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「――というわけで、この物件は『訳あり』のため、相場の十分の一で売りに出されているのです」
隣国の辺境都市、その外れにある不動産屋のカウンター。
脂ぎった店主が、申し訳なさそうに一枚の図面を差し出しました。
私が指名したのは、街から馬車でさらに一時間ほど森へ入った場所にある、古びた洋館です。
「『訳あり』とは? 具体的に述べなさい」
「は、はい……。実はその……出るんです」
「害虫が?」
「いえ、オバケが」
店主が声を潜めました。
なんでも、前の持ち主が不審死を遂げて以来、夜な夜な不気味な声が聞こえたり、勝手に皿が飛んだりするのだとか。
地元では『呪われた館』として有名で、誰も近づかないそうです。
私は図面と、提示された破格の金額を見比べました。
「……セオドア」
「はい、お嬢様」
「幽霊に人件費はかかるかしら?」
「いいえ。彼らは食事も睡眠も給与も要求しません。24時間365日、無休で屋敷を徘徊する『自動警備システム』と考えれば、これほどコストパフォーマンスの良い存在はありません」
「その通りね。採用よ」
私が即決すると、店主が目を剥きました。
「ほ、本気ですか!? 取り殺されますよ!?」
「生きた人間の方がよほど厄介です。特に、予算を食いつぶす無能な元婚約者などに比べれば、実体のない霊などそよ風のようなもの。契約書を作りなさい。即金で払います」
「は、はぁ……」
店主は震えながら手続きを進めました。
こうして私は、金貨わずか10枚(元婚約者のジャケット1着分)で、広大な敷地と屋敷を手に入れたのでした。
「さあ、着いたわよ。ここが今日から私たちの本社(オフィス)兼自宅よ」
私が馬車を降りて指差した先には、蔦(つた)に覆われ、窓ガラスが割れ、今にも崩れ落ちそうな廃墟――もとい、重厚な石造りの屋敷が佇んでいました。
カラスが「アホー」と鳴いて飛び立ちます。
「姐さん……マジっすか? ここで寝るんすか?」
「お化け屋敷じゃねぇか……」
後ろをついてきた『元山賊警備隊(リズナ・コーポレーション警備部)』の面々が、顔を引きつらせています。
私は彼らを振り返り、パンパンと手を叩きました。
「甘ったれない! あなたたちの仕事は警備だけではありません。『リフォーム部』としての業務も兼任してもらいます」
「リ、リフォーム部!?」
「屋根の修繕、庭の草むしり、窓の張り替え。やることは山積みです。資材はすでに発注済み。さあ、働きなさい! 働かざる者、食うべからず!」
私の号令に、元山賊たちが「ひえええっ」と悲鳴を上げながらも動き出しました。
彼らは粗野ですが、体力だけはあります。
重い木材を運び、荒れた庭を開墾する労働力としては最高でした。
「セオドア、あなたは内装の指揮を。私は近隣への挨拶回り……いえ、『市場調査』に行ってくるわ」
「承知いたしました。……おや? お嬢様、あちらをご覧ください」
セオドアが屋敷の2階を指差しました。
割れた窓の奥に、ぼんやりと白い人影が浮かんでいます。
噂の幽霊でしょう。
元山賊たちが「で、出たァァァッ!」と腰を抜かしました。
私は眉一つ動かさず、屋敷に向かって大声を張り上げました。
「そこの幽霊! 不法占拠です! 居住権を主張するなら、家賃を払うか労働力を提供しなさい! もし私が戻るまでに掃除の一つもしていなければ、聖水を撒いて除霊しますからねッ!」
私の恫喝が響き渡ると、白い人影はビクッとしたように見えました。
そして次の瞬間、猛スピードで窓拭きを始めました。
キュッキュッキュッ、と小気味よい音が聞こえてきます。
「……よし。教育完了」
「さすがはお嬢様。死者すら酷使するとは」
「使えるものは何でも使う。それが経営者の務めよ」
それから数日。
私の的確な指揮(と、幽霊をも恐れぬ恫喝)により、ボロ屋敷は劇的なスピードで再生していきました。
外壁は磨かれ、庭は整備され、荒地だった裏庭は立派な薬草園(換金作物用)へと変貌を遂げました。
そんなある日の夕暮れ。
優雅にティータイムを楽しんでいると、セオドアが妙な顔で新聞を持ってきました。
「お嬢様、面白い記事が出ています」
「何? 株価の変動?」
「いえ、ゴシップ欄です。『隣国から亡命した悪役令嬢、辺境の砦(とりで)を占拠し、独立国家の樹立を宣言か!?』との見出しが」
私は紅茶を吹きそうになりました。
「……は?」
「記事によりますと、『凶悪な私兵集団(元山賊たち)を従え、死霊術(ただの掃除係の幽霊)を操り、王都への復讐を画策している魔王のような女』だそうです」
「誰よそれ。名誉毀損で訴えるわよ」
「さらに、『彼女の元には、世を拗(す)ねた危険思想の持ち主たちが集結しつつある』とも書かれていますね」
「フェイクニュースもいいところだわ。私が望んでいるのは静かな隠居生活と、安定した不労所得だけなのに」
呆れ返っていると、門の方から騒がしい声が聞こえてきました。
「ここか! ここが『常識に囚われない自由な国』への入り口か!」
「頼む! 俺を仲間に入れてくれ!」
門番をしている元山賊が、困った顔で駆け寄ってきました。
「お、オーナー! なんか変な奴が来やがりました!」
「変な奴?」
「全身ボロボロのローブを着て、背中に怪しい機械を背負った男です。『俺の研究を理解してくれるのは、魔王リズナ様しかいない!』とか叫んでて……」
私はこめかみを押さえました。
どうやらフェイクニュースを真に受けた変人が、本当に来てしまったようです。
「追い返しなさい。ここは研究所でも独立国家でもありません」
「それが……『爆破魔法の実験場所を提供してくれるなら、家賃として金貨を払う』と言ってまして……」
「……金貨?」
私の耳がピクリと動きました。
「通しなさい。丁度、裏山の岩盤除去作業が難航していたところよ」
「えっ? いいんすか?」
「爆破魔法の使い手なら、ダイナマイト代わりになるわ。採用面接を行います」
数分後。
私の目の前に現れたのは、眼鏡のレンズが割れ、髪が爆発したような青年でした。
名を、アルヴィンというそうです。
「お、お初にお目にかかります、リズナ閣下! 私は王立魔導研究所を『爆発規模がデカすぎて危険』という理由で追放された、不遇の天才アルヴィンです!」
「閣下はやめてください。で、あなたの特技は爆発だけですか?」
「だけとは心外な! 私の魔法は『地形を変えるレベルの破壊力』を精密制御できるのです! しかし、どこの現場でも『やりすぎだ』と怒られ……」
「なるほど。つまり、指定した範囲を跡形もなく消し飛ばせると?」
「はい! ですが、誰も雇ってくれなくて……」
アルヴィンは涙ぐみました。
私は彼を値踏みしました。
破壊力抜群の魔法使い。普通なら危険人物ですが、私の目には『高性能な重機』にしか見えません。
「採用です」
「えっ!?」
「私の領地(庭)の開拓工事を担当してもらいます。岩を砕き、木を薙ぎ倒し、更地に変える簡単なお仕事です。報酬は成果報酬。ただし、私の許可なく爆発させたら、損害賠償を請求します」
「あ、ありがとうございますぅぅぅ! 一生ついていきます、閣下ァ!」
アルヴィンは地面に頭を擦り付けました。
こうして、私の屋敷にまた一人、優秀な(?)労働力が加わりました。
「お嬢様……本当に独立国家を作るおつもりですか?」
「まさか。ただの『人材活用』よ」
私は優雅に微笑みました。
しかし、この後も「毒の研究をして追放された薬師(=優秀な農薬開発者)」や「筋肉を愛しすぎて騎士団をクビになった重戦士(=トラクター代わりの怪力)」など、社会からはみ出した変人たちが続々と集まってくることになります。
私の屋敷は、いつしか近隣住民から『魔境のアジト』と呼ばれ、恐れられるようになっていくのですが……。
まあ、彼らが私の資産を増やしてくれるなら、呼び名なんてどうでもいいことです。
一方その頃。
森の中で遭難していたギルバート殿下たちは、ようやく私の屋敷の噂を耳にしていました。
「な、なんだと……リズナが魔王になって独立宣言……!?」
殿下はボロボロの服で、震え上がっていました。
「やはりあいつは、最初から国を乗っ取るつもりだったのか! おのれ、正義の鉄槌を下してやる!」
……いえ、ただの別荘ライフです。
勘違いもここまで来ると、一種の才能かもしれません。
隣国の辺境都市、その外れにある不動産屋のカウンター。
脂ぎった店主が、申し訳なさそうに一枚の図面を差し出しました。
私が指名したのは、街から馬車でさらに一時間ほど森へ入った場所にある、古びた洋館です。
「『訳あり』とは? 具体的に述べなさい」
「は、はい……。実はその……出るんです」
「害虫が?」
「いえ、オバケが」
店主が声を潜めました。
なんでも、前の持ち主が不審死を遂げて以来、夜な夜な不気味な声が聞こえたり、勝手に皿が飛んだりするのだとか。
地元では『呪われた館』として有名で、誰も近づかないそうです。
私は図面と、提示された破格の金額を見比べました。
「……セオドア」
「はい、お嬢様」
「幽霊に人件費はかかるかしら?」
「いいえ。彼らは食事も睡眠も給与も要求しません。24時間365日、無休で屋敷を徘徊する『自動警備システム』と考えれば、これほどコストパフォーマンスの良い存在はありません」
「その通りね。採用よ」
私が即決すると、店主が目を剥きました。
「ほ、本気ですか!? 取り殺されますよ!?」
「生きた人間の方がよほど厄介です。特に、予算を食いつぶす無能な元婚約者などに比べれば、実体のない霊などそよ風のようなもの。契約書を作りなさい。即金で払います」
「は、はぁ……」
店主は震えながら手続きを進めました。
こうして私は、金貨わずか10枚(元婚約者のジャケット1着分)で、広大な敷地と屋敷を手に入れたのでした。
「さあ、着いたわよ。ここが今日から私たちの本社(オフィス)兼自宅よ」
私が馬車を降りて指差した先には、蔦(つた)に覆われ、窓ガラスが割れ、今にも崩れ落ちそうな廃墟――もとい、重厚な石造りの屋敷が佇んでいました。
カラスが「アホー」と鳴いて飛び立ちます。
「姐さん……マジっすか? ここで寝るんすか?」
「お化け屋敷じゃねぇか……」
後ろをついてきた『元山賊警備隊(リズナ・コーポレーション警備部)』の面々が、顔を引きつらせています。
私は彼らを振り返り、パンパンと手を叩きました。
「甘ったれない! あなたたちの仕事は警備だけではありません。『リフォーム部』としての業務も兼任してもらいます」
「リ、リフォーム部!?」
「屋根の修繕、庭の草むしり、窓の張り替え。やることは山積みです。資材はすでに発注済み。さあ、働きなさい! 働かざる者、食うべからず!」
私の号令に、元山賊たちが「ひえええっ」と悲鳴を上げながらも動き出しました。
彼らは粗野ですが、体力だけはあります。
重い木材を運び、荒れた庭を開墾する労働力としては最高でした。
「セオドア、あなたは内装の指揮を。私は近隣への挨拶回り……いえ、『市場調査』に行ってくるわ」
「承知いたしました。……おや? お嬢様、あちらをご覧ください」
セオドアが屋敷の2階を指差しました。
割れた窓の奥に、ぼんやりと白い人影が浮かんでいます。
噂の幽霊でしょう。
元山賊たちが「で、出たァァァッ!」と腰を抜かしました。
私は眉一つ動かさず、屋敷に向かって大声を張り上げました。
「そこの幽霊! 不法占拠です! 居住権を主張するなら、家賃を払うか労働力を提供しなさい! もし私が戻るまでに掃除の一つもしていなければ、聖水を撒いて除霊しますからねッ!」
私の恫喝が響き渡ると、白い人影はビクッとしたように見えました。
そして次の瞬間、猛スピードで窓拭きを始めました。
キュッキュッキュッ、と小気味よい音が聞こえてきます。
「……よし。教育完了」
「さすがはお嬢様。死者すら酷使するとは」
「使えるものは何でも使う。それが経営者の務めよ」
それから数日。
私の的確な指揮(と、幽霊をも恐れぬ恫喝)により、ボロ屋敷は劇的なスピードで再生していきました。
外壁は磨かれ、庭は整備され、荒地だった裏庭は立派な薬草園(換金作物用)へと変貌を遂げました。
そんなある日の夕暮れ。
優雅にティータイムを楽しんでいると、セオドアが妙な顔で新聞を持ってきました。
「お嬢様、面白い記事が出ています」
「何? 株価の変動?」
「いえ、ゴシップ欄です。『隣国から亡命した悪役令嬢、辺境の砦(とりで)を占拠し、独立国家の樹立を宣言か!?』との見出しが」
私は紅茶を吹きそうになりました。
「……は?」
「記事によりますと、『凶悪な私兵集団(元山賊たち)を従え、死霊術(ただの掃除係の幽霊)を操り、王都への復讐を画策している魔王のような女』だそうです」
「誰よそれ。名誉毀損で訴えるわよ」
「さらに、『彼女の元には、世を拗(す)ねた危険思想の持ち主たちが集結しつつある』とも書かれていますね」
「フェイクニュースもいいところだわ。私が望んでいるのは静かな隠居生活と、安定した不労所得だけなのに」
呆れ返っていると、門の方から騒がしい声が聞こえてきました。
「ここか! ここが『常識に囚われない自由な国』への入り口か!」
「頼む! 俺を仲間に入れてくれ!」
門番をしている元山賊が、困った顔で駆け寄ってきました。
「お、オーナー! なんか変な奴が来やがりました!」
「変な奴?」
「全身ボロボロのローブを着て、背中に怪しい機械を背負った男です。『俺の研究を理解してくれるのは、魔王リズナ様しかいない!』とか叫んでて……」
私はこめかみを押さえました。
どうやらフェイクニュースを真に受けた変人が、本当に来てしまったようです。
「追い返しなさい。ここは研究所でも独立国家でもありません」
「それが……『爆破魔法の実験場所を提供してくれるなら、家賃として金貨を払う』と言ってまして……」
「……金貨?」
私の耳がピクリと動きました。
「通しなさい。丁度、裏山の岩盤除去作業が難航していたところよ」
「えっ? いいんすか?」
「爆破魔法の使い手なら、ダイナマイト代わりになるわ。採用面接を行います」
数分後。
私の目の前に現れたのは、眼鏡のレンズが割れ、髪が爆発したような青年でした。
名を、アルヴィンというそうです。
「お、お初にお目にかかります、リズナ閣下! 私は王立魔導研究所を『爆発規模がデカすぎて危険』という理由で追放された、不遇の天才アルヴィンです!」
「閣下はやめてください。で、あなたの特技は爆発だけですか?」
「だけとは心外な! 私の魔法は『地形を変えるレベルの破壊力』を精密制御できるのです! しかし、どこの現場でも『やりすぎだ』と怒られ……」
「なるほど。つまり、指定した範囲を跡形もなく消し飛ばせると?」
「はい! ですが、誰も雇ってくれなくて……」
アルヴィンは涙ぐみました。
私は彼を値踏みしました。
破壊力抜群の魔法使い。普通なら危険人物ですが、私の目には『高性能な重機』にしか見えません。
「採用です」
「えっ!?」
「私の領地(庭)の開拓工事を担当してもらいます。岩を砕き、木を薙ぎ倒し、更地に変える簡単なお仕事です。報酬は成果報酬。ただし、私の許可なく爆発させたら、損害賠償を請求します」
「あ、ありがとうございますぅぅぅ! 一生ついていきます、閣下ァ!」
アルヴィンは地面に頭を擦り付けました。
こうして、私の屋敷にまた一人、優秀な(?)労働力が加わりました。
「お嬢様……本当に独立国家を作るおつもりですか?」
「まさか。ただの『人材活用』よ」
私は優雅に微笑みました。
しかし、この後も「毒の研究をして追放された薬師(=優秀な農薬開発者)」や「筋肉を愛しすぎて騎士団をクビになった重戦士(=トラクター代わりの怪力)」など、社会からはみ出した変人たちが続々と集まってくることになります。
私の屋敷は、いつしか近隣住民から『魔境のアジト』と呼ばれ、恐れられるようになっていくのですが……。
まあ、彼らが私の資産を増やしてくれるなら、呼び名なんてどうでもいいことです。
一方その頃。
森の中で遭難していたギルバート殿下たちは、ようやく私の屋敷の噂を耳にしていました。
「な、なんだと……リズナが魔王になって独立宣言……!?」
殿下はボロボロの服で、震え上がっていました。
「やはりあいつは、最初から国を乗っ取るつもりだったのか! おのれ、正義の鉄槌を下してやる!」
……いえ、ただの別荘ライフです。
勘違いもここまで来ると、一種の才能かもしれません。
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