幸運の置物

tanuki334

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幸運の置物

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さわやかな五月の陽気に包まれながら、まだ見ぬ場所を求めて僕は歩いていた。高校生になり、地元とは違う町の学校に通うこととなった僕は、よく放課後に学校の周りをふらふら散歩している。部活にも加入していないので、ホームルームが終わるなり荷物をまとめて、学校を後にした。

 ある程度歩いていると、さびれた商店街に出た。すっかり空には赤みがかかってきている。僕は面白そうな店が歩みを遅めあたりを見渡した。すると地味な金物屋が僕の興味を引いた。入口のドア前にウッドチェアがあるのだが、その上になにやらサッカーボールほどの青い物体が置いてあった。それは招き猫のような形をしていたが、一般にイメージされているものとはかけ離れた見た目をしていた。球体型のフォルムで耳がなく全身真っ青でまるで有名なアニメのキャラクターのようだ。おまけに両腕は万歳をしている。だが掲げている手には小判がくっついておりかろうじて招き猫だとわかる。だいたい僕は招き猫と判断したが、そもそも招き猫であっているのだろうか。それが人気のない商店街の金物屋の軒先にポツンと置いてあり気になる。すごく気になる。こいつがどうして置いてあるのか、そして一体だれが作り何を意識したのか。窓から店内を覗いてみると人の姿はなかったが、明かりはついていており、営業しているようだ。異様な雰囲気の店に入る踏ん切りがつかずぼんやりと焦点の合わない目で店の中を見ていた。
 
 あれこれ考えて招き猫の事を聞こうと決意して金物屋の中に突入した。店の真ん中には大きな棚があり、そこに食器や料理道具が大量に並んでいる。とりあえず置いてあるものを物色してみるが、招き猫とは裏腹にどれも至って普通のものだった。そういえばいったいどんな人がこの店をやっているのだろう。小ぶりのフライパンを触りながらそう思っていると、居住スペースと思われる暖簾のむこうから男がやってきた。その風貌を見たとたん僕は店に入ったことを後悔した。五十代ぐらいと思われるその男はスキンヘッドに大柄。おまけに任侠映画の強面で一般的に想像されるやくざのようだ。男はそのままレジの椅子に座り込み新聞を読み始めた。しまった、こんな恐ろしい人に話しかけたくない。このまま帰ってしまおうか。僕は商品を選ぶふりをしてずっと聞こうか聞くまいか悩んでいた。
 僕がおどおどしているとついに店主は新聞から目を離しこちらをうかがうようになってきた。早く何か買ってここを出よう。僕は覚悟を決めそばにあったフライパンをつかんでレジへ向かった。レジのカウンターにフライパンを置くと男は低い声で
「二千円」
とだけ言った。僕は財布からお金を取り出し勇気を振り絞り招き猫について聞いてみた。
「店の前のあの置物、どこで手に入れたんですか」
「それがどうかしたか」
男はお札の枚数を確かめている。
「珍しいと思って・・・」
「家に置いてあったからおいてるだけ。特に意味はないよ」
僕はこれ以上何も聞けずに二千円を払い重たいフライパンをもって店から出た。結局、招き猫の謎はわからずに二千円もの出費と重たい荷物が増えただけだった。

 あの日以来、あの店に行くことはなく、招き猫への興味など跡形もなく消え去ったが、買ってきたフライパンを無駄にはしたくはなかった。二千円は高校生にとってはそこそこの出費である。部活もなく放課後の散歩が日課の僕に料理という趣味が増えた。やがて僕は校卒業後に料理の専門学校に通い、その後東京にある洋食店で数年間修業を積んで、ついには自分のお店を開くまでになった。僕の人生はあの奇妙な招き猫に大きく左右されてしまったわけだ。何のためにあるのかもよくわからず店主のきまぐれだったのに。だが、料理人になってよかったと思っているし、あの招き猫には感謝している。そして同じように自分の店の前に招き猫を置いている。あいつと同じものを探すことはできなかったが、万歳のポーズをしているものは見つけ出すことができた。まだ誰からも突っ込まれたことはないが、いつか聞かれる日を待ち望んでいる。そして僕は、
「理由なんてないよ」
と答えるつもりである。それが誰かにとって何かを変えてくれることを期待して。
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