Voo Doo Child

夜桜一献

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The killer of paranoid Ⅳ

第十三話

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優理が張っている結界を、手で、口で、足で、壊そうと波の様に押し寄せている。

「やだ!!こないで!!・・・海人君!!」

涙目になって必死に助けを乞うが、海人も周囲に化け物に囲まれて身動きが取れない。じりじりと詰め寄られ逃げ場所などどこにも無くなった。海人は最後の攻勢に出ようと試みたが、後ろの化け物に尻尾で絡め取られ締め上げられる。楽しそうに前方の化け物が大きな口を開け、肩を噛みつかれた。鋭い牙が肉に突き刺さり、もがき苦しみ、次々と化け物達が海人へと群がった。

「ああああああああああああああああああ!!!」

激痛が伴い、血が流れていく。パリンという音と共に優理の結界も壊され化け物が優理に襲い掛かった。その直後、化け物がまた新たな障壁にぶつかる。その壁が広がりを見せ、海人と優理に群がっていた化け物達は吹き飛んだ。海人は、傷つき、所々血が夥しく流れているが生きている。そして唖然として吹き飛ぶ化け物を見ていた。

「この力を使うのは最後って決めていたのですが」

ハクが出現し、化け物から二人を障壁を張って防ぐ。

「最悪、この力で姫を救いたかったのですが、もうそれも叶いません。ですが、私はお二人に酷な選択を与えてしまいました。救えるかもしれない希望を与えてしまった事を私は後悔もしています。神との定めにより地上で力を行使した私は直に石に成り果てますが、その前にお二人をこの世界から脱出させます」

「ハク・・・」

「今後の事はお二人で相談して決めて下さい。あなた達に与えた力は消える事なく残ります。あなた達の未来が笑顔に包まれたものであるよう願っていますよ」

ハクは笑顔でそう告げると、少年は明らかな憤りを見せて二人の前に現れる。

「ッフざけんな!!このゾウもどき!!やっと人を殺せると思ってたのに!!」

少年は化け物に指示を出して、結界に群がっていく。その前にハクは二人を転移させてこの少年の精神の世界から脱出させた。自分の体が石に変化していき、体が重く感じる中で最後の力を振り絞る。

「貴方のその思いを私の中で封じます。恐らく一時的な物になるでしょうが今はそれで十分!!」

ハクが口を開けて、化け物を吸い込んでいく。少年をも飲み込んで、下水や壁をも飲み込み文字通り彼の世界をハクはその腹の中へ閉じ込めた。自分も元の世界へと帰ったが、すでに自分の体が石へと変わっている。意識が朦朧とする中でハクは二人が自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、周囲が暗くなってそれも分からなくなった。ハクの体はひび割れ、直ぐ様砕け散り、ハクの体は大地と一つになった。


 あれから、数日が経過して行方不明の二人が突然学校で発見されたという不可思議な現象が起きた。二人は精神状態が不安定で怯えた様子であったというが、彼女達は二人してどこかに幽閉されていたと供述している。二人に何が起きたのか、怪奇現象や都市伝説を思わせる出来事に学校の生徒は騒然となったが、概ね何事もなく無事に戻って来て良かったという安堵の声が大きい。学校の帰り道、優理は学校の友人と街へと赴いていた。主に気晴らしに来たのだが、自分ではなく友人の為である割合が大きい。

「髪の毛、切ったんだね」

「うん、似合うかな?」

「私はそっちの髪型の方が良く似合ってると思うよ」

「ありがとう、嬉しいな。今日はどっかに行こうよ。皆で騒ぎたい気分なんだ」

「付き合うよ、どこでも言って風子」

優理がそう言うと風子は笑顔で頷いた。彼女の頭の上に異常な思いの塊は消え失せ消失している。こないだ勇気を振り絞って山田君に告白を行ったのだ。結果は駄目だったが、お陰で彼女の思いに変化が生じた形となった。学校に一つ下に居る狂気の後輩に関しては、父親が自殺したらしくそれも噂が流れていた。ハクが身を犠牲にしてくれなければ、二人はあのまま彼の世界で死んでいた。あの時二人で泣いて、暫くしてから、優理は海人にこれ以上は手伝えないと伝えた。危ない場面は幾つもあったが、スリルを楽しんでいた事もあって本当の死に直面する事はないとどこかで思っていたからだ。姫の事は優理にしてみれば他人事に過ぎない。命を対価に懸けられるかと言えば答えは明白である。街で偶然、海人と出会う。お互い気づいたが気まずいまま別れてしまった事もあり、何と言っていいか分からない。それでも、彼は小声で優理に「今までありがとう」と伝えてきた。自分は共犯者という認識もあったが故に裏切り者と罵られるだろうと予想していた為、感謝の言葉は少し予想から外れていた。

思わず立ち止まり、振り返って彼の背中を見つめる。

今度は彼が死ぬかもしれない。仮に生き延びても失敗すれば姫の命も無い。

思わず、込み上げてくる感情に揺さぶられそうになる。

「どうしたの?優理。何かあった?何、泣いてる?」

「ううん、何でもないよ・・・行こっか」

2月14日はもう目前。

彼の最後の戦いが報われるように、優理は涙を拭いて日常の和の中へと戻った。
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