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息子との時間
今、俺の部屋には俺と息子しかいない。
乳母すらいない、俺が息子と二人でいたかったから。
息子の名前は『レオン』と名付けた。
アネットとのやり取りの紙にも書いてあったし、昔アーリアが子供が出来たら男の子なら『レオン』と名付けると言っていたから。
「お前の名前はレオンだ。良い名をもらったな。俺はお前の父様だ。
私はお前を愛すると誓おう、レオン。
我が息子よ…俺は…」
それ以上は言えない。
言葉も分からぬ息子はまだはっきりとは見えていない目を俺に向けてジッとこちらを見ている。
「お前は・・・と俺の子だ…生まれてきてくれてありがとう…」
そっとレオンの頬を指の背で撫でると、俺の指をギュッと握る我が子に、愛しさと本当なら隣りにいたであろう人を思い、涙した。
俺が泣いたからか、レオンも愚図り出したので、控えていたメイドにレオンを渡すと、俺と息子との時間は終わった。
毎日30分程の時間、俺はレオンと過ごす。
アネットが参加する事はない。
俺とレオンだけの時間に誰かが参加する事はない。
俺の部屋にはレオン用のベビーベッドが用意された。
赤子用のおもちゃもミルクのセットもある。
もちろんオムツもだ。
抱っこも慣れた。
ミルクの飲ませ方も覚えた。
オムツも苦労したが、一人で交換出来るようになった。
たった30分、後は母親と世話役といるのだろう。
だがその30分は俺にとっては貴重で幸せな時間となった。
たまに抱っこして中庭を散歩もした。
レオンが何故泣いているのかも分かるようになった。
最近は、執務の合間にレオンが乳母に抱かれ、メイドが寄り添うように中庭を散歩している姿を見るのが一番の楽しみだ。
寝返りもお座りも上手に出来るようになったレオンは乳母にとても懐いていて、よく乳母の首に抱きついている。
まるで母親のようだ。
俺は乳母には会ったことはない。
遠くから見ているだけだ。
レオンが最初に発した言葉は「とー」だったそうだ。
最初に聞けなかったのは残念だが、確かに俺を見て「とー、とー」と手を伸ばしてくる。
「そうだ、父様だ。おいで」と抱っこすると、レオンは笑う。
「俺が“とー”なら母様は“かー”なのか?
レオンは母様が好きか?俺は・・・お前の母様が大好きだ。」
と言うとレオンは、「かー、とー」と言っている。
「そうだな、俺も母様に会いたい…会いたいなぁ」
そう言いながらレオンに湯冷しを飲ませ、おもちゃであやし、オムツを変えると何故か笑う息子が不思議で面白い。
「オムツが嫌か?だがこれをやらんと外には出れんぞ、我慢しなさい。」
そんな事をいいながら手際よく汚れを取り、新しいオムツを履かせる。
子供の服を着せるのは重労働だ。
「レオン、動くな。父様はお前を引っ掻いてしまいそうで恐ろしいぞ。」
そんな事をしているうちに30分などあっという間に終わる。
時間が来るとメイドが迎えに来る度レオンは泣く。
「とー、とー」と手を伸ばし泣く息子と別れるのはこちらとしても辛い。
だが延長はしてもらえない。
俺はアネット側の使用人には嫌われているから。
無礼な態度はしないし、王太子への敬意もあるが、妃殿下とレオンにとって俺は悪逆非道な男と思われているのだろう。
そんな事は些末な事だ。
一生ではないのだから。
アネットとは公式行事、執務や視察の事で会うし普通に話す。所謂仕事仲間だ。
喧嘩もしないし、仲良くもない。
寝室もずっと別だ。
それはそれで俺としてもストレスが掛からず丁度良い。
一度だけアネットに言われた。
「貴方は・・・何も言わないのね…」
ギルバートにも前に同じ事を言われたが、答える事は同じだ。
「俺に何かを言える資格はない。」
と答えた後の顔は、よく見る顔だ。
何か言いたげで、かと言ってそれを口にはしない。
もう慣れた。
レオンはハイハイをするようになると、部屋中を動き回るので、俺の部屋には立派なラグを敷き、サークルを拵えた。
その中で30分間グルグル動き回っているレオンを見ている。
時折、俺がいるかを確認すると、また動き出す。
「レオン、楽しいか?」と聞くと、
「キャー」と答える。
「楽しいのか?」
「キャー」
楽しいらしい。
そしてレオンはサークルに捕まり立とうとする。
サークルは固定している訳ではない。
なので俺がサークルを掴んで支えると、何度目かでレオンは立った。
レオンを抱き上げ、
「初めて立ったのか?父様が初めて見たのか?レオンは俺に見せたかったのか?」
とレオンの初めてのつかまり立ちに、俺は喜んだ。
初めてではないのかもしれないが、俺は初めて見たのだ。
初めてで良いだろう。
喜ぶ俺に、レオンも笑う。
「お前はよく笑うな。お前の周りはお前にたくさん笑いかけているのだろう。
母様も笑っているのか?母様は幸せにしているのか?父様の事を…嫌いになってしまったのかな・・・。教えてくれ…レオン…」
抱きしめるレオンが腕の中で「とー、とー」と話していたが、メイドに連れられ行ってしまった。
レオン、お前の母様はもう泣いてはいないだろうか…早く父様に教えてくれ…レオン…。
レオンがつかまり立ちした後、一人立ち、歩き初め、全て俺といる時が初めてだった事が後で分かった。
何故か最初に俺に見せたいのか、俺との時間は努力と根性の時間に充てているようだ。
それを俺は応援しながら見ている。
言葉も増えてきた。
「とー、こえ!」とお気に入りを渡してくる。
「とーた、こえ!」から「とうたま、これ!」に変わる頃、俺と手を繋いで歩けるようになった。
俺の指を小さな手でギュッと掴み、トコトコ歩く息子はどうやら何処かに連れて行きたいらしい。
途中で気付いた。
だからレオンを抱っこして言った。
「レオン、そっちには父様は行けないのだ。
母様に叱られてしまう。
だから今日は父様のお仕事の部屋に行こう。」
レオンが連れて行こうとした場所から離れている俺の執務室へ歩き出した。
「とうたま、おちごと?」と聞くレオンに、
「父様がお仕事をする部屋だ。そこへ行こう。」
「いくー!」執務室へ行っても何もないが、仕方ない。
一度、部屋に戻り、レオンのお世話セットを持ち、執務室へ行く。
執務室にはギルバートとラインハルトがいた。
「あれ、珍しい。今日は二人きりで遊ばないのか?」とギルバートが聞くと、
「ぎう、はるー!」とレオンが手を伸ばす。
手慣れた様子のギルバートがレオンを抱っこした。
その姿に俺は軽く唇を噛む。
ギルバートもラインハルトも自由に会えているのだろう事が悔しい。
「とうたま?」と俺の足元に来たレオンが見上げている。
「とうたま、かなち?えんえん?」と言う。
「いや、大丈夫だ。レオンは何か飲みなさい。」とバスケットの中の果実水が入った水筒を出し、コップに入れて飲ますと、
「おいちぃ」と笑うレオンに沈んだ気持ちは無くなった。
頭を撫で、ギルバートにレオンを渡し、
「もうそろそろ時間だ。レオンを連れていってやって欲しい。」と言った。
「とうたま、ばいばい?」
「また明日な、レオン。ギルに母様の所に連れて行ってもらいなさい。」
嫌だと愚図るレオンの頭を撫で、ギルバートとレオンを執務室から出した。
仕事を始めた俺にラインハルトが、
「お前は何も言わないんだな…」とお決まりのような言葉を言った。
「お前達は毎回同じ事を言うんだな…。
俺には何かを言う権利も資格もない。
お前達も何かを言いたそうだが、言わない。
だったらもう何も聞かないで欲しい。
お前も俺に遠慮などする必要はない。
してもいないと思うが。
ギルバートは遠慮もなく頑張ってるようだし。」
何をと聞かないのなら何の事かは分かったのだろう、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
ラインハルトがアーリアを好きな事は知っていた。
かと言って俺達に嫉妬して邪魔するような事は決してしない、いつでもアーリアの笑顔を眩しそうに見ていただけだ。
今もアーリアを見守り、いつでも駆けつけられるようにしているのだろう。
ラインハルトは良い男だ。
アーリアがラインハルトを選んで幸せになるなら、それで良い。
ギルバートは最近、アネットを気遣い、よく一緒にいると噂で聞いている。
ギルバートが戻ってくるまで、何も話さず仕事をした。
ギルバートが戻ってくると、
「レオン様が“とうたま、とうたま”と泣くから大変だった…。お前が連れて行けばいいだろ?」と言うので、
「俺を近付かせないのはお前らだろ。俺は近付かないから安心しろ。」
ほら、まただ。
ギルバートもラインハルトも同じいつもの顔をする。
だから俺は何も言わない。
言えば我慢出来ずに怒鳴り散らすと分かっているから。
黙々と深夜まで仕事をし、部屋に帰り眠った。食事は仕事をしながら食べたサンドイッチだけだ。
最近は俺がサンドイッチしか食べないから、料理長が俺の体調を心配し、サンドイッチの具は豪華になった。
スープを出しても飲まないと分かったのか、今は野菜と果物のジュースを出すようになった。
最近、城の皆んなが俺を傷ましそうに見ている。
前は汚物を見るように見ていたのに。
それは身内も同じだ。
弟は俺を許していないし、母もまだ怒っていたが、避けはしなかったし、レオンが生まれる前は心配する俺を呆れて笑ってはいた。
だが決してアネットの部屋の近くには近付かせなかったし、生まれてからは前より厳重になり、一歩でも近付こうものなら廃嫡するとまで言った。
弟も自分が王太子になると言っていた。
なってくれたら良いのにと思ったが、近付かせない理由を察し、俺はそれに従っている。
その二人が最近、俺を見かけると何か言いたげに見ては口を閉じて行ってしまう。
父は逆に何も言わない。
宰相もだ。
レオンにどう接しているのかも知らない。
祝いの言葉はかけられたが、俺は父とも宰相とも目を合わさず言葉だけ受け取ったから、どんな顔でその言葉を言ったのか知らない。
ただ父に背中を向けるとジッと見られているのは分かる。
何も言わないのなら俺からも何も言うことはない。
最近ではアネットすら俺をそんな目で見るようになった。
気の毒そうに、
何か言いたげに、
でも言わない。
なんとなく言いたい事が何かは分かる。
しかしその言葉を言えるのはたった一人だけ。
その人は声を出せないのだから何も言うはずもない。
彼女は決して言わないだろう。
許していないからではない。
俺と形だけの妻のアネットとレオンの為に、他人に自分の気持ちを伝えはしないだろう。
今は教えようと思えば伝えられるようにした、でも彼女はそれをしない。なら俺は何も言わない。
俺に対する罰でしたのか、可哀想に思いあんな事をしたのか、それとも本人の意思なのか…どれにしても今それを計画した奴らは罪悪感で居た堪れないのだろう、だからあんな顔をする。
だから俺は何も言わない。
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