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天敵

863日目 再生治療薬

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 まだ、作戦行動中にあたるらしく、帰宅の出来ないアスラーダさんを残してグラムナードに戻ると、大分夜が更けてきていた。
正直、滅茶苦茶眠い。
薄暗い階段を灯りを浮かべながら昇って行くと、研究室の灯りが付いているのが見えてくる。
こんな時間になってもまだ研究を続けてくれているのに、感謝をしつつその部屋へと向かう。
そっと、音を経てない様に中に入ると、セリスさんが1人で真剣な表情でゴソゴソとなにやらやっている。
キィ!
部屋の中に小さなネズミの悲鳴が響く。
キィキィと鳴くソレから切り取った尻尾を脇に避けると、ふと、彼女はこちらに視線を向ける。

「あら、リエラちゃん。おかえりなさい。」

 そう言って浮かべる笑みは、いつもの聖母のごとき慈愛に満ちた物で、さっきやってた作業を思うと違和感がすさまじい。
とはいえ、今やっている研究を考えると仕方がないといえば仕方がないのか……。

「夜遅くまでありがとうございます。」
「いいえ。楽しんでやらせて貰ってるわよ。」

 そう口にしながら、微笑む彼女の手の中にはうっすらと青く光る試験管。
それを目元で軽く振って、片目を瞑ると今さっき尻尾を切ったネズミに向き直る。

「今度こそ、上手く行っていると良いんだけど……。」

 彼女の後ろから、ヒョイと摘まみあげられたネズミの尻尾のあった場所にチョチョンと、薬をつけるのを固唾を呑んで見守る。
1秒
2秒
3秒


駄目だったか……。


 そう思った時、ネズミがじたばたと暴れはじめて、セリスさんの手からさっきまでは言っていたケージの中へと転がり落ちた。
そのまま、クルクルと時計周りに回り続けるうちに、スルスルと尻尾が伸びてくる。
尻尾が伸びきると、ネズミは股を開いて座り込み、その尻尾を付け根からせっせと舐めてきれいにしはじめた。

「ネズミ実験、成功だわ~!」
「凄いです、セリスさん!!!」

 ワーッと声を上げ、2人で抱き合ってピョンピョン跳ねる。
知識の図書館で、調合法を発見してからお願いしていたモノだ。
けれども、実際に調合を行うのには結構な時間が掛かる為に、私自身で調合するのを見送った。
魔物の氾濫がきちんと収束してからでないと、纏まった時間をとる事は出来ないし、その纏まった時間が出来る前に既に苦しんでいる人の治療をしてあげたいと思って、セリスさんに相談したら、快く引き受けてくれたのだ。
流石、私の永遠のお姉さま……!

「3回程失敗しちゃったけど、無事出来て良かったわー!」
「結構難しいんですね……。」
「温度の管理がきついんだけど……その辺りは慣れれば何とかなると思うわ。問題は、材料ね。」
「ですねぇ……。」

 材料は、シカの枝角・リジェネプラントの葉・赤薬草の蔓。
シカの枝角と言うのは、シカの種類の指定があったモノのこの土地には生息していない種類だったので何種類かを用意した。
リジェネプラントは、水と森の迷宮の4層に生息している魔法植物で、簡単に調達できる。
問題は赤薬草の蔓だった。
グラムナードにある、どのタイプの迷宮にもソレは無かった。
 そもそもが、赤薬草って言うのはニラの様な形の葉っぱが特徴の植物だ。
蔓なんてないだろう?って、思ったんだよね……最初は。
でも、なんだか記憶に引っかかるものがあって、『しまう君』の中を漁ってみたら出てきたんだよね……。
どでかく育った赤薬草。

「この赤薬草の蔓って、どこで手に入れたの??」
「うーん……。アッシェの魔力暴走で、何故か育った奴なんですよね……。」
「あら、大変。」

 セリスさんの口調がのんびりしているのは、無事にピンピンしているアッシェが、アスタールさんのお供で旅に出るのをつい最近見送っているからだ。
決して、アッシェの事を心配していないからとかではない。

「取り敢えず、工房の中いっぱいに広がってて邪魔だったので仕舞ってたんですが、こんなところで役に立つとは思いませんでした。」
「なんでも、とっておくものね。」

 にっこりと頬笑みながら、出来上がっている薬を差し出す。

「これは売り物にするのかしら?」
「うーん……。本当だったら、必要な人がすぐに買える様にしたいところなんだけど……。」
「何か問題がありそうなのね。」

 セリスさんは私に出来上がり品を渡すと、そのまま機材の片づけを始める。
私も手伝いをしながら、どうやって流通させたものかと頭を悩ませた。

「お茶でも飲みながら、考えましょうか?」

 片付け終わると、そう言って私を私室に誘う。
彼女の誘いを私が断る訳もない。
嬉々として、お茶を頂く事にした。



「外の世界は、色々と大変なのねぇ……。」

 流石に今回作った、欠損再生薬は効果が凄すぎるから、下手に作り方を流出するとひと悶着どころか大騒ぎになりそうなのだ。
ラヴィーナさんの件も含めて、セリスさんに愚痴らせて貰うと、彼女は困った様に眉を下げる。

「このお薬も、一般の魔法薬屋さんで作れる代物でもないですし、量産も厳しいですものねぇ。」
「そうね……。ルナでも、3本作ったら魔力欠乏で命が危うくなるわね。」

 私の知っている魔法薬屋さんで、この魔法薬を作れそうなのはジョエルさんただ一人だ。
それだって、今のセリスさんの話からすると、1本が精々なんじゃないだろうか?

「うちの弟妹弟子で、一日10本作れる子って何人いますか?」
「10本だと厳しいわねぇ……。エリザちゃんとアッシェちゃんは問題ないけど、他の子は精々2~3本位じゃないかしら。それに今年入ってきた子は作れないと思うわ。」
「うーん……。そうなるとやっぱり、商品化は難しそうですね。」

 うちの工房のメンバーは去年まで、2属性以上の魔法属性を持っている子だけど採用していた上に、効率的に魔力を伸ばす指導を行っていたから、一般的な魔法薬や魔法具を作る仕事に従事している人達よりも格段に保有魔力が多い。
今年の採用からは、魔法薬について学ぶ子だけは地か水の属性があればいいと言う事にしたから、保有魔力量がどの程度まで伸びるものか、少し想像がつかなくもある。
基本的に、複数属性所持者の方が魔力の伸び代が大きいみたいなのだ。

「調合方法を公開しても、作れないんじゃ仕方ないものねぇ。」
「その上、下手すれば、作れる職人が国に強制召喚される可能性もあるかもしれないです。」
「あら嫌だ。それは許容しがたいわね。」
「どちらかと言うと、国に抑えられてしまうのは望ましくないんです。今回の件で、この薬が必要になっているのは騎士団だけじゃなく、町の防衛に掛かっていた住人や探索者も多いですから。」
「探索者さんも居るのね……。」

 セリスさんはそう呟きながら、お茶を一口飲んでから首を傾げつつこう言った。

「なら、迷宮でランダムにっていうのはどうかしら?」
「お姉さま! それです!!!」
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