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夜桜一献

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橘紅葉の回想目録

第十四話

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思えば、家に居る間はずっと窮屈だった。顔を合わせれば、何かと邪険にされるし、暴言を吐かれて、精神的にも気が滅入る。それに比べれば、夏樹の家では随分と楽に過ごせている。夏樹の持っていたアルバイトを貰ったので、週に何回か音楽ルームへ訪れるお客さんの受け付けや案内と片付けをこなす。家事しかしてこなかった自分には良い刺激になっていた。あのまま家に居てもどのみち働く事は前提だったし、社会勉強になっていると実感も沸く。1月もしばらくして新学期も始まった頃、誘われて夏樹のアルバイトの様子を見に行くと、彼女の底知れぬ行動力と強さを知る一端となった。夏樹の父親が総合格闘術の道場を開いているのだが、夏樹はそこで師範代として、教えたり、組手の相手になったりと胴着を着て厳しく接していた。総合格闘技だけあって、組手には様々な攻防が繰り広げられる。夏樹が相手をしているのは、見知らぬ男性であったが、ここの生徒らしい。じりじりと双方攻撃の機会を伺っている。男が動いて先手を打って攻勢に出た。夏樹も微動作で拳を回避しつつ、襟を掴もうと出した手首を捕まえて引っ張り、腕が延びきったタイミングで肘に掌を当てる。痛みが入り男が怯んだ隙に懐に入って胸に手を当て重心を崩して大外刈りを決め込む。2本目は先程の柔よく剛を制すを警戒してか相手が距離を取るので、夏樹から仕掛けた。強烈なローキックが相手の太ももに当たって相手が悶絶して倒れる。一瞬の隙を付いて、相手に防御の隙を与えず攻撃を当てた。女性の生徒も居て、夏樹を見て自分も出来るかもと習いに来た女性の方も感嘆の声を漏らしていた。道場を閉めた後、夏樹と共に家路に着く。お風呂に入ってサッパリした後二人でドラマを見ながら会話に花を咲かせる。

「夏樹はこの先どうしたいって思ってるの?後を継いで格闘家?」

「冗談、あんなの高校生活終わったら止めるって。大体他流試合も出来ないし、どこかの協会に所属も出来ない弱小クラブに先は無いって」

地元で少し評判が良いだけの護衛道場に先は無いと斬り捨てた。

「高校生活の間に、一度自分でバンドメンバー集めてバンド組みたいんだよね。たまに、ギターとか練習しててさ。そうだ、霞も一緒にやらない?」

夏樹が、部屋の棚からギターを引っ張り出す。

「音楽を今から始める初心者でいいなら」

「全然問題ないって!!一緒にやろうよ!!」

先の約束を交わしながら、夏樹と一緒に夢を語らう。彼女と過ごす日々はとても楽しい時間で、あの家に居た頃とは比べ物にならない程充実している。その時間が終わる事を告げに、天からバクが戻って来たのは2月に入っての事となった。

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