところなのに。
まぁ、誰しも苦手なタイプってあるから仕方ないのかな?
私にも苦手な人っているし。
―レイさんのアスタールさんに対する態度はちょっと硬いかな? 
結構緊張している様に見えて、こっそりとアスラーダさんが2人で話す機会を作っていた。
そのせいもあってか、割と仲は良いらしい。
特に良くも悪くもないのかと思ってたから少し驚きだ。
―それにしても、まさかこの数年後に、20人を超える人間がここに住むようになるなんて思っても居なかったんだろうな、と思いながら『どんなもんだ!』と心の中で胸を張る彼を微笑ましく眺める。
ドヤってるアスラーダさんが、めちゃくちゃ可愛い!



 新居に越して半年くらいした頃に、弟が急に妙な事を聞いてきた。
「床上手になるのには、やはり実技だろうか?」
「は??」
そんな事を聞いてきた理由を詳しく訊ねると、未だ、『もう一人』の文通相手との遣り取りがあって、その彼女が何年か前に妙な世迷言をほざいていたらしい。
「何で、5年も前の事を今になって……。」
「誰彼なく相談する内容でもないと思ったのだが、違ったのだろうか?」
「いや、違わない……。」
違わないが、どうしたものかと頭を抱える。
結局、3日3晩の間その必要性やなんやらの価値観についての議論を交わし続けたものの、弟の熱意に負けて夜の外町へと出掛ける事になった。
花宿になんて、もう行くつもりは無かったのに……。
ああいうのはなんだか、いつか連れ添う事になる女性に対して失礼な気がして仕方なかったのだが……。
人間って、欲望には弱い物なのだなと自分が情けなくなる。
ちょっと泣きたい。



―リリンさん、アスタールさんに花宿に通わせるようなナニを吹き込んでるんですか……。
アスラーダさんも、なんだかんだ言って一緒に行く必要はないんじゃないかと声を大にして言いたい。
泣きたいとか言いつつ、それなりに楽しんでるあたりにツッコミどころが満載だ。
なにはともあれ、花宿に行くハードルがガクンと下がったらしい。
馬鹿師匠アスタールさん、アスラーダさんの純情を返せ。
腹が立つので、腹パンを1発追加することにしよう。
自業自得と言う事で。



 2年経つと、里帰り出産をした母が妹を俺達の元に置いて、王都に戻っていった。
「赤ちゃんに長旅は駄目だって、フーガちゃんがいうからぁ~。」
「その場合は、母親もここに残るものだろう?!」
「え、やーよぉ! だって、それじゃフーガちゃんと居られないじゃない。」
母のあんまりな言葉に絶句している内に、さっさと彼女は妹を押しつけて出ていく。
「君は何を期待していたのかね?」
少し呆れを含んだ弟の声に、「母親的な何か?」と無意識に答える。
そうか。
それがないから、俺達は祖父の元に置き去りだったんだなと理解した。
今更過ぎるが。
彼女イリーナは、俺達の『母親』ではなくて『父の女』だったのか。
やっと色んな事が腑に落ちた。確かに、彼女は父の事しか見ていなかったような気がする。
なら、父は?
そこまで考えて、頭を振って余計な事を考えるのを止めた。
俺には叔母おかあさん従兄おとうさんもいる。
もう、それでいいじゃないか。
アスタールにはそれが居ないのだと思うと、申し訳なくて仕方がない。



―滅茶苦茶、今更になって、イリーナさんの母性のなさに気が付いてショックを受けている事に、逆に驚いた。
この時のアスラーダさんは23歳だ。
彼の前に殆ど姿を現さない時点で想像がついていそうなものだけど……。
逆に、目に付かないから思考にも浮かんでこなかったのかもしれない。
それとも、産まれてさほど経っていない赤ちゃんを目の前で置いて行かれる事に愕然としたのか……。
どっちかというと、それがなかったらそのまま気付かなかったのかもしれない。
フーガさんも、子供を遠くから見に来るクセに、こう言う時に連れて行くと言わない辺りが謎すぎる。
自分で育てられる自信がなさすぎるのか? 
いや、逆にイリーナさんが育てられないという自信がありすぎるのかもしれない。
―そこは置いておいても、アスタールさんに兄弟もどきを用意する事が出来ても、父母の代用品は用意できない事に申し訳なさを感じている彼は、本当に苦労症だと思う。
そんなところも可愛いんだけど……。
無理なモノは、どうやっても無理だよねぇ。
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