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思い出

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『ねぇ、じぃじ!本読んでっ!』

幼き日のエリーゼは、マクミラン卿に朗読をせがんだ。

『はは、エリーゼ様。私はまだじぃじと呼ばれる年齢では無いのですが…』

『?…だって、じぃじはじぃじでしょ?』

『はは、そうですね…。では、読みますよー』

二人だけの空間。
エリーゼの大好きな本を何度も読み聞かせる。

ラルフという少年が、自由を求めて旅をするお話。
今日は、家族愛について書かれている部分を読み聞かせた。

『ねぇ、じぃじ。なんでお母様は私とお話してくれないの?』

そんな話をエリーゼは突然、話し始めた。

『エリーゼ様…、そ、それはですね。お母様も色々と忙しくてですね…』

それを聞いて、彼女は悲しそうな顔をする。
本当の事は言わなかった。
母親はエリーゼに期待していない事を。

長女と次女の才能が豊かで、三女のエリーゼには興味がない事をマクミラン卿は知っていた。
こんな、素直な子なのに…。

『(私が、しっかりせねば…ッ!)』

マクミラン卿は、そっと後ろからエリーゼを抱き寄せた。

『ぃじ…?』

『申し訳ございませぬッ!私は、私はッ、心の底からエリーゼ様の事を愛しております。故、必ず必ず貴女様を立派に育てあげてみせますッ!』

卿は、涙を流していた。



––




飛ぶ数秒前、

一瞬エリーゼは、幼き日の思い出に思いを馳せていた。
そんな何気ない思い出が、彼女に勇気を与えてくれる。
足の震えが、止まった。

壁の下では、騎馬隊の方面にマクミラン卿が、広大な大地の方ではフランツがそれぞれこちらに向かって叫んでいた。

体は、騎馬隊の方を向いている。
しかし、その体は後ろへ向かって、後退りをし始めた。そして、優しい顔つきでマクミラン卿の方を向く。






「…じぃじ。今まで育ててくれてありがとう。さよなら」







彼女は大空を舞った。
叫び声をあげそうな緊張感と共に、小さな体は飛ぶ。そして、大地になんとか足を着地させた。

「はっ!やった!やった飛べたよぉッ!フランツ!」

「よくやった!エリーゼ!」

満面の笑みで、エリーゼとフランツは力強く抱き合った。
二人で、逃げ切った喜びを分かち合う。

「まだ、走れるか?」

「うんっ!行こうっ!」

手を取り合って、二人は広大な大地を走り出した。







逆側に飛んだ彼女を、呆然と眺めていたマクミラン卿は、小さく呟いた。

「…な、なぜあちらへ行かれるのです…。エリーゼ様…」

拳に力が入る。
卿は、力強い声で他の兵士たちへ叫んだ。

「緊急令を全国へ発布しろッ!!隣国も対照だッ!なんとしてでも、エリーゼ様を連れ戻すッ!」

「はっ!!」

家来たちと共に、壁とは逆方向へ馬を走らせる。




––––––––––––––





一旦逃げ切りに成功した二人は、近くの山を登っていた。
遂にエリーゼの足が限界に達したのか、フランツはエリーゼを背負って渾身の力で一歩一歩険しい道を登っていた。

「だ、大丈夫……?」

「な、なんのこれしきィィィっ!」

だが、そんな底力も限界にきたのか、フランツも地面に膝をついてしまった。

「や、やっぱダメだ。一旦、休憩にしよう」

「うん、背負ってくれてありがとね。助かったわ」

エリーゼもその場で座り込み、足の具合を確認する。
幸い、フランツが布で止血してくれたお陰で、血は止まっていた。

「エリーゼ。腹、減ってるだろ?」

「えっ…?」

気がつけば、朝から何も食べていなかった。
ようやく緊張から解放されるように、急にエリーゼのお腹が鳴る。恥ずかしそうに、彼女は顔を真っ赤にしてお腹を押さえた。

「あぁぁぁ……っ!聞かなかった事にしてっ!」

「はは、そりゃ無理なこったな」

「もおおおっ!」

よし!とフランツは、カバンの中から縫製用の糸を取り出し、何本か伸ばして切った後、その糸を一つに捻り始めた。

「洋服用語で、『撚るよる』っていうんだけどな、こうして糸を捻ると凄く強度を増すんだ。服もこうして撚ってから生地にしてる」

そう言って、何本もの糸を撚って強度を高めた一本の糸を持ち、先っぽに持っていた針をつけた。

「エリーゼ。近くで川の音がするんだ。ちょっと行ってみようぜ!」


二人は川の音がする方向へ歩く。
やがて、視線の先に山の上流から下流へ流れる一本の川を見つけた。

「わぁっ!ここで水も飲めるわっ!」

「うんうん、魚はいるな…」

エリーゼの興奮とは別に、フランツは川を少し覗き込んだ後、辺りを物色し始めた。そして、近くの石をめくって、そこにいた幼虫を針の先につける。

「なぁ、エリーゼ。俺は昔、町一番の釣り名人だったんだぜ」

そう言って、幼虫をつけた糸を川に垂らした。
簡単な返ししかつけていないので、ちょっと心持たないが…。

数十秒の沈黙の後、フランツは糸がクイっと引かれるのを確認した。

「そこだッ!」

そして、一気に糸を引っ張った。
すると引っ張った糸の先に、魚が引っかかっており、バタバタと空を跳ねる。

「わあっ!すごい、すごーいっ!!」

エリーゼが、手をパンパン叩いてその場で飛び上がった。
その健気な姿に、フランツも調子付く。

「よし。今日の飯は魚の踊り食い20種セットだ」
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