婚約破棄を申し込むも、殿下の説得がガチすぎて詰む?

ちゅんりー

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「……いいですわね、セバス。今夜の作戦こそ、婚約破棄への特急券ですわ」

リペは王都の喧騒から少し離れた、恋人たちが集うことで有名な並木道に立っていた。

彼女の隣には、セバスがどこからか連れてきた、顔だけはやたらと整った青年・ハンスが立っている。

「お嬢様、確認ですが、このハンスはただの売れない役者です。殿下が現れたら、指示通りに『親密な関係』を演じるように言い含めてあります」

「完璧ですわ! 殿下の前でこの男と腕を組み、『あら殿下、実は私、この方と真実の愛を見つけましたの』と言うのですわ!」

リペは想像するだけで口角が上がる。

いくら盲目的なカイル殿下でも、婚約者の不貞(のフリ)だけは許せないはずだ。

「ハ、ハンスさん、準備はよろしくて? 殿下が来たら、私の腰に手を回すのよ?」

「……あ、あの、リペ様。相手はあの『氷の微笑』と恐れられるカイル殿下ですよね? 僕、消されたりしませんか?」

「大丈夫ですわ! 殿下は平和主義……のはずですわ!」

そこへ、馬蹄の音が近づいてきた。

白馬に跨り、夕陽を背負って現れたのは、まさに絵画から抜け出してきたようなカイル殿下だった。

リペは咄嗟にハンスの腕を掴み、彼に寄り添った。

「あ、あら殿下! こんなところでお会いするなんて奇遇ですわね!」

カイルは馬から飛び降りると、無表情のままこちらへ歩いてくる。

その瞳は、リペと腕を組むハンスをじっと見つめていた。

(よし! あの無表情! ついに怒りの限界を突破しましたわね!)

「殿下、紹介しますわ。こちらはハンス様。私の……その、とっても大切な方なんですの。私たちは、殿下の知らないところで愛を育んできましたのよ!」

ハンスはガクガクと膝を震わせながら、必死にリペの肩を抱き寄せた。

「そ、そうです! 僕たちは愛し合っているんです! 殿下、リペ様を解放してください!」

沈黙が流れる。

カイルは一歩、また一歩とハンスに近づき、その肩にそっと手を置いた。

「……ハンス、と言ったかな」

「ひっ! は、はい!」

「……君は、なんて勇敢な男なんだ」

「……は?」

リペの期待していた怒号ではなく、カイルの口から漏れたのは「称賛」の声だった。

カイルはリペをハンスから引き離すと、感動に震える声で語り始めた。

「リペ……! 君は、この不審な男に付きまとわれて困っていたんだね? そして、あえて親密なフリをすることで、彼の油断を誘い、僕が助けに来るまで足止めをしていた……。なんて高度な情報戦だ!」

「違いますわ! 私は自発的にこの男を愛しているんですの!」

「いいや、隠さなくていい。君の瞳は助けを求めていたよ。そしてハンス、君も素晴らしい役者だ! 僕の婚約者に手を出すという、死罪に等しい暴挙を『演じる』ことで、僕の警備体制の甘さを指摘してくれたんだね?」

カイルは懐からパンパンに膨らんだ袋(金貨入り)を取り出し、ハンスの手に握らせた。

「これは、僕への教訓代だ。君のおかげで、リペを守る騎士をさらに倍増させる決心がついたよ。礼を言う」

「……え、あ、あざっす! 殿下万歳!」

ハンスは金貨を受け取るなり、リペを置き去りにして全速力で逃げ去った。

「ハンス様!? ちょっと待ちなさいましーっ!」

「行かせてあげなさい、リペ。彼は君の指示を完璧にこなした英雄だ。さあ、僕の胸においで。不審者に腕を掴まれて、怖かっただろう?」

カイルの逞しい腕が、リペを優しく、しかし逃がさない強さで包み込んだ。

「殿下……。今の、どこをどう見たら『警備の訓練』になりますの?」

「決まっているじゃないか。君が僕以外の男を愛するなんて、宇宙がひっくり返ってもあり得ない。だから、消去法で『訓練』か『潜入捜査』の二択だったのさ」

カイルはリペの髪に口付けし、満足げに微笑んだ。

(この人……思考回路が『リペは僕が好き』という一点で固定されていますわ……!)

リペはカイルの胸の中で、虚空を見つめた。

「お嬢様、お疲れ様です。浮気疑惑どころか、殿下の警備増強に貢献してしまいましたね」

セバスの冷静な報告が、リペの心にトドメを刺した。

「セバス……。次は、次こそは、殿下の食事に毒を盛りますわ……」

「それは先日、激辛料理で失敗しましたよね。お嬢様、次はもっと根本的な……そうですね、『ヒロインをいじめる』というのはいかがでしょうか?」

「ヒロイン……! 殿下のお気に入りになりそうな可愛い女の子をいじめて、殿下に『最低な女だ!』と言わせるのですわね!?」

「ええ。ちょうど、マリアンヌ様という聖女のような令嬢が社交界にデビューするそうです」

リペの瞳に、不屈の(間違った)闘志が再び宿った。

彼女の「悪役令嬢」への挑戦は、ついに他者を巻き込んだ新たなステージへと突入しようとしていた。
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