手紙〜裏切った男と浮気を目撃した女が夫婦に戻るまで〜

jun

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流血 フォックス侯爵視点

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マルティノ侯爵家に向かった“隼”のウィルからの報告に愕然とした。


魅了液の行方が不明なうちは、我が家に居るよりはマルティノ侯爵家の方がシャルーナは安全だろうと話し合った矢先、思い出して欲しくなかった記憶を取り戻したシャルーナは、シモンに対する態度が明らかに変わった。
シモンはショックを受けてはいるが冷静に対応しているようだった。

そして知らされたマルティノ侯爵家の行状。

魔道具の指輪を嵌めていたのは“烏”と数名の使用人のみ。
外されたのはおよそ1ヶ月前。
誰かに傾倒しているようには見えないが、その場にいないシャルーナに対して悪意ある会話が交わされているのを確認。
当主モーリスを始め、ネイサン、クレア、アンナはシャルーナの話しを一切口にする事なし。
“烏”隊長は当主モーリスと報告などの接触をしていたが、多少の違和感を感じながらも指輪の有無にロンから指摘されるまで気付かなかった事を聴き取り確認。
隊長がモーリスの指に指輪はない事を再度確認。
指輪の有無を問うも、あやふやな回答。
シャルーナの長期滞在中止と報告すると、
「既に魅了使いは捕縛され、指輪は不要であろう。今は記憶を失くしたシャルーナを我がマルティノ家にて療養させ、記憶が戻らないのであれば離婚も止むなしとし、次の再婚先を決めねばならない。
子供は産んでおるが、まだシャルーナは若い。嫁ぎ先にも困りはしない。
一刻も早くシャルーナを連れて帰るよう動け。」
と溺愛していた娘に対する言葉とは思えない命を下したと隊長より確認。

魅了液使用は間違いないが、使用者は不明。
“烏”は指輪の行方を最優先で行っている。



ウィルからの報告をシモンとハンスの三人で聞いた。

「屋敷の人間ほぼ全員の指輪を外すなど、そんな事可能か?どうやった?」

私の疑問にウィルは、食事に薬を魅了液と共に強めの睡眠薬を盛ったのだろうと答えた。
確かに眠らせれば取れるだろうが、騎士団と使用人だけでも百人はいる。
そんな大勢を一度に?
犯人は一人ではないのか?
薬で共犯を増やしたのか?

「旦那様、それらの疑問はモーリス様達の魅了を解除してから考えましょう。
とりあえず至急“隼”を何名か向かわせ、“烏”と共にマルティノ侯爵家の警備につかせましょう。
ハーウィン様もそろそろ来られるでしょうから、マルティノ家の皆様をこちらにお呼びし解除して頂くのは如何でしょうか。

万が一の為に、シャルーナ様は奥様に付いていて頂いて護衛もライアンだけでなく数名付けましょう。
魅了の解除が終わるまでは決してモーリス様方をシャルーナ様には接触させないよう万全を期しませんと。」

ハンスが話し終わったとき、ハーウィン様が到着したと知らせがきた。

マルティノ侯爵家への手紙を急いで書き、ウィルに預けた。
「“隼”数名を連れてマルティノ家に急げ。全員は無理でもモーリスとネイサンは無理矢理でも連れて来い。
手紙にシャルが会いたがっていると書いたから抵抗はしないだろう。」

「御意」

ウィルと入れ違いにハーウィン様が駆け込んできた。

「どういう事ですか、フォックス侯爵!」
馬車ではなく馬で来たのか、髪は乱れ汗までかいているハーウィン様を来賓室に案内し、マルティノ侯爵家の事を話した。

「そんな・・・屋敷中の人間に指輪を外させるなんて・・・」

私から聞いた話に呆然とするハーウィン様は肩を落とした。

「数は少ないですが、指輪は持ってきました。1ヶ月前に魅了され未だ魅了されたままなのだとしたら、毎日ではなくとも何らかの形で度々魅了液を接種させられているのでしょう…。
指輪では完全な解除は出来ません。
偏った思考に違和感を感じ、闇雲に暗示されている行動を取ることはなくなりますが、正常な思考と暗示された思考が交錯し、錯乱する可能性があります。
即座に廃人になるような事はありませんが、接種量が不明な状況では絶対とも言えません。

それにマルティノ侯爵も御子息も武術に長けています。
魔道具を付ける際はマルティノ侯爵と御子息を瞬時に拘束しないと危険ですよ。
どうしますか、マルティノ侯爵に魔道具を使いますか?」

魔道具さえ付ければ元に戻ると安易に考えてしまったが、前に解除は慎重に行わねばならないと説明をされていた事を思い出した。
モーリスやネイサンを廃人にさせるわけにはいかないが、モーリスかネイサンの魅了を解除するのは急務でもある。
悩んでいる私にハリスが言った。

「旦那様、モーリス様もネイサン様もこの国の王族を守ってきた方々です。
話しを聞けば、魅了された使用人達はシャルーナ様に対して聞くに耐えない言葉を吐いていたのにモーリス様やネイサン様達は表立ってシャルーナ様に対する悪態はなかったようです。
きっと強靭な精神力で魅了の力に抗っているのではないでしょうか。
モーリス様もネイサン様も決してシャルーナ様を傷つける事などなさいません。
例え我らに刃を向けようと、モーリス様やネイサン様に悪意も殺意もございません。
そんなお二人を拘束する事など騎士を数名と私共がいれば問題ないのではないでしょうか。」


魅了に抗っている・・・。

最愛の娘を憎めとでも命令されているのだろうか…。
娘、妹を守る為必死に抗っているモーリスやネイサンの苦しみを思うと犯人への怒りが溢れる。

そんなモーリス達をさらに苦しめてしまうかもしれないと思うと判断を決められずにいた。

「マシュー殿、元はと言えば私共の研究所の研究員が起こした不法行為が発端です。
ですから全ての責任は私にあります。

マルティノ侯爵家の当主を解除しないと屋敷の指揮が取れません。
マシュー殿に責任を押し付けません。
全面的に私は協力いたしますので心配いりません。
それにガウル様も数日にはこちらに来られます。
それでも決断出来ませんか。」


ハーウィン様に背中を押され、モーリスとネイサンに指輪を付ける決断をした。

クラリスにも説明し、クラリスはシャルの側から離れないよう伝えた。
マルティノ侯爵家の状況に動揺したが即座に持ち直し、シャルの元に向かった。

シモンも行きたそうにしていたが、今はモーリスとネイサンの対処が先だと思ったのか、何も言わなかった。

我が家の騎士団の団長、副団長、隊長二名が来賓室の護衛に付き、シャルの部屋にはライアンと団長が選んだ精鋭二名を付けた。

警備の態勢が整った頃、モーリスとネイサンが到着した。

来賓室に案内された二人は、物々しい警備に眉を寄せた。

「何故ここに団長と副団長がいる?
我らはそれほど危険な人間だとでも言っているのか、マシュー。」

声を荒げはしないが、不愉快極まりないと顔に出すモーリスだが、顔色は悪く、眠れていないのか隈も出来ている。
そしていつもは帯刀などしていないのに二人は帯刀していた。

「久しぶりだな、モーリス、ネイサン。
1ヶ月ぶりだな、シャルの様子も見に来ない程忙しかったのか?。
それにモーリスこそいつもは帯刀などしていないのに何故帯刀してきた?
それほど我がフォックス家は危険か?」

当主同士の腹の探り合いに来賓室に緊張が走っていた。

ノックの音に私とモーリスの高まった緊張感は消え、テーブルにお茶の準備をする微かなカチャカチャとした音のみになった。

応接セットのテーブルを挟んで、私の目の前にモーリスとネイサンが座り、私の隣りにはシモンが座った。

一人掛けのソファにハーウィン様が座り、ハンスは私とシモンの後ろに立った。

「シャルーナはどうした?シャルーナはマルティノ家に戻ってくるのだろう?
浮気した夫の側より実の親や兄夫婦がいる我が家の方がシャルーナも安心出来るだろう。
早くシャルーナを連れて来てくれないか、マシュー。私も暇ではないのだからな。」

顔を歪めながら話すモーリスは、話し終えた後唇を噛んだ。
まるで言いたくない事を言わされた後のように。
ジッとモーリスを見つめていた私は視線を外しハーウィン様を見て頷いた。

「モーリスもネイサンも指輪をしていないが、何故外した?常に付けているようにハーウィン様に言われただろう、指輪があるなら今すぐ付けて欲しいのだが、指輪は手元にないのか?」

「もう魅了使いは捕まった。指輪はもう付ける意味はないと判断した。
指輪は・・・手元にはない・・・。」

「まだ見つかっていない魅了液がある事を知っているだろう?
ならまだ指輪は必須だ。
ちょうどハーウィン様がいる。指輪があるそうなのでここで指輪をはめて欲しい、ネイサンも。」

「何もここで今すぐ嵌める必要はないだろう。後で付けるので今はシャルーナを連れて来るのが先だろう。」

「指輪なんぞ預らんでも今すぐ付ければ良かろう、何故付けない?何か問題でもあるのか?」

「勝手にお前が決めるのもおかしな話しだろう。
シャルーナを連れて来ないのならば私が部屋まで行くぞ。」
そう言って立ちあがろうとしたところをハーウィン様がモーリスに近付き止めた。

「マルティノ侯爵、指輪は一時も外さないで欲しいと私は説明しましたよ。
指輪を付けない限りこの部屋からは出せません。
この屋敷に指輪を付けていない人間はおりません。
万が一、指輪を付けていない侯爵と御子息が魅了されていた場合フォックス侯爵家を危険に晒してしまいます。
どうしても付けないと仰るのなら拘束具を付けますが、宜しいですか?
研究所所長そして王弟として命令しますがどうしますか?」

ドアの横に控えていた団長達はモーリスとネイサンの近くまで来て、剣に手をかけた。

ネイサンも剣に手をかけたがモーリスに制され手を下ろした。

「嵌めれば良いのだろう?ネイサンも付けなさい。」

そう言って指輪に手を伸ばすが、微かに手が震えている。
まるで毒蛇を掴めと言われたかのような様子は、魅了されていると如実に表れていて、胸が締め付けられるような切なさがあった。

その時、ネイサンがテーブルの上の指輪を弾き飛ばした。
一瞬の事に飛ばされた指輪に目がいった。

その隙にネイサンは隊長達を一瞬で延し、来賓室を飛び出した。

その後をシモンが追った。
団長がモーリスを拘束し、副団長と立ち上がった隊長達もネイサンを追った。

私も急いでその後を追った。

遠くで剣撃の音がした後、シモンの「義兄上ーー」と言う叫びを聞いた。
その後に「キャーーーー」と悲鳴が聞こえ、シャルの部屋を突破された事が分かった。

ベッドの上でクラリスと抱き合うシャル。

ライアンや護衛に取り押さえられているネイサン。



そして・・・シャル達を守る位置で膝をつくシモンの下には血溜まりが出来ていた・・・。





















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