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「……どうして。どうしてなんですの、セバス。私の完璧な悪役ムーブが、ことごとく不発に終わるどころか、殿下の愛のガソリンになっている気がしますわ」
公爵邸の自室で、リペは机に突っ伏して深いため息をついた。
目の前には、セバスが淹れたばかりの最高級のハーブティー。本来なら癒やされるはずの香りが、今のリペには敗北の匂いにしか感じられない。
セバスは手際よく書類を整理しながら、眼鏡の縁を指で上げた。
「お嬢様。客観的な分析を申し上げてもよろしいでしょうか?」
「ええ、聞かせてちょうだい。今の私には、冷徹なまでの真実が必要ですわ」
リペが顔を上げると、セバスは無表情のまま指を一本立てた。
「まず第一に、お嬢様自身の『悪事』のレベルが低すぎます。夜食のクッキー三枚、砂糖と塩の入れ替え、不謹慎な色のドレス……。それ、ただの『ちょっとお茶目な可愛い令嬢』の範疇なんですよ」
「……っ。なんですって! あれは私にとって、魂を削るような背徳行為でしたのよ!」
「お嬢様が根っからのお人好しであることは重々承知しておりますが、悪役を名乗るにはあまりに品行方正すぎます。泥棒猫を追い払うついでに餌をやるような方が、悪女になれるはずがありません」
セバスのツッコミが、ナイフのようにリペの胸に刺さる。
「そして第二に、殿下のフィルター。あれはもはや病の域です」
「やはりそうですわよね!? あのポジティブ変換、異常ですわ!」
「ええ。殿下にとってお嬢様は、宇宙の真理であり、美の化身であり、存在そのものが正解なのです。たとえお嬢様が殿下の目の前で国家機密をシュレッダーにかけても、『僕のために退屈な書類仕事を減らしてくれたんだね!』と感激されるに違いありません」
リペは頭を抱えた。敵(?)が強すぎる。最強の矛(悪役令嬢)が、最強の盾(殿下の愛)に完封されている状態だ。
「……もう、どうすればいいのですの。私はただ、婚約破棄されて、公爵令嬢の重責から解き放たれ、午後の三時に日向ぼっこをしながら焼きたてのクロワッサンを頬張る生活がしたいだけですのに!」
「意外と具体的かつ質素な夢ですね。お嬢様、そんな生活、今の立場でもやろうと思えばできるのでは?」
「ダメですわ! 王妃になったら、クロワッサンの粉をこぼすことすら許されない激務が待っていますのよ! 私は、自由を愛するノラ猫のようになりたいのですわ!」
セバスはふんと鼻で笑い、次の作戦リストをリペの前に差し出した。
「では、方針を変更しましょう。今までは言葉や演出に頼りすぎました。次はもっと直接的、かつ身体的な『嫌がらせ』に訴えるべきです」
「身体的な嫌がらせ……? まさか、殿下を殴るんですの!? それはさすがに死刑案件では……」
「いえ、そこまで物騒な話ではありません。例えば、殿下に水をかける、殿下の高価な服を汚す、あるいは、殿下を無視して別のことに没頭する……」
リペは目を輝かせた。
「水をかける! それですわ! これぞ古典的な悪女の嗜み! 『あら、手が滑ってしまいましたわ、おーっほっほっほ!』と言いながら、バシャリとやるのですわね!」
「そうです。流石に水をかけられて喜ぶ男はいません。どんなに愛が深くても、冷たい水には物理的な拒絶反応が出るはずです」
「いいですわ、セバス! その作戦、乗りましょう! 明日の午後、殿下が庭園にいらした際に実行しますわ!」
リペは再び立ち上がり、拳を握りしめた。
その背後で、セバスは密かに手帳にメモを書き込んでいた。
(明日の予定:お嬢様が水をかけようとして失敗し、逆に殿下に抱きしめられる確率は九十八パーセント……と。着替えの準備を多めにしておきましょう)
「セバス、何か言いました?」
「いえ、お嬢様の勝利を確信しております、と申し上げた次第です」
「うふふ、頼もしいですわ。明日こそ、カイル殿下の絶望した顔を拝んで見せますわよ!」
翌日の惨劇を予感させることもなく、夕陽がリペの部屋をやさしく照らしていた。
一方その頃、王宮ではカイル殿下が、リペからもらった『百の理由』の書類を額縁に入れて飾ろうとしていた。
「リペ……次はどんなアプローチで僕を驚かせてくれるのかな。彼女の想像力には、いつも脱帽させられるよ」
カイルの愛の深淵は、リペの想像をはるかに超えていた。
公爵邸の自室で、リペは机に突っ伏して深いため息をついた。
目の前には、セバスが淹れたばかりの最高級のハーブティー。本来なら癒やされるはずの香りが、今のリペには敗北の匂いにしか感じられない。
セバスは手際よく書類を整理しながら、眼鏡の縁を指で上げた。
「お嬢様。客観的な分析を申し上げてもよろしいでしょうか?」
「ええ、聞かせてちょうだい。今の私には、冷徹なまでの真実が必要ですわ」
リペが顔を上げると、セバスは無表情のまま指を一本立てた。
「まず第一に、お嬢様自身の『悪事』のレベルが低すぎます。夜食のクッキー三枚、砂糖と塩の入れ替え、不謹慎な色のドレス……。それ、ただの『ちょっとお茶目な可愛い令嬢』の範疇なんですよ」
「……っ。なんですって! あれは私にとって、魂を削るような背徳行為でしたのよ!」
「お嬢様が根っからのお人好しであることは重々承知しておりますが、悪役を名乗るにはあまりに品行方正すぎます。泥棒猫を追い払うついでに餌をやるような方が、悪女になれるはずがありません」
セバスのツッコミが、ナイフのようにリペの胸に刺さる。
「そして第二に、殿下のフィルター。あれはもはや病の域です」
「やはりそうですわよね!? あのポジティブ変換、異常ですわ!」
「ええ。殿下にとってお嬢様は、宇宙の真理であり、美の化身であり、存在そのものが正解なのです。たとえお嬢様が殿下の目の前で国家機密をシュレッダーにかけても、『僕のために退屈な書類仕事を減らしてくれたんだね!』と感激されるに違いありません」
リペは頭を抱えた。敵(?)が強すぎる。最強の矛(悪役令嬢)が、最強の盾(殿下の愛)に完封されている状態だ。
「……もう、どうすればいいのですの。私はただ、婚約破棄されて、公爵令嬢の重責から解き放たれ、午後の三時に日向ぼっこをしながら焼きたてのクロワッサンを頬張る生活がしたいだけですのに!」
「意外と具体的かつ質素な夢ですね。お嬢様、そんな生活、今の立場でもやろうと思えばできるのでは?」
「ダメですわ! 王妃になったら、クロワッサンの粉をこぼすことすら許されない激務が待っていますのよ! 私は、自由を愛するノラ猫のようになりたいのですわ!」
セバスはふんと鼻で笑い、次の作戦リストをリペの前に差し出した。
「では、方針を変更しましょう。今までは言葉や演出に頼りすぎました。次はもっと直接的、かつ身体的な『嫌がらせ』に訴えるべきです」
「身体的な嫌がらせ……? まさか、殿下を殴るんですの!? それはさすがに死刑案件では……」
「いえ、そこまで物騒な話ではありません。例えば、殿下に水をかける、殿下の高価な服を汚す、あるいは、殿下を無視して別のことに没頭する……」
リペは目を輝かせた。
「水をかける! それですわ! これぞ古典的な悪女の嗜み! 『あら、手が滑ってしまいましたわ、おーっほっほっほ!』と言いながら、バシャリとやるのですわね!」
「そうです。流石に水をかけられて喜ぶ男はいません。どんなに愛が深くても、冷たい水には物理的な拒絶反応が出るはずです」
「いいですわ、セバス! その作戦、乗りましょう! 明日の午後、殿下が庭園にいらした際に実行しますわ!」
リペは再び立ち上がり、拳を握りしめた。
その背後で、セバスは密かに手帳にメモを書き込んでいた。
(明日の予定:お嬢様が水をかけようとして失敗し、逆に殿下に抱きしめられる確率は九十八パーセント……と。着替えの準備を多めにしておきましょう)
「セバス、何か言いました?」
「いえ、お嬢様の勝利を確信しております、と申し上げた次第です」
「うふふ、頼もしいですわ。明日こそ、カイル殿下の絶望した顔を拝んで見せますわよ!」
翌日の惨劇を予感させることもなく、夕陽がリペの部屋をやさしく照らしていた。
一方その頃、王宮ではカイル殿下が、リペからもらった『百の理由』の書類を額縁に入れて飾ろうとしていた。
「リペ……次はどんなアプローチで僕を驚かせてくれるのかな。彼女の想像力には、いつも脱帽させられるよ」
カイルの愛の深淵は、リペの想像をはるかに超えていた。
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