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ミレーヌの執着
しおりを挟むジャン視点
あの日、リアさんに元婚約者と会って欲しいとお願いした事を後悔はしていない。
でも、もうリアさんと楽しくお酒を飲めなくなってしまうかもしれないと思うと、気が滅入りそうになる。
リアさん…
こんなにも愛おしいと思った人は今までいなかった。
結婚出来なくなったフィリアに対しての気持ちとは違う、いつまでも一緒にいたいと思わせる温かい存在。
フィリアは私を激しく愛してくれた。
それを嬉しく思っていた。
デートもフィリアが行きたいと言う所に行き、欲しいとねだった物をあげた。
そうすればフィリアが喜ぶから。
でも、私から欲しいとねだった事などなかった。
私の誕生日もフィリアが喜ぶ場所で食事をし、プレゼントは私が喜ぶ物ではなく、フィリアが好きな物を渡された。
王都で人気のデザインなのだと言って、高価なカフスや時計。
私の好みとは違ったが、嬉しいよと言って受け取った。
今思えば、美しいフィリアと付き合っているという事に浮かれていたのだろう。
私が求めていたモノと、フィリアが求めていたモノは違っていたんだと、今になって気付いた。結婚していたら幸せな結婚ではなかったかもしれない。
本当に求めていたモノは、穏やかで温かい優しいリアさんのような人だった。
リアさんが幸せになれるのなら、友人のままで構わない。
笑顔が見れるなら、それだけで良い。
でももし、リアさんが私を求めてくれた時の為に、今すべきことをしよう。
屋敷に帰り、両親にミレーヌの様子を聞くと、
「ジャニスがいないと騒いでいるわ。あの子なんなの?ちょっとおかしいわ。ちゃんとした病院で診てもらった方がいいと思うわ。」
と母が言ってきた。
ミレーヌの部屋に行ってみると、急に抱きついてきた。
「ジャニス兄様!何処に行っていたのですか!兄様も私を捨てるのですか?」
「ミレーヌ…私はミレーヌのものではないよ。出産までの約束なのを忘れてはいけないよ。」
「・・・それでも私は兄様の妻だわ…」
「形だけだよ。」
「やっぱり兄様も私を捨てるんですね。」
「ミレーヌ、何度も言っているだろ、ここで出産するまで預かっているだけで、ミレーヌは客人扱いだと。」
「でも、籍は入れたわ!」
「それは両家のためだろ。もう否定すら出来ない状況にしたのはミレーヌだよ。
それでも皆がミレーヌを心配したからこういう形をとるしかなかったと何度言えば分かるんだい。」
「やっぱりみんな私が邪魔なんだわ!」
「誰もそんな事を言ってないと何回言えばいいの、ミレーヌ!」
こうなってはもうダメだ。
毎回こんな感じだ。
もう出産も近い。
病院に入れた方がいいのかもしれない。
「とにかくもう寝なさい。」
ミレーヌは何も言い返さなかった。
そのまま自室に戻って風呂に入ってベッドに横になる。
ベッドサイドのガーベラを見る。
リアさん…貴女に会いたいです…
たった一輪の花を見つめているだけで、気持ちが落ち着いた。
そのまま眠りについた。
次の日の朝、両親にミレーヌを病院に入院させようと思っている事を伝え、ミレーヌの実家に連絡し、一度ミレーヌの今の様子を見てもらいたいと伝えてもらった。
お昼前に子爵と夫人が来て、ミレーヌを見舞った。
ミレーヌは最初、両親を見て喜び、泣いていたが、ミレーヌの為にラインハル家に多大な迷惑と、返しきれない程の恩がある事を忘れてはいけないと諌められると、いつものように泣いて暴れる。
大きなお腹のミレーヌを気遣い、それ以上興奮させてはいけないと、両親ですらミレーヌを落ち着かせる事はできなかった。
夫人を残し、子爵と私だけ部屋を出ると、
「レグリス子爵、ミレーヌを少し早いが病院に入院させて、専門の医師に見てもらった方が良いと思うのですが、よろしいですか?」
「本当に申し訳ない。私もその方が良いと思います。何を言っても捨てられる捨てられるばかりで、話にならない。
あれが病なのか我儘なのか私どもには判断がつきません。
もし我儘ならば許される事ではありませんが、病ならば治るかもしれませんし。」
「そうですね、一度、その筋の方に往診してもらって、それから決めましょう。
その際はお手数ですが、子爵も同席して下さい。」
「お手数おかけしているのはこちらです。
ジャニス殿には本当に迷惑かけっぱなしで申し訳ない。どんなに騒いでも娘が出産しましたら、連れて帰りますので。
本来なら出産も我が家でしたかったのですが…。」
「それは構いませんから。とにかく医者を探しておきます。」
その時、ガシャンと部屋の中から大きな音がして、悲鳴が聞こえた。
急いで部屋へ入ると、夫人が床に倒れていて、ミレーヌが真っ赤な顔で肩で息をして立っていた。
子爵が夫人に駆け寄り抱き起こすと、夫人の頬は真っ赤になっていた。
子爵が、
「ミレーヌ!これはどういう事だ!」
「お母様が悪いのよ!わたしは侯爵夫人なの!何処にもいかないわ!ここが私の家なの!」
「ミレーヌ!お前はなんて事を!ここはお前の家ではない!侯爵夫人だなんて二度と口にしてはダメだ!」
「うるさいうるさい!みんな出て行って!ここが私の家なの!ジャニス兄様は私の旦那様なの!」
ハァ…とにかく落ち着かせないと。
私はすぐに医者を呼び、ミレーヌを診てもらい、横にならせた。
その後、精神科医を医師に紹介してもらうことにし、今日の執務をこなした。
夫人は娘に殴られた事がショックで、別室で休んでもらっていたが、落ち着いた後、子爵と帰って行った。
しばらく様子を見ておく為に付き添っていた医師が私の執務室に来た。
「ラインハル侯爵、ミレーヌ嬢…とお呼びした方がよろしいですか?」
「ミレーヌ嬢で構わない。」
「ミレーヌ嬢は精神的なものではなく侯爵に捨てられる事を恐れているのではないでしょうか?」
「捨てる?そもそも形だけの結婚で出産したら子爵に戻ると最初から納得しての話し。
政略結婚でも恋愛結婚でもない。
いわば契約結婚だ。
ミレーヌも私の事は兄としてしか見ていない。」
「それは本当でしょうか?先程ミレーヌ嬢と話しましたが、侯爵に好意を持っているような話しぶりでした。
子供の時から好きだったと仰っていましたから。」
ザワっと鳥肌がたった。
もしや私達は一番やってはいけない事をしたのかもしれないと。
これからの厄介ごとを考えると頭が痛くなった。
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