30 / 68
心強い味方 マシュー・フォックス侯爵視点
しおりを挟む毎日毎日、やる事が山積みでクタクタだ…。
あの最悪の日から既に半年近くなる。
その日からシャルがこの屋敷に朝一飛び込んできた日まで、屋敷の中は日が差しているのに暗く、空気までが冷たく感じるほど変わってしまっていた。
シャルがシモンと別れないと決断してくれたお陰でようやく元に戻ったが、“魅了”だとかのせいで、普段の仕事と並行して“魅了”の対処もせねばならなくなった。
魅了されていた使用人を拘束し、尋問。
使用人をハーウィン様に任せ、使用人達に魅了のことを伏せ、“シモンとシャルを別れさせ、シャルの後釜を狙っている令嬢がいる。どんな危険があるやもしれんから、身を守る為に指輪を必ず身に付けてるように”とだけ説明した。
すると使用人達全員が一瞬殺気だった気がした。
顔付きもキリッとしたような気がする。
なんだか分からんが、皆の気が引き締まったのなら安心だ。
そんな時だ。
「大変でございます!ガウル様とサランドラ様がいらっしゃいました!」の声と同時にバーーンと音をたててドアが開かれると、
「婿殿ーーーーわしが来たからにはもう安心じゃぞーーーー」と義父であり隣国の元王弟のガウル様が飛び込んで来た。
「わしの力で“魅了「ワアーーーーーー、義父上、待って、待って下さいーーーーー!」」
大声で“魅了”の事を話そうとする義父に駆け寄り、口を塞ぐ。
フガフガ騒いでいる義父に、
「義父上!それ以上は口にしてはいけません!手を離しますが大声で話してはいけませんよ!わかりますか⁉︎」と言うと、ウンウン頷いたので手を離すと、
「すまん、忘れておった。孫夫婦が危機と聞いて我慢出来んかった。
婿殿は息災か。クラリスとシモンは無事か!」
「二人とも無事ですよ。シモンも今は落ち着いております。
義母上は一緒ではないのですか?お一人で来られたんですか?護衛はどうしたんですか⁉︎」
「サランドラなら後ろにおるぞ。護衛は後ろの方に付いて来ておった。」
後ろを振り返ると義母上が立っていた。
「ごめんなさいね、我慢が出来なくて途中から二人とも馬で来ちゃったの。
だってシモン達が大変なんだもの、のんびり馬車になんて乗っていられないでしょ、フフ。」
義父はともかく義母まで馬を駆けてきたのかと思わず「ハァ⁉︎」と声が出そうなところを寸前で止め、
「ご心配をおかけしてしまい、申し訳ございません。
どうぞ部屋まで案内させますので、お着替えなどなさって下さい。」
まだ騒いでいる義父もなんとか部屋に連れて行った。
支度を済ませたクラリスもやってきた。
「大騒ぎだったわね、お父様。屋敷中に響き渡っていたもの、大声が。
全く相変わらずね…お父様は…。」とため息をついていた。
シャルとロビンに会いに行っているシモンを呼び寄せると、シャルとロビンも一緒に戻って来た。
シャルをあまり外には出したくないが、義父母達にロビンを会わせたかったのだろう。
私達も会いたかったので、久しぶりの孫を堪能していた。
ロビンは気付けば寝返りもお座りも出来るようになっていた。
本当ならそれらの成長を間近で見ていられたのにと思うと、怒りが湧く。
あの令嬢さえいなかったら…と思っている時、
バーーーーン!とドアが開いた。
「オオオオオオーーーー!なんと!なんと私の曾孫だな、その赤子はロビンなのだな!
会いたかったぞーーーーー」と義父が大声で叫んだので、ロビンが泣き出した。
「あーーなーーたーー!そんな大きな音を立て大声出すなんて、ロビンが驚いて泣いてしまったではないですか!少し落ち着きなさいませ!」
義母上に叱れても全く聞いていないのか、泣き叫ぶロビンを抱いて大喜びしている義父。
ポカンと口を開いて義父を見ているシャル。
苦笑しているシモン。
「お父様!ロビンが泣いているではないですか!ひきつけを起こしたらどうするのですか!」と扇子で義父上を叩きながら本気で怒っているクラリス。
「よしよし、大丈夫ですよ、ロビン。もう恐ろしい爺はおりませんよ。ロビンは婆が守りますからね、よしよし。」
いつの間にか義父上からロビンを奪い取っていた義母上は、シモンが生まれた時と同じく愛おしそうにロビンをあやしていた。
それからは義父母がロビンの取り合いをしながら、シモンとシャルを労っていた。
「どんなに辛かったでしょう…シモンもシャルちゃんも…。
よく頑張りましたね…二人とも。
シャルちゃん、シモンを見捨てないでくれてありがとう。
シモンを支えてくれてありがとう。」
義母上は涙を溢しながらシャルに頭を下げた。
シャルが慌てて頭を上げるように言っているが、義母上が言うようにシャルはあんな場面を見たのに、シモンと離婚しないと決断してくれた。
それがどれほど有り難かったか、シャルには分からないだろう。
気付けば、義父がオイオイ泣きながらシャルに抱きつき、シモンとクラリスが必死に引き剥がそうとしているが、全く聞こえていないらしくシャルから離れない。
「ばっば、ばっば」
義母上に抱かれたロビンが発した言葉に義父が反応した。
「なんと!なんとなんと!今ロビンはサランドラをババと呼んだのか⁉︎」
抱きしめていたシャルをようやく離し、ロビンに近寄ると、学習したのか小さな声で、
「じじ、じじって言ってごらん、ロビン。
ほら、じ・じ、じじだよ~」
いつになったら真面目な話しが出来るのか…。
だが、こんなに賑やかなのは久しぶりだ。
私の両親はもういない。
母はシモンが2歳の時に、父は10年前に亡くなった。
夫婦仲は悪くはなかったが、良くもなかった両親を見てきていたからか、クラリスの両親と初めて会った時の衝撃は忘れられない。
義父はクラリスを嫁に出したくないからと、婚約者をなかなか決めなかった。
あまりにも鬱陶しく思ったクラリスは、自国の学園ではなく隣国の学園に留学した。
そこで私と出会ったわけだ。
お互い一目惚れした私達は、なんとか義父に婚約の許可をもらおうと父に頼み込み、国王から王弟であるガウル様に婚約の申込をしてもらった。
もちろんクラリスも父親であるガウル様に婚約したいと頼んだが、首を縦には振ってくれなかった。
なんとか会うだけならと返事が来た時は、クラリスと抱き合って喜んだ。
そして拝謁当日。
緊張した両親と俺はガチガチになりながら応接室に通された。
お茶すら口に出来ずに3人で座っていると、
バーーーーンとドアが開き、
「クラリスはやらん!」と一言だけ言い放つとガウル様は走って行ってしまった。
ポカーンとしていた俺達に、サランドラ様が、
「初めまして、わたくしはサランドラ・クーファールと申します。
主人が失礼致しました。
クラリス、皆さんのお相手をお願いね。
私はあの人を捕まえてくるわ。
皆様、もうしばらくお待ち下さいね。」
クラリスに似たサランドラ様は、とても美しく上品に挨拶されると、静かに出て行った。
いまだにポカーンとしていた俺達にクラリスが、
「申し訳ございません、フォックス侯爵様、フォックス侯爵夫人、マシュー様。
父は、なんと言いますか…とても…賑やか、と言いますか…五月蝿いと言いますか…。
今、母が捕まえて連れてまいりますので少々お待ち下さい。」
捕まえる?
俺達3人が多分同じ事を考えている時、廊下から声が聞こえてきた。
「嫌だ、わしは絶対嫌だ!クラリスは誰にもやらん!」
「あなた!いつまでもみっともない!
皆さんお待ちなんですよ!態々遠くからいらっしゃったのです!
あんな挨拶がありますか!
何が“クラリスはやらん”ですか!
そんなんだからクラリスに婚約者が出来ないのです!
私はクラリスから色々聞いていますから、フォックス侯爵子息様はお似合いだと思っていますよ。
何が気に入らないのです、貴方だって勝手に子息の事を調べて、ウンウン納得していたではありませんか!
クラリスは毎日泣いていたのですよ、貴方が許してくれないなら死んでやるって言っていたのですよ!
どうするのですか、クラリスが本当に死んでしまったら!
いい加減腹を括りなさい!
分かりましたね、あ・な・た!」
廊下の声が筒抜け状態なうえ、さっきの淑やかな姿からは想像出来ないサランドラ様と、一言叫んで逃げて行ったガウン様の姿が今どんな状況なのかが容易に想像出来てしまい、思わず吹き出してしまった。
見れば両親も必死に笑うのを堪えている。
「良いですか、部屋に入ったら大声ではなく、普通の声量で挨拶なさって下さいよ!
そして、何も喋らず、ウンウン頷いているだけで構いませんからね。
私がお相手致しますからね、分かりましたか、返事がありませんけど、わ・か・り・ま・し・た・か!」
声は聞こえないが頷いたのだろう、数秒後にドアがノックされた。
俺達はいつの間にか緊張もなくなっており、それからは和やかに話しは進み、ほどなく婚約は結ばれた。
その間、ガウル様はサランドラ様に足をヒールの踵で踏まれ続けていた事には誰も突っ込まなかった。
そんなガウル様も何度か会うと、実の息子のように可愛がってくれた。
両親を亡くしてからは俺にとって、お二人の存在はとても有難くて、安心出来るものであった。
ロビンが疲れてしまったのか眠ってしまったので、シャルとロビンは実家に帰って行った。
まだこの屋敷に戻るのは危険だ。
寂しいが仕方ない。
義父が「行かないでくれーー」と叫んでいるが、これから真面目な話しがある。
「義父上、手紙にも簡単には書きましたが、これまでの事を報告させて下さい。」
今まで泣き叫んでいた義父が王弟の顔になった。
「あった事全て話せ、マシュー。
わしのシモンとシャルに何があったのか。」
それから長い時間をかけて全てを話した。
今まで一人で背負っていたものが、義父と義母に話した事で少し身体が軽くなったような気がした。
「マシューも一人で大変だったな、よう頑張ってシモン家族を守った。
後はわしに任せて、少しお前も休め。」
そう言って私の肩をポンポン叩く義父の前で、泣きそうになったので唇を噛んで堪えた。
心強い味方が来てくれた。
もう一踏ん張りだ。
1,081
あなたにおすすめの小説
家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
理想の『女の子』を演じ尽くしましたが、不倫した子は育てられないのでさようなら
赤羽夕夜
恋愛
親友と不倫した挙句に、黙って不倫相手の子供を生ませて育てさせようとした夫、サイレーンにほとほとあきれ果てたリリエル。
問い詰めるも、開き直り復縁を迫り、同情を誘おうとした夫には千年の恋も冷めてしまった。ショックを通りこして吹っ切れたリリエルはサイレーンと親友のユエルを追い出した。
もう男には懲り懲りだと夫に黙っていたホテル事業に没頭し、好きな物を我慢しない生活を送ろうと決めた。しかし、その矢先に距離を取っていた学生時代の友人たちが急にアピールし始めて……?
さよなら、私の初恋の人
キムラましゅろう
恋愛
さよなら私のかわいい王子さま。
破天荒で常識外れで魔術バカの、私の優しくて愛しい王子さま。
出会いは10歳。
世話係に任命されたのも10歳。
それから5年間、リリシャは問題行動の多い末っ子王子ハロルドの世話を焼き続けてきた。
そんなリリシャにハロルドも信頼を寄せていて。
だけどいつまでも子供のままではいられない。
ハロルドの婚約者選定の話が上がり出し、リリシャは引き際を悟る。
いつもながらの完全ご都合主義。
作中「GGL」というBL要素のある本に触れる箇所があります。
直接的な描写はありませんが、地雷の方はご自衛をお願いいたします。
※関連作品『懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい』
誤字脱字の宝庫です。温かい目でお読み頂けますと幸いです。
小説家になろうさんでも時差投稿します。
「女友達と旅行に行っただけで別れると言われた」僕が何したの?理由がわからない弟が泣きながら相談してきた。
ぱんだ
恋愛
「アリス姉さん助けてくれ!女友達と旅行に行っただけなのに婚約しているフローラに別れると言われたんだ!」
弟のハリーが泣きながら訪問して来た。姉のアリス王妃は突然来たハリーに驚きながら、夫の若き国王マイケルと話を聞いた。
結婚して平和な生活を送っていた新婚夫婦にハリーは涙を流して理由を話した。ハリーは侯爵家の長男で伯爵家のフローラ令嬢と婚約をしている。
それなのに婚約破棄して別れるとはどういう事なのか?詳しく話を聞いてみると、ハリーの返答に姉夫婦は呆れてしまった。
非常に頭の悪い弟が常識的な姉夫婦に相談して婚約者の彼女と話し合うが……
お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる