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1.ルーンと喋る本とヤクザ

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 魔術、それは不可能を可能にする奇跡。2045年、世界中に彗星が降り注いだ。その彗星は世界に甚大な被害を与えると同時に、地球に、魔術を顕現させた。3年ほど経過すると、魔術師と呼ばれる魔術を使いこなす集団も現れ始めた。魔術は人類を新たなステージに導いた。空気中に滞在する魔素を魔力に変換し、火を生み出したり、また、干ばつの深刻な地域に雨を降らせたり、それは奇跡と呼ばれた。
 そして、その世界でただ1人、魔術が使えない者が居た。




「ルーン、依頼が来てるぞ」
 東京の郊外にある寂れた喫茶店の扉を開けると今日も変わらず分厚い本が喋っている。
「誰から?」
 ルーンと呼ばれた黒髪の青年が尋ねる。
「咬蟲会からだ、敵幹部の暗殺だとよ」
 ルーンは首を傾げ指を鳴らす。
「相変わらず人遣いが荒いなぁ」
「まぁ金払いが良いだけマシだな」
「標的どんな奴?」
「新進気鋭の組織、炎陽魔、だとさ」
「人数は?」
「よく分からないが精々7、8人って所だろう」
「すぐ片付ける、準備は?」
「万全だ」
 慣れた手付きで本に手をかざす、すると本は青白く発光しながら10cm程に小さくなり、ルーンのチェーンネックレスと繋がった。







 薄ら語りが聞こえる。
「明日、咬蟲会を襲撃する。奴らは強い奴が上に行く、ということで会長の、えーっとなんだっけあいつ」

「ぎゃははww宮下ですよボスww」

「お前はいつも呑んだくれてるな、悪いな弱い奴の名前はよく覚えられないんだ」

「お前ら、よく聞け、明日はこの炎陽魔が世界を支配する第一歩だ!お前らこの俺に付いてこい、最強の景色を見せてやる!」

「「「うおおぉーーい!!!!!」」」

 集会地点の扉をそっと開ける。ギィーという重い音と共に、辺りの騒音が静まる。
「誰だテメェ、入隊希望か?にしてはシケた面じゃねぇか」

 呆れながら質問をしてみる。
「一つ聞きたいんだけど、仮に咬蟲会を乗っ取ったとしてそこから本当に世界を取れると思ってる?」

「まるで無理だと思ってる口ぶりだなぁ、良いこと教えてやる、夢は願わないと叶わねーよ、ブァーーーーーカ」
 そう言うとリーダー格のセンター分けロングの男は指をパチンと鳴らす。

 辺りは一瞬にして業火に包まれた。
「討ち入りするなら喋ってる場合じゃねぇだろwww」

「いや、どうしても確認したかったからな」

「効いてねぇな、どういうカラクリだぁ?そのバリアみたいなのはなんだ?色々こっちも確認してぇ事があるなぁ!!!」
 再び指がパチンと鳴るのと同時に呑んだくれの男が大槌で殴りかかって来ていた。後ろの構成員は、呑んだくれに水を纏わせていた。
「ふへへへぇ、消し炭になってくれよおおおぉおぉおおぉ」

「まず1人」
 そう言い放ちセンター分けが放つ炎を気にも留めず大槌に触れ、真正面に力を込める。
 次の瞬間、呑んだくれの男は弾き飛ばされていた。

 
「想定内なんだよ!炎魔術ファイアマジック・ヒュドラ!」
 辺りから無数の火柱が生え、ルーンに襲いかかる。
「ちょっと強化するか」
 ルーンの口は動いていない。声の主は、本だ。声と同時にルーンを中心に展開されているバリアのような物が先程より明度を増した。

「なんだそりゃ、ズルじゃねーか」
 センター分けが放った火柱は全て無効化された。
「あーなるほどな聞いたことあるぜ、胸にキショい喋る本を付けてあらゆる魔術を無効化し鋼鉄の体を持つ暗殺者、通称、存外若いんだなお前」

 ルーンは沈黙する。

「なんか答えろや、つまんねーなぁ?お前でも俺に当たって不幸だわ、本当よぉ、俺らの真骨頂はなぁ
身体強化魔術が使えんだよ」

「「「強化魔術グロウマジック・バーニア!!!」」」

 ルーンはその一瞬で全員の正確な位置と魔力量を確認する。

 魔力が一点に集中している。

 その中の1人が手を叩くと辺りは深い霧に包まれた。
 刹那の後、霧の中から2人が殴りかかる。ただその決死の攻撃も当たらない。1人は殴りかかったその腕を粉砕され、天井に叩き付けられ、もう1人は鳩尾を蹴られ再起不能の状態に陥った。

 そのすぐ後、ルーンは本能で回避をした。後ろからメリケンを付け、先程より何倍も筋骨隆々になっているセンター分けが殴りかかってきた。
 回避と同時にとてつもない音が鳴り響き、センター分けが殴った床は半径50cmほどの範囲が粉々になった。
「今のを避けるのはやるなぁ、流石死神ってとこか」

「全員が強化魔術をお前に使うことで、囮を使って裏からお前の一撃を叩き込むのが戦法なのか」

「勝ちゃなんでも同じよ、今はたまたま避けられたけどよぉ、今の俺の身体能力はお前を大きく上回ってるぜぇ???」

「うーん、それはどうかな」
 ルーンは足に少し力を入れ、踏み込む、それと同時にセンター分けのゴリラも顔面目掛けて拳を振り回す。空気が大きく振動し、地響きが起きる。
「銀狼流 影貫」
「死ねやァァぁぁあ!!!!!!!」
 結果は明白だった。ルーンの貫手は、心臓にまで届いていた。

「はっ、バケモンが……!近々、何か起こるぞ……」

「何のこと?」

「咬蟲会はなんかヤバいことやろうとしてるぞ」

「知ってる」

「知っててアイツらに着くのか、ゴミが……」

「色々あるんだよ、人間」

「精々呪われたまま生きろや……その体でよ……」
 そう言うと口から大量の血を吐き、動かなくなった。





 郊外の拠点に帰ると、咬蟲会幹部の男が酒を呑みながら待っていた。
「ん~桜間ちゃん、今回の報酬ね」
 ルーンは咬蟲会幹部の全身に切り傷が入っている男からアタッシュケースを受け取る。

「ありがとう新村さん」

「また何かあったら頼むわァ、あ、それとね」

「ん、何ですか?」

「あまり余計な事は考えない方が良いわよ?」
 空気が淀む、新村の放つ雰囲気は、辺りを極度の緊張に包む。
「さて、何の事かさっぱりですね」

「あら、それならいいのだけれど」
 新村は舌を出し、自らの左頬の傷を舐める。
「じゃあ、失礼するわね」
 そう言うと新村は2m程の日本刀を持ち、消えた。




「なぁクィード、あいつら一体何をしようとしてるんだろうな」
 ルーンが尋ねるとクィードと呼ばれた本が答える。
「はっ、分かったら苦労しねぇけどロクなことじゃねぇのは確かだ」







「あっちー、ちょっとアイス買いに行ってくるわ」

「いいねぇ人間は、暑かったらアイスが食えてなぁ」

「本はそもそも暑さなんて感じないだろ」

「はっはw暑そうにしてる人を見ると、自然と暑くなるものだぁ」

 自転車に乗り、10分ほど掛けて近くのコンビニに寄る。魔術が発展した世界でも、化学の技術は廃れた訳では無い、少し使われる頻度が低下したという話だ。ダクトの群生地を切り抜け、近道をする為に裏道を通る。

「す、すみません……」
 路地裏の室外機の陰からか細い女の声が聞こえる。
「どうしましたか?」
「ちょっと追われていて……」

「うぉらぁぁあ!!!どこ行きやがったあのクソアマ!!!」
 表では3人ほどの人物が声を荒らげている。
「今出て来たらそんなに痛いことはしないわよ~?」
 あれは、新村だ。どうやらこの女、咬蟲会に手を出したらしい。

 大きなため息をついて問う。
「君一体何したの?あんな人達に手を出して」
「わ、悪い事は何もしてないんです…」
 女はボロボロの服、ボサボサの髪、今にも栄養不足で死にそうな程痩せ細っている。
「た、助けて下さい、このままじゃ殺されます……」
「……」
 助けると間違いなくめんどくさい事になる。だが多分この女は無罪、咬蟲会のシノギは基本違法薬物の売買、ここまで貧乏そうな女にわざわざ幹部まで固執するか?
 これは何かあるかもしれない。そう話している間にも手下の1人がこちらに向かってきている。
 足音が近付く。
「よし、助けるよ、だけど安全を保証したら全てを話してね」
 ルーンはそう答えるとポケットから非常用の煙玉を取り出し、路地裏から顔を一瞬出し、新村の頭に投げ付けた。
 カチっという音が鳴るのと同時に新村は2mの日本刀で煙玉を斬った。
「はぁ誰かしらこういう事するのは、死刑でいいわね」
 周囲が煙に包まれる。
「乗って!」
 ルーンは女を自転車に乗せ、全力で漕いだ。
風魔法ウィンドマジッククリアランス」
 辺りの煙が一瞬にして消え去る。
「ふぅん、随分手際いいのがいるわね」

「範囲を広げなさい、貴方達」

 必死に自転車を漕ぎ、撒くために回り道をして、20分程かけて拠点に戻ってきた。

「ふぅ……死ぬかと思った」
 ルーンは疲れから思わず笑ってしまう。
「あ、本当に、本当にありがとうございます!」

「まずは汚れてるから風呂でも入っててよ、その間に料理でも用意する」

「な、何から何まで、ありがとうございます……」

「おい、ルーン、誰だそれは」
「ひ、ひぃっ本が喋ってる!!」
「俺が俺の意思で助けた、クィードは黙ってろ」

「あー風呂はあっちね、着替えは……とりあえず背丈は同じっぽいから俺のを置いとくよ」

「はい…」

「あ、そうだ名前だけ聞くよ俺は桜間ルーン、ルーンって呼んでよ」

「薄羽詩音です、お好きに呼んで下さい」

「じゃあ、詩音ね」
 詩音は細くフラフラとした足取りで、風呂場へ向かった。







 シャワーの音が薄ら聞こえる中、ルーンが語り出す。
「咬蟲会があの子を追ってた」
「おいおいおい、そりゃ冗談だろ、大体助ける義理もねぇだろ」
「普通はな、でも多分普通じゃない」
「多分って……」
「新村がわざわざ1人を追うか?」
「幹部クラスが確かにやらかした人1人を執拗に追う、確かに引っかかるなぁ」
「もしかしたら、咬蟲会の暗部に関わっているかもしれない」
「守りきれるのか?」
「やるしかないね」

 そう言うとルーンは古いコンロに火を付け、料理の準備を始めた。









 一方その頃咬蟲会アジトでは幹部会が行われていた。
「おい新村、アレを逃がしたのか」
「申し訳ございません会長」
「アレは、鍵だぞ」
 会長と呼ばれている男は異様な雰囲気を放つ、答えるもの全てを断罪するような雰囲気を。そしてその男は指を鳴らす。轟音と共に新村は2m程弾き飛ばされる。
 新村は四つん這いになりながら答える。
「……分かっています、必ず連れ帰ります」

「まぁいい、お前はあまりミスをしないからな、会の総力を挙げ探す、連れ帰った者にはそれなりの褒美を用意しよう」

「「「「「了解致しました」」」」」

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