婚約破棄を申し込むも、殿下の説得がガチすぎて詰む?

ちゅんりー

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「……お嬢様、落ち着いてください。そのように扇子を振り回しても、マリアンヌ様は戻ってきません」

公爵邸のテラスで、セバスが静かに、しかし冷徹に告げた。

リペの手には、一通の無作法な手紙が握りしめられていた。

「落ち着いていられますか! 見てなさいセバス、この汚い筆跡! 『聖女マリアンヌは預かった。返して欲しくば、婚約破棄の受諾書を持って一人で来い』……ですって!?」

リペは憤怒のあまり、テーブルをバン! と叩いた。

「私の可愛い、いじめ甲斐のあるマリアンヌ様を攫うなんて……! これこそ、本物の悪党のすることですわ!」

「犯人はグロス侯爵の息子のようですね。リペ様が殿下に溺愛されているのを妬み、マリアンヌ様を人質にして、お嬢様を陥れようという魂胆でしょう。実に古典的で下俗な手法です」

セバスの報告を聞き、リペの瞳に怪しい光が宿った。

「……いいですわ、セバス。これこそ、私が待ち望んでいたシチュエーションですわ!」

「……はい?」

「私が一人で乗り込み、人質を盾に脅され、『ああ、マリアンヌ様を助けるためなら、私はどんな悪事にでも手を染めますわ!』と叫んで、実際に国宝を盗み出す……。これぞ、愛のために堕ちる真の悪役令嬢の姿ではありませんこと!?」

リペは、悲劇のヒロイン……ではなく、悲劇の悪役を演じる自分を想像して、恍惚とした表情を浮かべた。

「お嬢様。マリアンヌ様を助けに行くという動機が、すでに聖人のそれなのですが、お気づきですか?」

「うるさいですわ! 動機はどうあれ、結果として私が犯罪に手を染めればいいのですわ! セバス、今すぐ現場の廃倉庫へ向かいますわよ!」

一方その頃、王宮では――。

カイル殿下が、リペの部屋から消えた一本の扇子を見て、激しい震えに襲われていた。

「……リペが、僕に黙って外出しただと? それも、あのマリアンヌ嬢を救い出すために、たった一人で?」

側に控える騎士たちが、殿下から放たれる冷気(物理的な殺気)に震え上がっている。

「……リペ。君はどこまで勇敢なんだ。僕という盾があるのに、あえて自分を危険に晒して、弱き者を救おうとするなんて……。ああ、愛している。君を傷つけようとする有象無象、一匹残らずこの世から消し去らなければならないね」

カイルは壁に掛けられた伝説の宝剣を手に取ると、感情の消えた瞳で微笑んだ。

「全軍に伝えろ。演習は中止だ。今から、僕の愛するリペを不安にさせた愚か者たちに、『本当の地獄』を見せに行く。……一分遅れるごとに、一人の騎士を解雇すると思え」

「は、ははーっ!」

王宮から、嵐のような騎馬隊が飛び出していった。

そんなこととは露知らず、リペは王都外れの廃倉庫の前に立っていた。

「おーっほっほっほ! そこの下品な悪党たち、出てきなさいな! このリペ・ブランシュ様がお相手して差し上げますわ!」

リペは扇子をバサァ! と広げ、薄暗い倉庫の中へと足を踏み入れた。

奥では、椅子に縛り付けられたマリアンヌが、涙目でリペを見つめている。

「お、お姉様……! 来てくださったのですね!」

「黙っていなさい、マリアンヌ様! 貴女を助けに来たわけではありませんわ。ただ、私の方が悪役として格上であることを、この小悪党たちに教えに来ただけですのよ!」

そこへ、下卑た笑い声を上げながら、数人の男たちが姿を現した。

「ひゃっはっは! 本当に一人で来るとはな、公爵令嬢! さあ、大人しくその美しい顔を絶望に染めてもらおうか!」

「絶望? 笑わせないでくださいまし。私の絶望は、殿下の愛が重すぎて自由がないことだけですわ!」

リペは凛とした態度で、賊たちを睨みつけた。

(さあ……! ここからどうやって『悪事』に繋げるか……。あ、そうだわ! 『賊と手を組んで国を乗っ取る』という提案をしてみるのはどうかしら!?)

リペの迷走する思考とは裏腹に、事態はさらに深刻な方向へと動き出そうとしていた。
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