悪役令嬢、婚約破棄に「御意!」と即答!

ちゅんりー

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「……セオドア」

「はい、王妃陛下」

「育児とは、国家運営よりも難易度が高いプロジェクトなのでしょうか? 私の計算では、予測不能な変数(エラー)が多すぎます」


ローゼリア王国の王城、プライベートガーデン。

かつて「悪役令嬢」として名を馳せ、今は「伝説の悪妻(名君)」として大陸を牛耳るリズナ王妃は、こめかみを押さえてベンチに座り込んでいました。

彼女の視線の先には、5歳になる双子の子供たちの姿があります。

兄の王子、アレク。
妹の王女、シャル。

二人は天使のように愛らしい容姿をしていましたが、その中身は……あまりにも極端に「両親の遺伝子」を受け継いでしまっていたのです。


「見てください、お母様! 蝶々です! ああっ、なんて美しい羽ばたきなんだ!」


兄のアレクが、花畑で叫びました。
彼はリズナ似の黒髪と切れ長の目を持つ、クールな美少年です。
しかし、その瞳はキラキラと潤み、両手を広げて詩を詠み始めました。


「おお、蝶よ! 君は風の妖精! 僕とワルツを踊ろう! 愛こそが世界のすべてだー!」


……はい。
見た目はリズナですが、中身は完全に「更生前のギルバート(お花畑)」でした。


「……頭が痛いわ。なぜ私のDNAから、あんなポエム製造機が生まれたのかしら」

「隔世遺伝……いえ、反面教師にし損ねた結果かと」


セオドアが冷静に分析します。
そして、もう一人。


「お兄様、うるさいです。蝶の羽ばたきで株価は変動しません」


妹のシャルが、冷めた声で言い放ちました。
彼女はギルバート似の金髪碧眼、フワフワとした愛らしい容姿の美少女です。
しかし、その手には「子供用電卓」が握りしめられ、眉間には深い皺が刻まれていました。


「それよりお母様。今月の私のお小遣いについて交渉(ネゴシエーション)したいのですが」

「……シャル。先週上げたばかりでしょう?」

「インフレ率を考慮していません。物価上昇に伴い、ベースアップを要求します。さもなくば、お父様の『お昼寝中のマヌケな寝顔写真』を城下に流出させます」


……はい。
見た目はギルバートですが、中身は完全に「リズナ(銭ゲバ)」でした。


「……詰んだわ」


リズナは天を仰ぎました。


「息子は将来、どこかの悪女に騙されて国を傾けそうだし、娘は将来、国を売り飛ばして巨万の富を築きそうだわ」

「バランスが取れていてよろしいのでは?」

「プラスマイナスでゼロ……いえ、マイナスよ!」


そこへ、公務を終えた国王ギルバートがやってきました。
彼はニコニコと子供たちに駆け寄ります。


「やあ、我が愛しき天使たち! パパだよー!」

「パパ上! 見てください、この美しい世界を!」

「おお、アレク! 今日も感受性が豊かだねぇ! パパそっくりだ!」


ギルバートは息子を抱き上げ、頬ずりしました。
平和な光景です。
しかし、娘のシャルは、父親の足元に冷ややかな視線を送りました。


「……お父様。その靴、先週新調されたばかりですよね? 予算計上されていませんが、どこから捻出(ねんしゅつ)を?」

「えっ? あ、いや、これは……その……へそくりを……」

「へそくり? 公的資金の私的流用ですね。監査が必要です。お母様、お父様のお小遣いを30%カットする提案書を作成しました」


シャルは懐から書類を取り出しました。
ギルバートの顔が青ざめます。


「リ、リズナ! 止めてくれ! この子は君に似すぎて怖いんだ!」

「自業自得です。貴方の遺伝子が、私の教育(帝王学)と化学反応を起こして、最強の監査官を生んでしまったのですから」


リズナは溜息をつきつつも、内心では娘の成長(?)を少し頼もしく思っていました。
少なくとも、この娘がいれば国庫が破綻することはないでしょう。息子が浪費しても、娘が回収するシステムが出来上がっています。


「――ところで、リズナ様」


そこへ、ピンク色の制服を着た衛生管理局長、ミアが現れました。
彼女の手には、可愛らしいラッピングがされた箱があります。


「アレク様、シャル様! ミアお姉ちゃんからプレゼントですよぉ!」

「わぁ! プレゼント!」(アレク)
「……中身の市場価値によります」(シャル)


ミアが箱を開けると、中には「手作りのクッキー」と「魔法のステッキ(おもちゃ)」が入っていました。


「愛を込めて焼いたクッキーと、幸せを呼ぶステッキですぅ!」

「うわぁ! ありがとうミア! 愛の味がするよ!」


アレクは大喜びでクッキーを頬張りました。
しかし、シャルはステッキを手に取り、裏側の刻印を確認し、叩いて強度を確かめました。


「……原価率5%以下の粗悪品ですね。しかもこのクッキー、砂糖の分量を間違えていませんか? 糖度が高すぎて健康リスクがあります」

「ええっ!? ひ、ひどいですぅ!」

「返品(リジェクト)します。代わりに現金での支給を求めます」

「きゃあああ! リズナ様そっくりぃぃ!」


ミアは泣きながら走り去っていきました。
かつての自分を見ているようで、リズナは少しだけ胸が痛みました。


「……教育方針を間違えたかしら」

「いいや、立派に育っているじゃないか」


ギルバートは苦笑しながら、シャルを抱き上げました。
シャルは「離してください、タイムイズマネーです」と抵抗していますが、満更でもなさそうです。


「アレクの優しさと、シャルの賢さ。二人が協力すれば、この国は安泰だ。……まあ、俺たちのように喧嘩ばかりするかもしれないが」

「喧嘩? 一方的な指導の間違いでしょう?」

「ははっ、違いない」


夕日が庭園を染めます。
リズナは立ち上がり、家族を見渡しました。

お花畑な夫と息子。
計算高い自分と娘。
そして、それを支えるセオドアや、騒がしいミアたち。

完璧な計算式で導き出された「正解」ではありませんが、この「カオスな解」も悪くない。
損益計算書には載らない「幸福」という名の黒字が、確かにそこにはありました。


「……さて、皆様。感傷に浸る時間は終わりです」


リズナはパンパンと手を叩きました。


「アレクは詩集を閉じて、経済学の教科書を読みなさい。シャルは電卓を置いて、道徳の絵本を読みなさい。バランス教育です!」

「ええーっ!? 愛が大事なのにぃ!」

「道徳? 1円の得にもなりませんわ」

「つべこべ言わない! さあ、夕食の時間まで勉強会(セミナー)ですよ!」


「「「ひええええっ!!」」」


悲鳴を上げて逃げ出す夫と子供たち。
それを追いかけるリズナ。
セオドアが優雅にその後ろ姿を見送り、静かに呟きました。


「……まったく。この国が退屈になる日は、当分来そうにありませんね」


悪妻の遺伝子は、確かに受け継がれました。
そして、この賑やかなロイヤル・ファミリーの物語は、まだまだ終わることなく続いていくのです。
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